第8話 王都決着 -後-

 影の獅子が牙を剝き、極彩色の龍が咆哮する。

 それより始まるは、最上位の神獣同士による苛烈な殺し合い。

 そもそも、神獣とは神に近き獣。本来、人の身では喚ぶ《よぶ》ことはおろか、視ることさえも不可能に近い天上の存在。

 それを容易に召喚して使役してみせる、それだけで二人の魔女の圧倒的な実力が垣間見える。

 そんな神獣の獅子と龍が、王都上空にて死闘を繰り広げる。

 互いを倒すため、己の主である魔女を守るため。


 龍の牙が獅子の胴に深々と突き刺さり、そこから血の代わりに膨大な魔力があふれ出す。

『GAAAAAAAッ!!!』

 獅子がその痛みと怒りを込めて吼え、龍はさらに強く噛み付く。

『GAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!』

 獅子の痛みの咆哮が辺りに響く。

 そして。

「『燃えろ。』」

 千年呪の魔女が、感情の無い声で冷たく告げた。

 途端、極光の龍の背に黒き炎が燃え上がる。それは、世界をも蝕む終末の炎。

 その炎が、龍の背を燃やしていく。

『GUUUUUUUAAAAAAAAAッ!!』

 龍は、その背の余りの痛みで、のたうち回る。

 暴れに暴れ、遂に、その牙が獅子から抜ける。

『GUAAッ!』

 獅子の刃の如く鋭い爪が龍の顔をズタズタに引裂く。

「『くッ!

 ‥‥‥強奪ッ!』」

 フェーニが慌てて、その炎を"強奪"する。

 炎が消え、龍が体勢を立て直そうとするも、もう遅い。

 それは、刹那の早業。

 獅子は、その牙と爪をもって、龍に噛み付き、その体を切り裂いていた。

 その傷口から流れ出す魔力が、限界を超えた。

 龍の姿。その輪郭が曖昧になり消えていく。

 最後に。

『流石に失い過ぎたか。

 それにしても、そこの小娘。お前、見込みがあるのかもしれんな。

 できるのであれば、また会おう。

 千年の呪いを掛けられた娘よ』

 深く体の底に響くような声で、神獣としての極光の龍王が別れを告げる。

『千年呪の魔女よ。

 生きていけるのであれば、再び会うこともあろう。また会おう。

 ああ。そうだな。ひとつ、忠告だ。

 無闇に神獣はばぬことだ。

 身のためだぞ』

 まさに獣のような荒々しい声で、夜闇の獅子も、虚空へ消えてゆく。

 偉大なる神獣の消えたあと、激戦後の王都上空に残るは二人の魔女。

 少し厳しい顔で、千年呪を見つめていたフェーニは、ふと表情を弛めると潔く「私の負け」と、言った。

「先に神獣の召喚が切れたのは、私が先だしね」

 そのとき、フェーニの浮かべていたのは穏やかな微笑だった。一体何を想っていたのか。

 それが、千年呪には分からなかった。

 じゃあ。

 そう言って、強奪が王都を去ろうとする。

 まさに飛び去ろうとしたそのとき、ふと振り向き、今思い出したように付け加えた。

「サナ。貴方は、魔女よ。例え、誰が否定しようと。だから、魔女として生きなさい。

 例えば、そう。いい加減、その仮面を外したら?

 じゃあっ」

 そうして、フェーニは王都を後にした。

 その後ろ姿を眺めながら、サナは、明るく魔女らしくない、けど、立派な魔女の別れ際の言葉を思い返す。

「私は、魔女。仮面を外したら?、か。

 確かに、もう。いいかもしれないなぁ。もう、騙さなくてもいいかもしれない」


 そうして、新たな魔女。千年呪の魔女の復讐譚は、幕を閉じた。ひとつの国家の滅亡という結果を残して。

 他の魔女と出会った千年呪の魔女は、何を思ったのか。そして、何が変わっていくのか。

 未来は誰にも分からない。

 ただひとつ言えるのは、この世界に、魔女という厄災が、増えたということだけであった。

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