第2話 帝都会議

 白嶺帝国、帝都リスムンベルク。

 その地下四千メートルには、ごく一部の人間以外知らないところがある。

 教会最高評議院。それは、世界の司令塔。

 この世界の趨勢を決めることを目的とした裏の会議。各国の国主、教会の最上位権力者である十人の枢機卿。そして、教皇にして白嶺帝国皇帝ハシファル・イスカンマリ。

 それはまさに支配者たちによる世界を導くための会議。

 そこで決議されたことが、世界の方針となる。――――――――――――――――――――

 そんな世界最高の会議場にて、脂汗を流す国主たちがいた。

 それも、ただ一人の老人の言葉によって。

 老人、いや、皇帝ハシファル・イスカンマリは一言告げただけだ。

『これは、儂個人ではなく、白嶺帝国としての要請である』

 たったそれだけ。

 しかし、その言葉には、海千山千の国主たちの怯えるほどの意味がある。

即ち、未だにはたらいているのは白嶺帝国だけの権力であるということだ。

その程度では、一国の主は怯えない。自国の命運がかかっているのだ。いくら大国とはいえ、帝国は帝国。他国に怯えていては、そうそうに自らの国家は滅んでしまうだろう。

ただ、圧力をかけているのが教皇、『魔女殺し』のハシファル・イスカンマリとなると話は変わってくる。

教会史上最高とも謳われた勇者にして、二人の魔女を単独で殺したという逸話を持つ、生きる伝説。

当時の教皇から大魔女を殺し得たという宝刀、『天映す天上の鏡面』を下賜され、『魔女殺し』の異名を持つ、原初の魔女でさえも警戒したという最強の『魔女狩り』、それが、皇帝ハシファルである。

未だにその名は世界各地に轟いており、その言葉一つで、世界が動くほど。

帝国などよりは、よっぽど力を持っているのだ。

『あの国は、魔女狩りに参戦しなかった』

と言われれば、滅びることもあり得るほどに。

それ故、国主たちは老人の一言に怯える。


千年呪の魔女、サナに、教会の魔女狩り部隊を筆頭とした、多国籍軍が向かうのは、既に決定したようなものであった。


_________________________________________

 白嶺帝国、帝都リスムンベルクより英王湖を挟んで、さらに遠く。

 地の果てともいうべきところ、瓦礫の山に囲まれた孤城があった。

 かつては、一国の王都であり、千年呪の魔女に滅ぼされた地。

 その孤城の最上階、魔女の部屋。


「あっ。ヤバいかも」

 そこで、可愛げな少女の声が響いた。

『ん? 急にどうしたのだサナよ。

何かあったのか?』

契約者である悪魔がサナに問う。

その問いにかつてのような悪魔の威厳はなくただ家族に対するような優しさだけがある。

「なんか、使い魔でどっかの国の会議を覗いてたら、私を殺す話をしてて〜」

『ああ。なるほどな』

その悪魔の声には、憐みさえ滲んでいる。

正直な話、国家の会議で、魔女殺しが議題に挙がることは珍しいことではない。

存在そのものが災厄であるのだ。隣国からしたらたまったものではないだろう。故に、その脅威の排除を目的とした会議は結構な割合である。

ただ、それが実現することはないし、よりにもよって、そのことが魔女に知られたらそんな計画が成功するはずもない。瞬時に討伐軍など壊滅されられるだろう。最悪の事態としては、逆に攻め込まれて国が滅ぶ。

魔女とはそういうものだ。

だからこその憐みなのだが。

それはさておき、

『それで? どこの国がそんな愚かな会議をしているのだ? 

 というか、何処の会議を覗いた?』

「ん? 白嶺帝国って国の最高評議会? だったかな」

『‥‥‥はぁ!?』

思わず、そんな声が出てしまった。

白嶺帝国といえば、教会の治める国だ。

即ち、対魔女の最先鋒。

街中に魔力検知器が置かれているようなところだ。

そんなところで使い魔を使役し、さらには最高機密を取り扱うという最高評議会にまで侵入するとは。そこらの魔女には、到底不可能な芸当だ。

 これが、歴戦の大魔女ではなく新参の魔女であるということがなによりも恐ろしい。

 己が魔女の行く末を思い悪魔は、笑う。

 いずれは、原初の魔女でさえも討つのではと考えて。

『それで? 白嶺の評議会はお前を殺すと言ったのか?』

「そうだね。

まあ、正確には今も言ってるけど」

それを聞き、悪魔は嗤う。帝国の愚かさを。

千年呪の魔女の実力を知らぬ無能を。

『サナよ。君はこのまま滅ぼされるのか?』

「まさか」

魔女は嗤う。自らの国に攻め入ろうとする皇帝の無知を。

「この国は、渡さないよ。それこそ、千年呪の魔女の名にかけて、ね」

『告げてやれ。我らが魔女の力を』

「うん。そうするよ」

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 場所は移り、帝国帝都リスムンベルク。

そこの地下、最高評議会。

 集められた各国の国主たちは、魔女討伐の参戦を決めていた。

 そこに皇帝ハシファル・イスカンマリが戻る。その腰には一振りの刀をさげて。それこそが祓魔の名刀、『天映す天上の鏡面』。

数多の魔女を斬った正真正銘の魔女殺し。

それが、ハシファルの腰にあるだけで、戦場の気配がする。これより、戦が始まるのだと、国主たちが認識する。

 皇帝が、話し出す。

 「貴君らの賢明な判断に感謝する。

ではこれより、魔女討伐の計画を立てよう」


 その時だった。

「……ん? 誰だッ!」

皇帝が、愛刀を抜く。

照明に美しい刀身が映える。

皇帝より膨大な殺気が放出される。

沈黙が、評議会を支配する。そのまま沈黙は続き。

ちょうど、国主たちがそれに耐えきれなくなってきた時。

『へぇ〜流石だね』

 会議場に少女の声がした。

「「「……ッ!?」」」

国主たちの混乱。

そして、

「そこか」

皇帝が、愛刀の刃を評議会場の円卓の中心に向ける。

「何者だ!」

一瞬の間。

そして、円卓の上。そこが歪む。

『やあ。魔女殺しの皆様』

現れたのは、一匹の黒猫。美しい毛並みと漆黒の毛、その光沢が輝く。

『私の名は、サナ。

千年呪の魔女、サナよ』

 

 魔女殺しの会議場に、魔女がいた。

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