第17話 チンピラに絡まれる
「カナタさん、本気でこのクエストを受注する気なんですか?」
「はい!」
笑顔で答えるカナタに、職員は顔を引きつらせた。
なぜなら、そのクエストは誰もやりたがらず、長年にわたって掲示板の隅に貼られ続けたハズレクエストだったからだ。
依頼料は低額、仕事は重労働、危険もあるし、何より汚い。
その依頼とは、『下水道掃除』。
魔物討伐で金を稼げるほど強くない低級冒険者。
彼らが請け負うことのできる仕事は、こういった汚れ仕事や雑用が多い。
失せ物探しや各種興行の警備、高位冒険者が倒した魔物の解体処理なども含まれる。
中でも、最も人気のないクエストが、この下水道掃除だ。
日々汚れが溜まっていく下水道は陰気が溜まり、捨てられたペットなどが住み着いて魔物化しやすくなる。
裏家業の人間が死体を捨てる場所にも使ったりするので、グールやゴーストと言った死霊系の魔物が発生することもざらだ。
そんな危険で不衛生な場所を掃除するなど、この低賃金では誰もやりたがるはずがなかった。
『カナタよ、本気で受けるのか? 余もどうかと思うぞ。若い娘がするような仕事ではない』
「でもほら、報酬は歩合制だよ? 一歩分の距離を掃除するにつき、銅貨三枚だって」
「その一歩分を掃除するのが大変なんですよ……」
何も分かっていないカナタに職員は溜息をついた。
「良いですか、カナタさん。王都は三層構造になっていることはご存じですね?」
王侯貴族が住まう上街、商人や騎士などが住む中街、そして平民以下の貧民が住む下街だ。
中央に高くそびえ立つ王城から波紋のように外へ向かって街は建造されている。
各街を隔てる厚い壁は、魔物の被害を防ぐと共に身分によって住む場所に差異を作るためだ。
生活などで発生する下水は、上流の上街から、下街へと向かって流れていく。
上街の下水はさほど汚れておらず、神聖教会から派遣された神父が浄化の儀式を行い、下水を清めると共に、魔物が来ないように結界も張っている。
だが、その効果は中街までしか届いておらず、下街に暮らす貧民はその恩恵に与ることが出来ない。
王都の外縁部に配置された彼らは、魔物の群れが王都を攻めたときの肉の壁程度にしか思われていないのだ。
「この依頼にある下水道というのは、その下街にある下水道のことなんです」
依頼主は国ということになっている。
下街の下水とはいえ、上街と直接繋がっているのだ。
下水が汚染されすぎて詰まりでもしたら、上街に匂いや汚れが逆流してくる恐れもある。
安いとは言え、支払いは契約通りに支払われるだろう。
しかし、公共事業として行うほど優先度は高くない。
まずはギルドに依頼を投げて、低級冒険者にある程度片付けさせようという目論見だったのだろう。
だが、冒険者とて割に合わない仕事はしたくない。
「魔物は涌くし、ヘドロは毒化しているし、疫病だってそのうち発生するかも知れません。そんな場所を掃除するのにどれほどの労力を必要とするか」
十人がかりでヘドロを
一日がかりで働いて、銅貨が数枚手に入るだけ。
夕食を食べたら無くなってしまうようなそんな依頼を誰が受けるというのか。
このクエストの注文書が長い間放置されていたのはそういうことだった。
「分かりましたか?」
「はい、分かりました。受注しますねっ」
「分かってないですよねぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? 私の話聞いていましたか!?」
「聞いてましたよー。心配ありがとうございます。でも、このクエストは誰かが受けないと後で大変なことになっちゃいますよね」
「それは、そうなんですが……。わざわざカナタさんが受ける必要も……」
「大丈夫ですっ。任せて下さいっ」
自信ありげに胸を張るカナタに、職員は再度溜息をついた。
「はぁ……。分かりました。そこまで言うのであれば、受理します」
黄ばんだ注文書に、受注を示す判が押される。
これでこのクエストはカナタのものだ。
「下街は住んでいる人たちのガラも悪いので、途中で絡まれないように気をつけて下さいね」
「はーい、行ってきまーす」
「信じられないけど、あんな無邪気な子が巨鳥やドラゴンを倒したんですよねぇ……」
職員は片肘を突いてカナタを見送り、未だに魔物退治の報酬をどうするかを悩むギルド長たちの輪に入っていった。
† † †
「おうおうおうおう! ここが誰の縄張りか分かって入ってきてるのかよ、嬢ちゃんよう!?」
「うお、この娘っこ、とんでもない美人ですぜ! こりゃあ高く売れそうだ!」
カナタは狭い路地で、前後を大小二人組の男たちに塞がれていた。
『すごいなカナタ。大通りから外れて下街に入った途端に絡まれたぞ』
「すごいねー。10秒かかってないねー」
普通の少女なら、大声で怒鳴りつけられれば萎縮する。
しかし、怯えて涙を浮かべることすらしないカナタに、男たちは怪訝に片眉を上げた。
「大人しく捕まりゃあ、痛い目は見ずに済むぜ」
カナタが強がっているだけだろうと判断した男たちは、じりじりと距離を詰めてきた。
『ふっ、チンピラごとき、カナタが出る幕もない。余が一蹴してくれよう』
「まぁまぁ、まずは話を聞いてみようよ」
ザグギエルが男たちのサッカーボールにされるのを、カナタはやんわりと防いだ。
『カナタは寛大だな。良かろう。愚かな人間どもよ、慈悲深き余の主人がこう言っている。用があるなら話してみよ』
「なんだぁ、しゃべる猫だぁ!?」
肩の上でふんぞり返るザグギエルに、大きい方の男が驚いた。
「兄貴、多分こいつ魔物ですぜ!」
「ああん? 魔物ぉ? ずいぶん弱そうな魔物だなぁおい。スライムの方がまだ強そうだぜ」
「魔物使いはあらゆる能力が激減するらしいですぜ。そんな状態で倒して仲間に出来るような魔物なんて、こんな雑魚っぽいやつくらいでさ」
『雑魚はお前たちの方だろう。男二人で娘一人を
「へっ、こんなところに一人で来たのが悪いのよ! お嬢ちゃんはお楽しみの後で売り飛ばす! そっちのしゃべる猫も売り飛ばす! 俺たちは大儲けってわけよ!」
「えー、それはちょっと困ります」
「はっはぁ! 困るって言うなら、どうするってんだ!?」
「お嬢ちゃんは今からもっと困ることになるんだよぉ!!」
男たちは下卑た笑みを浮かべて、カナタに飛びかかった。
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