第12話 試験を受ける その2


『カナタ、カナタ。少し待て』


「え、なにー?」


 ザグギエルがカナタに声をかけるが、風を切って走るカナタの耳には届かない。


『仕方ない……』


 ザグギエルは己の体をもっとも効果的な方法で使った。


 頭をカナタの頬に寄せ、優しくすりつける。


「はわわわぁぁぁ……!? ザッくんスリスリ……!!」


 カナタは走ることから、モフモフを感じることに意識が切り替わり、土煙を上げて急停止した。


『カナタよ、先ほどの試験官が付いてきておらぬ。置き去りにするのは良くなかろう』


「モフモフー……モフモフー……」


『戻ってこい、カナタよ』


「はぅぅぅぅ……肉球ペチペチされちゃった……」


『ううむ、余の声が聞こえぬのは風のせいではなかったか。……まぁよい。このまま止まっておるならば良しとしよう』


 ザグギエルはカナタの肩で神妙に箱座りし、ポンコツ化したカナタの好きにさせた。

 知り合って二日目にして、ザグギエルはカナタの扱い方をマスターしつつあった。


 そうやってモフモフタイムを満喫していると、メリッサがふらつきながら追いついてきた。

 疲労困憊といった様子で、まともに歩くこともできていない。


「………………!」


 カナタの顔を見て口を開くが、何かを言う気力もないようだ。

 全身汗だくになって、ゼェゼェとあえいでいる。


「喉渇いてますよね?」


 カナタが聞くと、メリッサは無言でこくこくとうなずいた。

 

 全力疾走し続けたメリッサは脱水症状寸前だ。

 しかし誰も水筒を持ってきている様子はない。


 まさか聞いてみただけと言うことはないだろう。

 もしそうだとしたら、サディスティックにも程がある。

 と思ったら、カナタの手にグラスが握られていた。


「(いったい、どこから……?)」


 メリッサが不思議に思ったときには、グラスに水が満たされている。

 一瞬の出来事で、何が起こったのか分からなかった。


「はい、どうぞ」


 喉がカラカラになっているところへ、目の前に差し出された清涼な水。

 疑問や驚きは、飲み干した水によって流されていった。


「た、助かりました……ありがとうございます……」


 礼を言って、メリッサは自分の失態を自覚した。


 こちらから『全力で走って良いですよ』なんて煽っておいて、このていたらく。

 カナタの目がなければ、この場で転がり回りたくなるほど恥ずかしかった。


 受験生に助けられる試験官ほど情けないものはないだろう。

 同僚には絶対見せられない姿だった。


「もう一杯どうですか」


「あう、えと……。……すいません。お願いします」


 水分を失った体はまだまだ水を欲しがっていた。

 空になったグラスをカナタに渡すと、ふたたびグラスに水が満たされる。


 詠唱をしている様子はないが、水魔術を使っているのだろう。

 よく見れば、グラスも氷で作られていた。

 これほど透明度が高く、均一な厚さのグラスを作るにはよほど精妙な魔力操作が必要となってくる。


「カナタさんは魔術師だったんですね……。その年で無詠唱魔術を使えるなんて凄いですよ。相当な練度がなければ習得できないと聞いたことがあります」


 あの異常な脚の速さにも納得できる。

 身体能力を向上させる魔術や、風を操る魔術を併用したのだろう。


 二つの魔術を無詠唱で使いこなすなんて、相当なセンスを要する高等技術だ。

 この少女は将来、凄まじい魔術師になるだろう。


「いえ? 魔術師じゃありませんけど?」


「え、ええ?!」


 一瞬で否定された。


「じゃあ何故こんな高度な魔術を使えるんですか?!」


「いっぱい頑張ったからですね」


「が、頑張ったんですか」


「はい」


 魔術の勉強はしたが、職業は別に選んだということだろうか。


「あの、本来は正式に冒険者として登録するときにお聞きするんですが、カナタさんの職業はいったい?」


 魔術師以外の職業を選んだからと言って、覚えた魔術が使えなくなることはない。

 威力や精度に下方修正はかかるが、行使そのものは可能だ。


 しかし、そうなると今度は、無詠唱で強力な付与魔術を使ったり、精緻な水魔術を使えるのはおかしいと言う話になってくる。


「あ、失礼しました。先にこちらの職業から言うべきでしたね。私の職業は細剣士。剣士から進化した職業です」


 職業は経験を積むことで、より上位の職業へと変化することがある。

 メリッサは細剣を用いたスピード重視の戦い方を続けた結果、職業がランクアップした。

 かの剣神ボルドーも、最初に得た職業は剣士だったそうだ。


 ごく稀に最初から上位職に適性がある者もいるそうだが、メリッサはまだお目にかかったことがない。


 その稀少な適性を持つ者がカナタなのではないかと、メリッサは睨んでいた。


 まだ中等部を卒業したばかりの少女が、こんな高等な魔術を使えるのは、よほど上位の職業に就いていなければ不可能だ。


 魔術師の上位職である魔道士。

 いや、もしかしたら賢者の可能性すらある。

 魔術師じゃないと言ったのは、もっと上位の職業だと暗に示しているのだ。


「見たままの職業ですよ?」


 職業を聞かれたカナタはきょとんとした。


「……見たまま?」


 そう言われても、カナタの外見は学生服を着たただの女学生だ。


 艶のある黒い髪に、切れ長の黒い瞳。

 女の自分でも見とれるほどの美人だが、特筆すべきはそれぐらいだろうか。

 少々子供っぽい仕草はあるが、これくらいの年頃ならおかしいわけでもない。

 自分が十五の頃なんて、もっと田舎娘丸出しだった。


 他に外見で気になるものと言ったら、肩に乗った黒い毛玉くらいのものだ。


 そう言えばあの毛玉はいったい何なのだろう。

 最初にカナタが受付へやって来たときから気にはなっていたが、服の飾りか何かだと思っていた。


 すると、毛玉がもそりと動いた。

 毛玉から三角耳がピンと立ったかと思ったら、大きな瞳と目が合う。


『余の名はザッくん。カナタの魔物をやっている』


「喋った!? えっ、魔物!?」


 念話を送ることができて、人語を解するのはよほど高位の魔物だ。

 しかし目の前の毛玉からは、そのような力は感じられなかった。


 ギルド職員として大抵の魔物は知識として頭に入っているが、このような魔物は見たことがない。

 カナタがどうやってこの魔物を手に入れたのか、メリッサは気になったが問題はそこではない。


 魔物は人間に対して、無条件に敵意を持つ。

 そんな魔物を仲間に出来るのは、たった一つの職業だけだ。


「まさか、カナタさん……! あなたは……!」


「はい、魔物使いをやっています」


「そ、そんな……!」


 賢者ではなく、魔物使い。

 あらゆる能力が下がる、最弱のハズレ職業。


 間違っても、魔物使いだけは選んではいけない。

 子供でも知っているような常識だ。


 わざわざそんな職業を選ぶ人間が実在していたとは。


「いやいや! 騙されませんよ! 魔物使いが高度な魔術を使えるわけがないじゃないですか! おかしいですよ! 魔物使いの定義が乱れます!」


「頑張りましたから」


 わめき立てるメリッサに、カナタはさらりと答える。


「が、頑張ったらどうにかなるものなんですか……?」


 なるわけがない。

 頑張ってどうにかなるのはカナタだけだ。


 信じられないことだが、実在してしまっているのだから仕方がない。

 魔物がカナタに懐いている以上、カナタの職業は魔物使い以外にあり得ない。


「元気になったみたいだし、先に進みましょうか。森はもうそこですよ」


 驚きで口をパクパクさせているメリッサの手を引いて、カナタは歩き出した。

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