第13話 試験を受ける その3

「ザッくん、大丈夫? 疲れてない?」


『肩に乗っているだけだからな。疲れるわけもない。出来ることなら自分の足で歩きたいが、今の余は人の歩く速度より遅いからな……。まったく、忌々しい体だ』


「わたしはいつでもモフモフ成分が補給できるから、ずっと乗ってて欲しいなぁ」


 森を歩きながら、カナタはザグギエルに頬ずりする。


『そうもいかん。余はこれより(元のような強者へと)進化していかなければならぬのだからな』


「ええっ!? ここからまだ(モフモフへと)進化するの!? すごいすごい!」


『なにを言う。余の(最強への)道は始まったばかりではないか』


「(モフモフへの)道は始まったばかり……!? す、すごいよ、ザッくん……。どこまでわたしを魅了する気なの……!」


『見ていてくれカナタよ。貴公が信じてくれる限り、余はどこまでも昇り詰めてみせる!』


「うん! 信じてるよザッくん!!」


 まったく噛み合わないまま、絆を深めるふたりの後ろで、メリッサは審査を行っていた。


「連れている魔物との関係は良好、と。魔物の知能も高く、理性的。街中で問題を起こすことはなさそうですね」


 魔物使いは魔物を連れて街の中に入ることが許されているが、その分責任は重く、魔物が問題を起こせば重罪だ。


 冒険者資格は剥奪され、魔物は処分される。


 これでも多くの人が住まう街中へ入れるというのは、寛大な処置だ。

 ギルドが出来るまでは、魔物使いは蛇蝎のごとく嫌われる職業だった。


 ステータスが低い魔物使いが仲間に出来る魔物は、精々が下級の魔物止まりで、制圧そのものは難しくないからこその許容だった。


「カナタさん。その魔物──ザッくんはどこで仲間にしたんですか?」


「ちょうどこの森ですよー。昨日、他の魔物にいじめられていたところを助けたら仲間になってくれたんです」


「なるほど。……ん? 昨日?」


 昨日と言えば、この森で賞金首の巨鳥兄弟が退治されたはずだ。

 気絶した二羽を引きずってきた兵士たちが、倒したのは自分たちではないとしきりに否定したそうだが、もしや目の前の彼女がその張本人なのではないだろうか。


「いやいや、まさか、そんなわけが……」


 確かに素晴らしい魔術の使い手だが、実戦経験もないただの女学生が、上級冒険者すら返り討ちにしていた魔物を退治しているはずがない。


 メリッサはふと浮かんだ想像を否定した。


「あっ、メリッサさん。魔物です」


 カナタが指さしたのは、ちょうど通り道に生えている木の枝だった。


「んん……?」


 目をこらしてよく見れば、葉々の陰に水気のある光沢が見え隠れしている。


「あれは、スライムですね。よく気がつきましたね、カナタさん。素晴らしい観察力です」


 魔物使いのステータス低減は視力などにも及ぶ。

 良くそれで見つけられたものだ。


 スライムは動きが遅いので、樹上へ登って獲物が来るのを待つという習性を持っている。

 獲物が通りかかれば、頭上から落下して、その粘液状の体を使って窒息死を狙うのだ。


 熟練の冒険者でも不意を突かれて死ぬこともある。

 弱いが侮れない相手だ。


「まぁ、普通に弱いので、正面から戦えば、子供でも棒きれで倒せちゃうんですけどね。ちょうど良い機会ですから、戦ってみてはどうです?」


 こちらに察知されたことに気づいたのか、木の上のスライムは自ら落ちてきて、様子を探るようにブルブルと震えた。


『カナタよ。ここは余に任せてくれ』


 逃げる様子のないスライムを見て、ザグギエルが立ち上がった。


「そんな。ザッくん、危ないよ」


『主人のために戦うのが、今の余の役目だろう。それにスライムごとき倒せずして、余の(最強となる)目標は叶わぬ!』


「(モフモフとなるのに)戦いが関係あるの?!」


『おおいにある! 敵を倒せばその魂の一部は倒した者に受け継がれ、余を成長させるのだ! 頼む、カナタよ! 余の戦いぶりを見守ってくれ!』


「……分かった! 心配だけど、ザッくんの決意を邪魔しちゃ駄目だよね! 頑張って! ちゃんと見てるから!」


『うむ! 貴公を背にするならば、百万の味方を得たも同然よ!』


 カナタとザグギエルは、目を熱く輝かせながら見つめ合った。


「……うーん、そんな決戦前の空気を出すような相手ではないんですけども……」


 メリッサはそんな二人を見て、目を半眼にした。


くぞ、スライム! 正々堂々と戦い、我が糧となれい!』


 ザグギエルは、メウッと気合いを入れてカナタの肩から飛び降り、着地に失敗してころころと転がり、目の前にいたスライムに飲み込まれた。


「ざ、ザッくんーーーーーーーっ!?」



   †   †   †



『ぐぅっ……! 余は、余は、スライムごときも倒せんのか……!』


「ザッくんは頑張ったよ! 次はきっと勝てる! わたし、信じてるから!」


『か、カナタぁ……!』


 涙目になったザグギエルを、カナタはよしよしと撫でた。


 あの後、カナタに救い出されたザグギエルは、水の魔術で粘液を落とし、風の魔法で毛を乾かされていた。


 ちなみにスライムは、カナタのによって一瞬でザグギエルを体内から救出する様を見せつけられ、彼我の戦力差に絶望してすごすごと逃げていった。


「そろそろ目的地かな」


 ザグギエルを慰めながら歩いていたカナタが足を止めた。


「本当に地図を完璧に覚えているんですね。方向感覚も申し分なし。正解です。ここが薬草の群生地ですよ」


 メリッサがメモに評価を書き加え、満足げに頷いた。


『あれではないか?』


 ザグギエルが前足で指した場所は、他の雑草とは色や形が違う草が群生してあった。


 このままではほとんど回復効果はないのだが、他の薬草や魔物の内臓と混ぜ合わせて煎じれば、高い回復効果を得られるポーションを作ることが出来る。

 クエストの薬草はそのベースとなる重要なものだった。


「これを手に入れれば、クエスト成功なんですよね?」


「ええ、ですが無事に帰って手続きを終えるまでは、クエスト達成とは言えませんよ。それから……」


 メリッサはつい答えを言いかけて、口を押さえた。


 薬草採取のクエストだが、持ち帰る薬草の数は指定されていない。

 一つでも良いし、全部でも良い。


 ただし、受験者が薬草をどの程度持ち帰るかも、評価の対象になっているのだ。


「(環境の保全も、冒険者の役目の一つです。己の儲けのためならば群生地を破壊しても良い、と考えるような人は冒険者には向きません)」


 根こそぎ持ち帰っても失格とはならないが、評価は大きく下げられることになる。


「やったね、ザッくん。薬草ゲットだぜ」


『ひと株だけでよいのか? 持ち帰った分だけ報酬が出るのだろう?』


 薬草に付いた土を水で洗い流すカナタにザグギエルが問う。


「うん、でもわたしが全部取っちゃったら、次の受験者の人が困るかも知れないし、この草を食べる動物も他にいるかも」


「(これも百点。ここまで完璧な受験者は初めてかも知れませんね)」


 メリッサは満足して評価を書き記し、不吉な気配を感じた。


『むっ、この気配は……!?』


「カナタさん! 気をつけて下さい! 何かが近づいてきます!」


 ザグギエルは野生の勘で、メリッサは鍛え上げた冒険者のセンスで、何か強大な者が接近してくる気配を察知した。


「ふたりとも、そこだとちょっと危ない」


 そして、カナタは二人よりも早く動き出していた。

 肩のザグギエルが落ちないように手で押さえ、素早くバックステップする。

 さらにバック。メリッサの腰を抱いて、後ろへ大きく下がる。


 不吉な気配は、頭上から降ってきた。


 地面が爆発したかのような、突風と重い地響きを立てて、それは土煙の中から現れた。


『やつは……!』


「ドラゴン……!? そんな、どうしてこんなところに……!?」


 森の木々よりも遙かに巨大な竜が、薬草の群生地を踏みにじり、カナタたちを冷酷に見下ろしていた。

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