第15話 冒険者になる
「ザッくん、あーん」
『……あーん』
「美味しい? 美味しい?」
『う、うむ。美味いが、カナタよ、余は赤子ではないのでな。この食べ方は少々恥ずかしいのだが……』
ザグギエルは居心地が悪そうに、口に入った肉を咀嚼した。
「いいからいいから。はい、あーん」
カナタは自分の食事はそっちのけで、ザグギエルの口にスプーンを差し出す。
『これも主人への忠誠か……。カナタのために命を賭けて戦う覚悟はあるが、こんな辱めは覚悟していなかったぞ……』
ドラゴンを倒し、薬草を持ち帰ったカナタたちは、ギルド横に設えられた酒場で遅めの昼食を取っていた。
食事時がズレているためか、酒場にはカナタたち以外の姿はない。
静かなテーブルで、カナタは思う存分ザグギエルの世話をした。
一方、ギルドはてんやわんやの大騒ぎだ。
「だから! 本当なんですってば! 現場を見て貰えれば分かります!」
「う、うむ。キミから報告を受けて、冒険者に調査させているが……。彼らが帰ってこないことにはだね……」
メリッサがギルド長に詰め寄り、先ほど起こった事件の顛末を説明していた。
メリッサは真面目で優秀な職員だ。
冒険者としても名を馳せている彼女が嘘をつくとは思えないが、あまりに内容が常識外れなのだ。
ギルド長もその内容をなかなか信じることが出来ないでいた。
お嬢様学校からやって来た十五歳の少女が、冒険者になるための試験を受け、それを満点で合格するだけではなく、突如飛来したドラゴンを素手で倒してしまうなど。
大衆向けの劇作家でさえ、こんな荒唐無稽な脚本は書かないだろう。
大型新人などと言うレベルではない。
ドラゴンを単身で倒せるなど、A級冒険者どころか、世界でも数人しかいないS級冒険者以上ではないか。
その時、冒険者がスイングドアを壊す勢いで飛び込んできた。
「ほ、本当だ……! メリッサちゃんの言ってることは全部本当だった……! 森に見たこともねえ程の巨大なドラゴンが……!」
全力で走ってきたのだろう。
冒険者はバタリとその場に倒れ込んでしまった。
「ほら! カナタさんは凄い冒険者になりますよ! 逃がす前に登録を!」
「ま、まさか本当にそんな人間がいるとは……」
めまいを覚えたギルド長は、ふらつく足取りで他の職員に書類をそろえるように伝えた。
「それからドラゴンも回収せねばならん。やれやれ、先日の巨鳥の件もまだ片付いていないというのに……」
それからメリッサと連れだって、食事をするカナタのところへと赴く。
「カナタ・アルデザイアくん、だったね」
「はい。どうですか? わたし、冒険者になれそうですか?」
「なれるもなにも……」
「駄目でしょうか……。薬草の群生地駄目にしちゃいましたもんね……」
「えっ?」
「他にお金を稼げる仕事を探さないとね。行こっか、ザッくん……」
ザグギエルを抱き上げて席を立つカナタに、ギルド長は焦った。
「待った待った! 合格! 合格だよ! 今手続きをしているところなんだ!」
両手で待ったをかけたギルド長は、そのまま受付へと案内する。
「そうなんですか! 良かった! あ、だったらこれの買い取りもお願いします」
そう言うと、カナタはなにもない空間から薬草を取りだした。
「……今、なにをやったのかね?」
「薬草を取り出しました?」
「そうではなく! いったいどこから!? 今のは空間魔術じゃないのかね!?」
「はい、そうですよ。わたしはアイテムボックスって呼んでますけど、便利ですよね」
「便利って! 空間魔術は賢者のみ扱える超高等魔術だよ!? キミは賢者だったのかね!?」
「いえ? 魔物使いですけど? ほら、証拠です」
『ザッくんという、よしなに』
目の前にザグギエルを突きつけられて、ギルド長は頭がおかしくなりそうだった。
「魔物使いがなぜ空間魔術を使えるんだね!?」
「頑張って覚えたから?」
「頑張って!? 頑張って覚えられたら職業の必要性はなくなってしまう!!」
「ギルド長、ギルド長。そのくだりはもうやりましたから」
顔を真っ赤にしてのけぞるギルド長を、メリッサがどうどうとなだめる。
「カナタさん、あなたが色々と規格外であることはよく分かりました。あなたが何者であろうと、当ギルドに於いて貴重な戦力がやって来たことに違いはありません。ぜひ、冒険者になってください」
「はいっ。こちらこそよろしくお願いしますね、先輩っ」
「せ、先輩……。一瞬で階級を追い抜かれそうなので困りますね……」
案内されたテーブルでは、書類一式をそろえた別の職員がカナタを待っていた。
やや緊張した面持ちで、ギルドのルールや契約内容を説明していく。
「それではこちらに名前、経歴、職業をお書き下さい。こちらの書類はギルドで厳重に保管し、誰にも閲覧できないようにします」
カナタは言われたとおり、書類に手早く記入していった。
「あの、この経歴のところって何かの賞を取った場合も書かないといけないんですか?」
「もちろんです。階級の査定にもプラスされますので、書いておいた方がお得ですよ」
「うーん、全部書くには記入欄が足りないので、大きいものだけでもいいですか?」
「そんなに沢山の受賞歴が? さすがドラゴンを倒すほどの方ともなると、普通の人とは違い、ます、ね……?」
王国剣技大会優勝・王国魔術大会優勝・王国弓術大会優勝・王国魔導理論賞受賞、などなど。
「きょ、虚偽の記載は犯罪ですよ! 王国剣技大会なんてついこないだあったばかりで……って、あれ? あなたはカナタ・アルデザイアさん?」
「はい、最初からそう名乗ってますけど」
きょとんと答えたカナタに、職員はのけぞって指さした。
「ぎ、ギルド長! メリッサさん! この人、あのカナタ・アルデザイアですよ! あの剣技大会三連覇の! 一撃も相手の攻撃を受けることなく、逆に一撃で相手を制したというあの! 剣神ボルドーの生まれ変わりとさえ言われているあの!」
「ああっ! 本当だ! 雰囲気がまるで違うから気がつかなかった……! もっと氷の刃みたいな雰囲気じゃなかったかね……?! 間違ってもこんなぽややんとした表情をするような人物ではなかったはずだが……」
「でも同じ顔ですよ! 私もどこかで見たことがあるなぁと思ったら……! というか、カナタ・アルデザイアって昨日の巨鳥を倒した人では!?」
「え? メリッサさんには話したじゃないですか。ザッくんをいじめてた魔物がいたって」
「巨鳥のことだと思うわけないでしょぉぉぉぉぉぉっ!!」
メリッサは机をバンバンと叩いて叫んだ。
「あと、そうそう、父はまだ生きていますよ? なので生まれ変わりじゃないです」
「え、まさか、剣神ボルドーって」
「はい、私のお父さんです」
「「「ええーっ!?」」」
三人は一斉にひっくり返った。
「そ、そう言えば同じ家名じゃないですか……。ということは大賢者アレクシア様は……?」
「お母さんです」
「なんと……。強いわけだ……。剣技や空間魔術はご両親に教えを受けたのだね?」
「いえ? 父が剣を振っているところも、母が魔術を使っているところも見たことがないですね」
優しいことが自慢の両親が、偉大な人物であることを知ったのは王都に来てからだ。
むしろ二人とも家にずっといるので、働いていないのだと思っていた。
「逸材だ……。逸材過ぎる……! 逃がすわけには行かんぞ、メリッサ君……!」
「だから最初からそう言ってるじゃないですか! 巨鳥とドラゴンの報酬も用意しないと! 金庫からあるだけ出しても足りるか分からないですよ!」
やいのやいのと二人が騒いでいる間に、カナタは書類を書き終えた。
「これでいいですか?」
「はい! 受理します! これでもうあなたは冒険者です!」
殴りつける勢いで職員は判子を押す。
ギルドは万年人不足である。
これほどの逸材を逃がしてなるものか、という気迫がこもっていた。
「しかし、最初の階級はどうするかね。すでにS級以上の実力なのは分かっているわけだし、最初からS級資格を与えても良いと思うのだが」
「規約だと、試験で満点を取った受験生は二階級上げてD級からのスタートになりますが、確かにカナタさんは規格外ですしね。特例としてS級でも良いのでは」
盛り上がる職員たちを、カナタは制止する。
「ずるは駄目です。ちゃんと規定通りでお願いします」
「そ、そうかね?」
「はい、あと報酬もいりません」
「「「何故!?」」」
報酬の額は、王都に家くらいなら楽々建てられるほどだ。
受け取らない理由などあるはずがない。
それでもカナタは固辞した。
「冒険者になる前の話ですし。何より私が受けた依頼は薬草採取ですから、この薬草だけ買い取って下さい」
カナタはモフモフぐるいなだけで、清廉潔白な性格をしていた。
ただそのモフモフへの想いが常軌を逸しているのが問題なのだが。
『それでこそ、余の主よ。覇道は自らに恥じるところなく、己が力で進まねばな!』
絶賛その餌食となっているザグギエルがうんうんとうなずく。
「えへへー、ザッくんに褒められたー」
カナタはザグギエルを抱きしめ、頬ずりした。
『カナタよ、それは恥ずかしい』
「自らに恥じるところはないから良いのです!」
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