第16話 依頼を受ける
「なんだと……!? 巨鳥兄弟に続いて、ドラゴンまでもが返り討ちに遭っただと……!」
報告を聞いた魔族の男が、玉座の肘置きを叩いて立ち上がった。
「はっ。遠見の魔術を行った部下によると、魔王様──失礼、元魔王ザグギエルが連れていた人間の女が戦っていたそうですが……」
「人間ごときが相手になるような者どもではなかろう」
巨鳥兄弟は人間界で魔王捜索の任を与えて以降、あちらで随分恐れられていたようだし、ドラゴンは魔術で思考力を奪っていたとは言え、戦闘力は変わらずだ。
たかが人間の女一人に倒されるはずがない。
「ですが、ザーボック様。事実送り込んだ者たちは全て倒されてしまっています」
「ならばやはり、ザグギエル本人が倒したと考えた方が筋が通る。遠見の魔術は精度が悪い。海を挟むほどの遠方ともなれば、見間違えてもおかしくなかろう」
「確かに。ご慧眼、感服いたしまする」
「ザグギエルめ……。すでにそこまで力を取り戻していたか……」
魔族が支配する暗黒大陸から、海を挟んだ人間の大陸へと魔物を送り込むには、辺境を守る防衛軍の目を避ける必要があった。
人間は弱いが数が多い。
暗黒大陸を除く全ての大陸に版図を広げている以上、個としては貧弱でも、種としては魔族よりも強大と言わざるを得ない。
本格的な侵攻を始めるまでは、こちらの動向を人間に悟られるわけにはいかなかった。
そのため飛翔能力を持つ魔物を選出し、人間界へと派遣したのだが、立て続けに返り討ちにされるとはザーボックも予想していなかった。
「魔王という暗黒大陸を支配する存在がいなくなり、各地の強大な魔族が覇を唱えて数百年。いまだ次代の魔王は決まっておらぬが、ザグギエルが力を取り戻せば、暗黒大陸はふたたびやつのものとなろう。そうなる前にやつを殺さねばならん。暗黒大陸中を探していたにもかかわらず見つからなかったのは、まさか人間界へ落ち延びていたからだったとは……」
ザーボックは玉座のすぐ近くに置かれた小さな台座を見やった。
ワイングラスのような入れ物が台座に置かれ、その中では一本の植物が息づいていた。
「急がねばならん……。少しも育つ様子のなかった種が、ここ数日で芽を出し急激に生長している。呪いはこの花が咲くとき解けると女神が告げていたのを我は聞いたことがあるのだ」
「ザーボック様、この花を燃やしてしまえばどうでしょう」
「馬鹿者が。これは魔王の状態を測るためだけのものよ。燃やしてしまえば、かえって魔王の動向が分からなくなってしまうであろう」
「し、失礼いたしました!」
「急ぎ、次なる刺客を送り込むのだ。やつが力を取り戻す前にな!」
「ははっ!」
† † †
「本当に良いのだろうか。カナタ君が報酬を受け取ってくれなければ、ギルドが丸々儲けることになってしまうが」
「良いわけがないですよ。巨鳥もドラゴンもとてつもない大物です。本部や他の冒険者に知られたら、当ギルドが不当に冒険者を搾取していると受け取られかねないです」
「それは困る! 困るぞメリッサ君!」
「しかも、ただ倒しただけではなく、捕獲に成功しているんですよ。生きたドラゴンなんて、王都の研究所が大金を積んでも欲しがります。カナタさんが希望したからと言って、はいそうですかと手柄を横取りするわけにはいきません」
「かといって、金銭以外で対価になるようなものはこちらにはないのだ。どうしたものか……」
「何とか丸く収まる方法を考えないといけませんね……」
カナタの冒険者カードを発行している間、ギルド長とメリッサは魔物の扱いをめぐってまだ話し合いが続いていた。
「あとは、この書類だけですね。魔物使いの方は連れている魔物をギルドに登録しないといけませんので。……信じられないことですが、カナタさんは本当に魔物使いなのですね……」
職員は机にちょこんと座っているザグギエルを見た。
ふんふんと鼻を鳴らしながら、カナタがペンを走らせる様子を興味深く見守っている。
「そうですよー。可愛いでしょう」
カナタは短い前足を持ってピコピコと動かした。
ザグギエルはカナタのされるがままだ。
威厳を保つためか、顔はキリリと引き締めている。
「……まぁ、たしかに猫とスライムの相の子みたいで愛嬌がありますね」
「プヨプヨモフモフなんですよー」
「へ、へぇー……。……ちょっと触ってみても良いですか?」
『断る。余は誰彼構わず尻尾を振るような犬ではないのでな。触って良いのはカナタだけだ』
「そ、そうですか……」
メウッと拒否され、職員は肩を落とした。
「ここに名前を書いたら良いんですか?」
「はい、そうです。ここの注意事項にも目を通しておいて下さい。最初に登録しておけば、冒険者カードを提示すれば、他の街でもスムーズに入れるようになりますので」
魔物使いの魔物は法によって守られているが、その魔物が問題を起こしたとき、討伐に赴くのはギルドの仕事だ。
魔物使いの連れている魔物はスライムなどの低級の魔物が精々なので、問題らしい問題は起きたことはないが、魔物の登録は義務となっている。
「ザッ、く、ん……と。書けました」
「はい、承りました。ちょうどギルドの身分証が出来ましたので、これにカナタさんとザッくんさんの血を一滴垂らして下さい」
別の職員が持ってきた金属の光沢があるカードをカナタの前に差し出す。
血から計測される魂の構造はカードに焼き付けられ、カナタとザグギエルの身分を保証してくれる。
「カードはめったなことでは破れるような素材ではないですが、もし壊した場合は、最寄りのギルドにすぐ再登録して下さいね。あ、血を採るのに針を使いますか? 二つお渡ししますので、同じものは使わないで下さいね」
「うう、ザッくんに針を刺すなんて出来ないよう……」
『なにを言っておるか。針ごときを余が恐れるわけがなかろう』
「でも、動物って注射嫌いだし……」
『余は動物ではない。そもそもこの姿は仮のものだと言っておるだろうに……』
ためらうカナタの針にザグギエルは前足を押しつけ、ぷくりと浮かんだ血の球をギルドカードに染みこませる。
二人の血は吸い込まれるようにカードに消えていった。
「はい、お疲れ様でした。これで今日からカナタさんはD級冒険者です」
「やったね、ザッくん。お金を稼げるよ」
『巨鳥やドラゴンの報奨金を受け取っておけば、わざわざ働く必要もなかったと思うがな』
「まぁまぁ、せっかく冒険者になったんだし、冒険してみようよ」
『ふっ、カナタがそう言うのであれば、余に文句はない。余としても強者と戦い己を高めるのは望むところだ』
「そうだね! 早く(モフモフに)進化しないとね!」
『うむ!(最強の存在に)進化してみせるとも!』
職員は熱く見つめ合う二人を眺めて、彼らが何か行き違いを起こしているのではないだろうかと心配になった。
「あそこの掲示板で仕事を探せば良いんですよね?」
「ええ、個々の技能に合わせてギルドから専門のクエストを優先的に回すこともありますが、基本的には冒険者の方に選んでもらうことになります」
「どんなのがあるだろうねー」
席を立ったカナタに職員が声をかける。
「今はもう昼過ぎですので、割の良いクエストは残っていませんよ。明日また早朝に来られてはいかがでしょうか。朝は朝で取り合うのが大変ですが、今よりはよっぽど良いクエストが貼り出されていますよ」
職員の言うとおり、ピンの跡がいくつも残るコルクボードにはほとんど何も残っていなかった。
『カナタはD級だろう。ここにあるのは高ランク過ぎるか、誰もやりたがらないような汚れ仕事ばかりだ』
「うーん。でも、まだ日が沈むには時間があるし、帰ってもザッくんをモフモフするくらいしかすることないよ? あ、それも良いかも! 晩ご飯までひたすらモフモフ!」
『依頼を探そう! それがいい! これなどどうかな!』
ザグギエルが慌ててカナタの手から逃れ、掲示板に飛びつく。
そして一枚の紙を咥えて、ずり落ちた。
ころころと転がって、カナタの足元に戻ってくる。
「もー、ザッくん危ないよ」
ザグギエルを抱き上げ、咥えた紙を受け取る。
相当前から貼り出されているものなのか、紙は黄ばんで四方がよれよれになっていた。
そこにくすんだ字で書いてある依頼を見て、カナタはふむふむとうなずいた。
「このクエスト、受けてみよっか」
『どれどれ……。……なんと!? 本気か、カナタ!?』
カナタの体をよじ登って、肩から依頼をのぞき込んだザグギエルが驚く。
「本気本気♪ すいませーん。このクエスト受けたいですー」
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