第24話 旅の準備を始める

 懐かしくも忌まわしい、しかし最後には救われた夢。


 ザグギエルは少女に抱きかかえられた温かさが夢の名残であると、起きたばかりの頭で気がつく。

 この肌に残るぬくもりはザグギエルがずっと求め続けてきたものだった。


 最弱の魔物に身を落とされ、耐えがたい苦痛と飢えと惨めさに遭わされ続けた数百年は、ザグギエルの心をすり減らしきっていた。

 あの傲慢な女神にも屈し、許しを請おうとすら考えていたザグギエルに、カナタは颯爽と現れ、いとも容易く手を差し伸べてくれた。


 カナタのぬくもりが、摩耗した心をどれほど救ってくれたことだろう。


 ザグギエルは体を起こす。すぐそばには黒髪の少女が静かに眠っていた。


 カナタ・アルデザイア。

 整いすぎた容貌は、黙っていると氷のように冷たい印象を与えるが、話し始めればコロコロと表情が変わる面白い性格をしている。

 才能に溢れながら、こんな役に立たない魔物をそばに置くことを選ぶ時点で、相当な変わり者だろう。

 だが、彼女がいなければ自分は今でも地べたを這いずり回って、明日に何の希望も見いだせぬまま、死ねない日々を送り続けていた。


 カナタにはどれほど感謝してもし尽くせない。


『カナタよ。余は貴公のためならば、どんなことでもやってのけてみせるぞ』


 頬にかかった長い髪を前足で払ってやり、ザグギエルは心に誓う。


「えっ!? ホントに!?」


 その言葉を待っていたかのように、カナタがパチリと目を覚まして飛び起きた。

 反動でベッドから飛ばされたザグギエルを空中でキャッチし、その柔らかい腹に顔を押しつける。


「どんなことでも!? どんなことでもって言ったよね!?」


「あ、ああ、うむ。確かに言ったが……」


 ぐりぐりと顔を押しつけてくるカナタの頭を撫でながら、ザグギエルは自分の発言は失敗だったのではと不安になってきた。


「じゃあじゃあ! 今まで我慢してたあんなモフモフやこんなモフモフもして良いの!?」


「我慢していた、だと……!?」


 あれで?

 人前ではとても見せられないあの容赦のない甘えっぷりで、今まで我慢していたと言うのか。

 では、我慢しなくなったカナタのザグギエルの接し方はいったいどうなってしまうのか。


 ザグギエルは頬を引きつらせた。


「ど、どんなことでもというのは、おもに戦闘面での話でな……。貴公の言うどんなことでもとは少々誤謬があるような──」


 ザグギエルは過ちを訂正しようと、腹に顔を押しつけるカナタを押しのけようとするが、まったくびくともしない。


 カナタは完全にスイッチが入っていた。


「ザッくん❤ ザッくん❤ ザッくん❤ ザッくんザッくんザッくんザッくんザッくんザッくんザッくんザッくんザッくんザッくんザッくんザッくんザッくんザッくんザッくんザッくんザッくんザッくんザッくんザッくんザッくんザッくんんんんんんっ!!」


「か、カナタ、落ち着け、カナタぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ザグギエルは起き抜けから、情景を描写できないレベルでモフられるのだった。

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