第25話 鎧姿にやられる


 カナタは両手で抱えたザグギエルを突き出す。

 重さで柔らかい体がびろーんと伸びて、餅のようだ。


「鎧を、この猫? に着せるのですか?」


 武具屋の店員はザグギエルを見て首をかしげる。


『む! 無礼者め! 余は猫ではない!』


 猫呼ばわりされて、ザグギエルはプンスカと怒った。

 短い足をパタパタとさせる姿に、カナタはうっとりする。


 一方、店員はびっくり仰天だ。


「ね、猫が喋った!? ま、まさか魔物!?」


「はいっ、わたしの大切な仲間ですっ」


「魔物が仲間!? と、と言うことは、お嬢さんは魔物使いなのですかっ?」


「はい! 新人魔物使いです!」


 カナタは胸を張って自らが底辺職であると名乗る。


 店員は少女が魔物を連れている理由に納得すると同時に不安になった。


 魔物使いは成人の儀において、どんなに才能がない者でも、大抵は神に提示される職である。

 しかし、実際に魔物使いになることを選ぶ人間は圧倒的に少数だ。


 魔物を仲間に出来ると言っても、自分より弱い魔物しか仲間に出来ない魔物使いなど、冒険者になっても大して役に立たない。

 職業の能力補正により本人も大幅な弱体化を受け、仲間にした魔物も弱すぎて、薬草拾いやドブ掃除が関の山だ。


 そんな魔物使いに装備を買える金など……。


 そこまで考えて、店員は自分が渡された袋のことを思い出した。

 金貨袋の重さは相当なもので、偽金のようにも見えなかった。

 支払いに困ると言うことはないだろう。


 身なりも良いし、よく見たら、着ているのはルルアルス女学院の制服ではないか。

 おそらく上流階級の子女が、ささやかな冒険心や親への反抗心で魔物使いになってしまったのだろう。


 貴族の人間なら、職業が何であろうと人生安泰だ。

 この大量の金貨も、お金持ちの道楽と考えれば得心がいく。


 真実を知らない店員はそう考えた。


「しかし、魔物の鎧ですか……」


 武具屋の店員も魔物の鎧を注文されたのは初めての経験だ。


 魔物使いはただでさえ職業のマイナス補正がかかるため、自己の防御を最優先に考えるのが当然だろう。

 自分より魔物の装備を優先させようなどという酔狂な者がいるとは思わなかった。


 さりとて注文を受けた以上は、出来ないと断るのは武具屋の沽券に関わる。


「で、では、お体を測らせていただきますね」


 店員はまず鎧を装着するザグギエルを検分することから始めた。


 魔物は恐ろしい存在だが、目の前にいる魔物は丸っこい黒猫にしか見えない。

 こんな少女に捕まるくらいだから、相当な弱さなのだろう。


 店員は巻き尺を片手に、てきぱきと体型や関節、体毛の量などを調べた。


 体はゼリーのように柔らかく、全身がふわふわの毛で覆われている。

 足は短くどこからが頭でどこからが体かも判別できないほど丸い。


 このような体に合う鎧となると、関節部が少なく上からすっぽりかぶせるようなものにするしかないという結論に店員は至った。


「ちょっと失礼しますね」


 店員は思いつきで、飾ってあったミスリル製の装具一式から兜だけを外して持ってきた。


 本来は少女の方に売りつける予定のものだったが、このサイズ感は丸っこい魔物にぴったりなのではないだろうか。


 兜を鎧に見立ててザグギエルの上からかぶせると、あつらえたかのように丸い体にフィットした。


「ほら思った通り、ぴったりだ!」


『む、たしかに付け心地は悪くないが……。どうだ、カナタ? 勇ましいか?』


 ザグギエルはカナタに問いかけるが、カナタは顔面に隕石を受けたかのようにのけぞった。


「か、可愛すぎますぅっ……!」


 兜にすっぽり収まったザグギエルは、殺人的な可愛さでカナタのハートを貫いていた。


 鎧を別に作ることになっても、この兜も一緒に買おう。絶対買おう。

 カナタは心に誓った。


『む、むむむ……!? カナタ、これはいかんぞ。問題発生だ』


「ザッくんの可愛さは大問題だよ。わたしそのうち鼻血噴くかもしれないよ」


 もぞもぞと身じろぎするザグギエルを見て、カナタはさらに興奮する。


『それは心配になるからやめてくれ。……ではなく、この兜は駄目だ』


「え? どうして? そんなに可愛いのに……」


『可愛いかどうかは別にして……』


 ザグギエルは兜を着たまま立ち上がろうとして、まったく微動だに出来なかった。


『こ、この兜は重すぎる……。一歩も動けんっ……』


 プルプルと震えるザグギエルはそれはそれは可愛かったが、動けないほど重いのであれば仕方がない。

 カナタは兜を諦めることにした。


「そっかー。じゃあ、店員さん、これはやめて一番軽いのを……」


「あの、お客様。当店ではこの兜より軽いものはご用意できません……」


 ミスリル銀は革より軽い。

 水に浮くとまで言われた魔法の銀は赤子でも頭にかぶれるくらいの軽さだ。

 だが、ザグギエルの貧弱さはその比ではなかった。


『ぬ、ぬおおおおおおっ……! なんのこれしきっ……!』


 ザグギエルは渾身の力で立ち上がろうとするが、やはりその場でプルプル震えるだけだった。


「申し訳ありません。この兜で駄目なら、鎧を作ることは到底無理です」


 武具屋の店員が敗北した瞬間だった。

 まさかミスリル製の装備を身に付けられないほど弱い存在がこの世にいるとは。

 ザグギエルの貧弱さは店員の想像を超えていた。

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