第26話 輸送中のドラゴンに出会う

 結論から言うと、カナタの『ザッくんアーマード計画』は断念せざるを得なかった。


「またのご来店をお待ちしておりますー」


 申し訳なさそうに頭を下げる店員に見送られ、カナタは武具屋を後にする。


「『はーぁ……』」


 主従は各々が違う理由でがっくりと肩を落として溜息をついた。


『まさか余の力がここまで落ちているとは……』


「兜を着たザッくん可愛かったのになぁ……」


 男たるもの可愛いより格好良いと言われたいザグギエルだったが、本来の目的を思い出し、咳払いする。


『此度のことは仕方あるまい。余の力不足は申し訳ないと思うが、そもそも余が必要だと言ったのは、カナタの装備なのだ。今からでも店に戻って、装備を新調してはどうか?』


「え? わたし?」


『うむ』


「なんで? いらないよ?」


 キョトンと答えるカナタに、ザグギエルは短い前足をパタパタと振る。


『いやいや、いるであろう!? その学生服で魔物の攻撃から身を守れると──いや、実際カナタは守れているのだったな……』


 戦いでカナタが傷一つでも負ったところをザグギエルは見たことがない。

 圧倒的な身体能力に高位の回復魔法や空間魔法まで操る才覚。

 無敵と言わざるを得ない。


 職業によるマイナス補正を受けてこれなのだから、常識を覆しすぎている。


「わたしよりザッくんだよ。ザッくんのモフモフに傷が付くなんて耐えられないよ!」


『むむう、こればかりは余が強ければ起きぬ心配であったな……。良かろう! カナタが鎧を身に付けぬと言うのならば、余が鎧など必要ないほどに成長してくれようぞ!』


「ザッくんが(鎧代わりに)成長……!?」


『うむ! 余がカナタを(強さで)守って見せようぞ!』


「(モフモフで)守ってくれるの!?」


 ザグギエルは強く強靱な魔物になった姿を想像し、カナタはさらにモフモフとなった姿を想像し、その将来に鼻息を荒くした。


「むふー! それはたまらんですっ!」


『そうであろう! そうであろう!』


 主従の誤解は解けぬまま、商店街を歩いていると、人混みが目立ち始めた。


『なんだ? 催し物でも始まったか』


「うーん、どうだろう。ここからだと見えないかなぁ」


 先へ進むほど人は増えていき、どうやら人だかりは中街と下街を繋ぐ大門に注目しているようだ。


「開門! 開門ー!」


 大きな門のため、普段は片方が閉じている門が全開しようとしている。


 そして、門の奥から大きな車輪がついた台車が、沢山の馬に引かれてやってきた。


「おお、これは大きい……!」


「こんな大物を見る日が来るとはなぁ……」


 民衆は台車を見て、正確には台車に乗せられたものを見て歓声を上げた。


 それは巨大なドラゴンだった。


 鋼の綱で何重にも縛り付けられ、逃げられないようにしている。


 意識を失っているのか、ドラゴンが暴れる様子はない。浅い呼吸をゆっくりと繰り返しているだけだ。


 しかし、その小さな鼻息一つで街路の砂塵は巻き上がり、風で服をめくり上げられた民衆は悲鳴混じりのはしゃいだ声を上げた。


『あやつは、カナタが仕留めたドラゴンではないか』


「あ、ホントだ。首のところの鱗が取れてるから間違いないね」


 カナタによって逆鱗をむしり取られた挙げ句、脳天に強烈な一撃を食らって今日まで昏倒し続けていたらしい。


 ギルドにようやく回収のめどが立って、こうして街中まで運ばれてきたようだ。


 生かしたまま連れてきたのは、王都の研究機関が実験に使うためだろうか。

 人に害なす魔物とは言え、あのドラゴンの今後はろくな目には遭わないだろう。


『かつての配下とは言え、余にはどうすることも出来ん。敗者は食われる。それが魔界の掟だ。だが、見ていて気分の良いものではないな。カナタ、行こう』


「……あ、起きちゃう」


 カナタがぽつりとつぶやいた。


 それと同時に、女性の悲鳴が街中に響き渡った。


「ど、ドラゴンが! ドラゴンが目を開けたぞ!」


「麻酔で眠らせていたんじゃなかったのか!?」


「効いてなかったんだ!」


 細い瞳孔に見つめられ、人々は恐れおののいた。

 緊張で逃げ出すこともままならない。


 ここまでドラゴンを連れてきた職員たちも緊迫した様子だ。

 馬をなだめながら、ドラゴンがふたたび目を閉じることを祈るしかない。


「だ、大丈夫だ。たとえ目覚めても、ドラゴンを縛り付けているのは特製の鋼綱だ。いかにドラゴンの膂力であろうとも、そう易々と千切れたりは……」


 部下を落ち着かせようと職員が言ったその言葉は、すぐさま取り下げなくてはならなくなった。


「GORURURURURU……」


 太い音で喉を鳴らしながら、ドラゴンの筋肉が隆起する。


 大樹の幹のように節くれ立った四肢が膨張すると、張り詰めた鋼の綱はいとも容易く千切れてしまった。


「GARUOOOOOOOOOOOOOOOOON!!」


「「「きゃあああああああああああああああああっ!!」」」


 立ち上がったドラゴンが咆吼するのと、民衆が悲鳴を上げるのは同時だった。


 馬たちは暴れだし、職員たちは轟音に耳を押さえ、民衆は将棋倒しになりながらその場を逃げていく。


「なんということだ……」


 その様子を呆然と見上げるしかないギルド職員は、途方にくれていた。


「もう駄目だ……。おしまいだ……」


 口端からこぼれた涎にも気づかないほど、彼は絶望に支配されていた。


 街中でドラゴンが暴れれば、いったいどれほどの犠牲が出ることか。

 家々は焼き尽くされ、人々はまとめて胃袋の中だろう。


 王都は滅ぶかも知れない。


「GAROOOOOOOOOOOOOOOON!!」


 拘束されていたドラゴンの瞳は怒りで真っ赤に染まっていた。

 今さら、誰が許しを請うてもドラゴンは許しはしないだろう。


 誇り高き自らを縛り付けた人間共を鏖殺す。

 その燃える瞳が何よりも物語っていた。


「だ、誰か……誰か……誰か、助けてくれ……」


 誰が。いったい誰が助けてくれるというのだ。

 この場にいる誰が、あのドラゴンを倒せるというのだ。


 助けを求める職員のか細い声は、ドラゴンの咆吼に飲まれて消えた。

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