第20話 死霊を昇天させる

「BAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」


 汚泥が下水を掻き分けて盛り上がる。


 不出来な泥人形のような巨体が、低い轟きを上げながらカナタに向かって襲いかかってきた。


 汚泥には人面のような穴がいくつも空いており、それぞれが伽藍の口で苦悶の叫びを上げている。


『カナタ! 下がれ! おそらく死霊の融合体だ! 泥に取り憑いて実体を得たのだろう! 触れれば怨嗟の毒で死に至るぞ!』


 カナタの盾となるべく、ザグギエルが肩から飛び降りる、


 そしてまたしても着地に失敗し、水路に転がり落ちていった。


「わっ。危ないよ、ザッくん」


 水路に飛び込む寸前、カナタがすくい上げる。

 その間にも汚泥の怪物は目前に迫っていた。


「BAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」


 怨嗟の咆哮を上げながら、汚泥の巨人が両腕を広げる。


 猛毒の抱擁が、背を向けたカナタに襲いかかった。


 汚泥の腕に抱かれれば、苦悶の中で骨まで爛れて、死霊の仲間入りを果たすだろう。


 蒸気のように毒霧を噴出させて、泥人形がカナタを抱きしめる。


「BAO!?」


 そして、見えない壁にぶつかって、泥人形は平らになった。


「BA、BAOOOO!?」


『なんと……。 肉体を得た死霊すら寄せ付けんと言うのか、この浄化魔術は……』


 壁に触れた部分から、汚泥は白い砂へと変わっていく。


 カナタはその様子を壁の内側からしげしげと眺めた。


「このお化けが毒の原因かな?」


『そのようだな。実体を得たことで、怨嗟を物理的な毒へと変化させているのだろう』


「BAOOOO! BAOOOOO!!」


 泥人形は汚泥をまき散らしながら拳を叩きつけ、浄化魔術の壁を破壊しようとする。


 だが、触れた先から白砂化し、泥人形は見る見る体積を減らしていった。


『いかにしてこのような死霊が生まれたかは分からぬが、ここへ来るのが遅れていればさらに成長して王都を毒に沈めていたかもしれんな。カナタよ、これ以上死霊共を苦しませるのも酷だ。解放してやれ』


「うん。今度は迷わず逝って下さい。あと願わくば、生まれ変わるときはモフモフでお願いします」


 カナタは片手を上に向け、目を閉じて念じる。


 次の瞬間浄化魔術の効果範囲は爆発的に拡がり、死霊は汚泥ごと白砂と化す。


 呪詛を吐き散らすだけだった死霊の顔が穏やかなものとなり、天へと還っていくのが見えた。


「ふう、こんなものかな。毒の拡がったところは浄化できたと思う」


 カナタが目を開けると、下水道は聖堂のごとき清らかな場所へと変わっていた。

 白い砂だけが雪のように積もっている。


『見事なものだ。本職の神父でもここまで見事な浄化は行えんだろう。やはりカナタは聖女になるべきだったのでは……』


「聖女になるためだったら、こんなに頑張ってこなかったかなー」


 カナタの能力は魔物使いとなってモフモフするためだけに鍛えられたものであった。


『ちなみに、どのくらいまで浄化の範囲を広げたのだ?』


「とりあえず王都ぜんぶだよ」


『……ふむ、そうか』


 王都はこの国で最も広い首都なのだが、そこの下水道を全て浄化したという。

 ザグギエルはもはや驚きも呆れもせず、ただ頷いた。


『そう言えば、このクエストの報酬は歩合制だったな。全額支払ったら財政が傾きそうだ』


 後日、クエストの結果を確認に来たギルド職員が卒倒したのは言うまでもない。

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