第21話 人々を癒す

 カナタたちが来た道を戻り、下水道から外に出ると、空はもう夕日が沈みかけていた。


「お嬢さん、ご無事で!」


 カナタがのしたチンピラたちが駆け寄ってくる。


 下水道へ入る前に言いつけたとおり、病気の住民たちを集めていたようだ。


 チンピラたちに案内された広場には、すでに大勢の人が広場に集まっていた。


 咳をする老人や目に隈を作った子供たちが、カナタをいぶかしげに見つめてくる。


 本当にこんな少女が猛毒を垂れ流す下水道を浄化してくれたというのか。

 とても信じられない、といった目だった。


『思った以上に大人数だな。一人一人ていては何日かかるか分からぬぞ』


「す、すいやせん、猫の兄貴! しかし、みんな苦しんでやがるんです。何とかなりやせんか?」


「何とかできます。だいじょうぶだいじょうぶ」


 カナタは気軽に請け合い、広場に集まった病人たちに手を掲げた。


「元気になーれー、元気になーれー」


 詠唱に決まった形はないとは言え、カナタのなんとも気の抜けた魔術の発動方法に、住民たちはさらに怪訝な顔をした。


「よしな、お嬢ちゃん。そんなおまじないで病気がよくなったら苦労は……」


 老婆が言いかけて、喉のつっかえが取れたことに驚く。


 先ほどまで広場に蔓延していた咳の音がまるで聞こえない。


 翠緑の光がヴェールのように優しく病人たちに降りそそぎ、病魔を根こそぎ治療していった。


「お母ちゃん! 胸、もう苦しくないよ!」


「咳だけじゃないぞ! 長年煩っていた足腰の痛みまで消えておる!」


「目が、目が見える……! また娘の顔が見える日が来るなんて……!」


「う、腕が! 無くなった俺の腕が……!」


 弱った子供が、衰えた老人が、盲いた母が、腕と職を失った父が。

 みんな元気になって立ち上がる。


「とりあえず悪いところ全部治しときました」


 奇跡に等しい大魔術を行使しておきながら、カナタはこともなげに言った。


「せ、聖女様じゃ……!」


「奇跡の聖女様……!」


「我らをお救い下さった……!」


 その場にいた人々が両手を組んでカナタに祈りを捧げる。


「「「聖女様……! 聖女様……!」」」


「いえ、魔物使いです」


 カナタの返事は誰にも届かず、人々は跪いたままだ。


 カナタは軽く息をついて、群衆の中からチンピラ二人を呼び寄せる。


「この街に畑はありますか?」


「へ、へえ。王都の商人は下街の人間にはろくに物を売ってくれねえんで、自給自足のために畑は作ってありやす」


「ただ、ここらは土地が痩せてて、ろくに野菜も育ちゃしねえんですが……」


「じゃあ、この砂を畑を耕すときに撒いてみて下さい」


 カナタがそう言ってアイテムボックスを開くと、中から大量の白い砂が流れ出てきた。


 それはカナタが浄化した下水の汚泥を回収したものだ。


「汚染は浄化ずみなので、土に混ぜれば肥やしになると思います」


 下街を汚染し尽くした泥も、毒を抜けば栄養豊富な肥料へと変化していた。


「そ、そんな……! 俺たちはお嬢さんに酷いことをしようとしたのに、なんでそこまでしてくれるんですか……!」


「んー」


 カナタは少し考えた。


「困ったときはお互い様です。あと、情けは人のためならずって言うじゃないですか」


 もしかしたら、彼らが新たなモフモフを連れてきてくれるかも知れない。

 恩を売っておいて損はないだろう。


 あくまでカナタの行動は自分のため。

 そしてモフモフのためにあった。


 しかしその実情を知らない群衆は、尊い行いに滂沱と涙を流した。


「聖女様……!」


「やはり、この方こそ聖女様だ……!!」


「「「聖女様……! 聖女様……!」」」


「いえ、魔物使いです」


 ふたたびの否定は、やはり群衆に届くことはなく、人々はカナタに心から感謝するのだった。

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