第32話 蹂躙より酷いことをする その1
突然の魔王軍の襲来に、王都は混乱の極みにあった。
「おい! なんなんだあれは! 冒険者たちは何をやっている! ああいうのを倒すのが仕事だろうが!」
「あんな大軍、ギルドに所属してる冒険者だけで何とかなるわけないでしょうが! こちらも軍を出さないと……」
「今兵団を集結させている! だが、あと一時間じゃとても無理だ!」
「あいつらの要求を呑むべきじゃないのか? 魔王が出て行けばあいつらも帰ってくれるんだろう? 魔王を探した方が早いんじゃ……」
「魔王の顔も分からないのにか!? それに魔王なんてどうやって捕まえるんだよ!」
騒ぎの沈静化に警邏の兵士だけではなく、ギルドにも応援が要請されていた。
「落ち着いて! 落ち着いて下さい!」
メリッサの姿もそこにあった。
懸命に呼びかけるが、効果は薄いようだ。
激務続きの日々から、またこんな大事件。
「もういい加減にして……。おうち帰ってお風呂に入りたい……」
メリッサは隈のできた目尻に涙を浮かべた。
「大丈夫ですか、メリッサさん。ハンカチ使いますか?」
「ううっ、ありがとうございます……」
ハンカチを受け取って、涙を拭ったメリッサは、相手が日々の激務の原因であることに気づいた。
「か、カナタさん!?」
「はい、三日ぶりですね、メリッサさん」
黒い毛玉を肩に乗せた少女がメリッサに微笑む。
その笑顔は清らかで見る者の心を落ち着けるが、メリッサは嫌な予感がしていた。
「まさか、まさかとは思うのですが、カナタさん。今回の騒ぎの原因は……」
「いえいえ、違いますよ。わたしじゃありません」
「あっ、なんだっ、そうなんですか? ごめんなさい。あらぬ疑いをかけてしまって。そんなことがそうそうあるわけないですよね」
あらやだ、恥ずかしい。と誤魔化し笑いをするメリッサに、釣られるようにカナタはうふふと笑う。
「だって、騒ぎの原因は私じゃなくて、ザッくんですし」
「……は?」
笑顔のまま、メリッサの表情が固まった。
言葉の意味が分からない。
この黒い毛玉と魔物の軍勢に何の関係があるのか。
『うむ、貴公ら人族には迷惑をかける……』
固まったままのメリッサの視線がザグギエルに動く。
黒い毛玉はぴしりと背筋を伸ばし、名乗りを上げた。
『余こそ、奴らが求める魔王ザグギエルである』
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? ちょっ、どう、えっ、えええええええええええええっ!?」
こんな弱そうな魔物が魔王。
とてもじゃないが信じられない。
しかし、その主は規格外のカナタである。
言葉の信憑性は高く、どう対応したら良いか考えた結果、徹夜続きのメリッサの脳は限界を迎えて叫ぶしかなくなった。
「それじゃ、行ってきますねー」
「行くってどこへ!?」
「もちろん、あそこへ」
カナタが指さしたのは崩れた王都の外壁だった。
その方向からは、少しでも魔物から離れようと、今も民衆が逃げ続けている。
「あそこって、魔王を引き渡すんですか!?」
「いえ? わたしがザッくんを手放すわけが無いじゃないですか」
「だったら、あの魔物の軍勢を相手に、いったい何をするつもりなんですか!?」
「わたしは魔物使いです。だったら、やることはひとつじゃないですか」
そう言うと、カナタは人の波をひょいひょいと避けながら、先へ進んでいく。
「カナタさん! カナタさーん! やることって何なんですかぁぁぁぁぁっ!?」
メリッサの声は、逃げ惑う人々の悲鳴に押し流されて、その答えを知ることは出来なかった。
カナタは外壁に向かいながら、期待に胸を膨らませた。
「モフモフ、大量ゲットだぜ!」
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