第33話 蹂躙より酷いことをする その2

 外壁付近まで近づくと、街は静まりかえっていた。


 正門は門番によって閉じられてしまったため、カナタは外壁の穴を乗り越えて、外までやって来た。


『ま、魔王様、申し訳ありません……』


 捕縛されたドラゴンが苦鳴を漏らした。

 先んじて軍勢へ強襲をかけたのだろうが、返り討ちに遭ったようだ。


 魔王軍の最強の一角であるドラゴンだが、数万という魔物が相手では、あまりにも多勢に無勢だった。

 多くの魔物に押さえつけられて身動きが取れなくなっている。


 今も生かされているのは、ふたたび洗脳して戦力に加えるためだろう。

 この軍勢を引き連れる者の邪悪さが透けて見えた。


『来たぞ! ザーボック! 貴様の要求通りだ!』


 ザグギエルが声を上げると、魔物の軍勢が割れ、奥から総大将であるザーボックが姿を現した。


「久しいですな、魔王様」


『ふん、白々しい……。今さら懐かしむ間柄か?』


「なるほど確かに。要件は理解しておられるようだ」


 ザーボックは鷹揚にうなずいて、怪訝そうに片眉を上げた。


「ところで、連れているその娘は? 人間の召使いなど、魔王様も趣味が悪いですな」


『……カナタは、召使いなどではない』


「ほう? ならば、何だというのですか? 友人だとでも? 冷酷無比な魔王様が何と生ぬるい」


『カナタは、カナタは余の、ご、ご主人様だっ……!』


 ザグギエルは照れが入りながらも、カナタとの関係を宣言した。


「……ゴシュジンサマ? ……ご主人様だと……? は、ハーッハッハッハッ!! 何の冗談だ、それは!! 魔王ともあろう者が、人間の下僕に成り果てていようとは! こいつは傑作だ!!」


 ザーボックは顔をのけぞらせて大笑した。


「……いやいや、笑って済まない。無理もないことだったな。最弱の魔物へと身を落とした貴様なら、人間に飼われていても不思議ではない。力を取り戻したかと危惧していたが、変わらず地べたを這いずって生きていたようだ」


 ザーボックは心底見下した視線を送る。

 屈辱に震える姿を予想したが、ザグギエルは不敵な笑みを浮かべていた。


『ふ、やはり余が力を取り戻したと考えていたか。そんな言葉が出ると言うことは、余の呪いは解けかかっているのだな?』


「くっ……!」


『図星のようだな。どうせあの花も貴様の手元にあるのだろう。見せてみよ』


「っ、そんな必要はない! 我が軍勢の前に姿を見せた時点で、貴様の死はもう確定しているのだ!」


 ザーボックが引き連れている軍勢の中には、かつての魔王軍の精鋭もいたが、洗脳魔法をかけられているのか、皆、放心した顔つきでザーボックに付き従っている。


 今のザグギエルが呼びかけたところで、こちらの味方にはならないだろう。


『……貴様の目的は余の抹殺であったな。であれば、余を殺せば人族には手を出さず、素直に帰ってくれるのか?』


「ははは! そんなわけがないだろう! 貴様を殺した後、使える者は洗脳して役立たずは皆殺しだ! こうなった以上、この都を拠点とし、各国へと侵攻してくれる! 計画は狂ったが、大規模転移術式で戦力を送り込むことには成功した! 先に人間界を制圧してから改めて暗黒大陸を飲み込み、新たな魔王となってくれるわ!」


 ザーボックの野望は尽きない。

 ここで止められなければ、言ったとおりになるだろう。


『やはり、約束を守る気などないか……。ならば致し方あるまい』


 ザグギエルはカナタの肩から飛び降りた。

 空中で一回転して、颯爽と着地する。

 そして足を滑らせてコロコロと転がった。


「「「………………」」」


 全軍を沈黙が支配する。


 ザグギエルは逆さまになった状態で、上に向いた手足をバババと動かして不思議な構えを取り、キッと全軍を睨みつけた。


『来い!』


「ふ、ふははははははは! 何だそれは! 吾輩を笑わせて殺す作戦か!?」


『余はいつでも真剣だ! さぁ来い! ザーボック! 余に恐れをなしたか!』


「……その格好でそれだけ咆えられるのは、ある意味見事だが……」


 あきれかえるザーボックの背後に、巨漢が跪いた。


「ザーボック様、ここは私めにお任せ下さい」


 進言したのは、漆黒の鎧を身に纏った首なしの騎士だ。

 自身の頭を左腕に抱え、背中には鉄塊のごとき大剣を背負っている。


「デュラハンか……。良かろう。あのような出来損ない。全軍を差し向ける価値もない。一刀にて叩き切ってこい」


「ははっ!」


 デュラハンは背中の大剣を片手で軽く引き抜くと、ザグギエルと対峙する。


「元魔王ザグギエル! その首、我がもらい受ける!」


『余の首は安くないぞ! 死力を尽くしてかかって来い!』


 その毛玉のどこが首なのかというツッコミが不在のまま、両者は戦意を高めていく。


 その視線を遮る者があった。

 ザグギエルを守るように立ち塞がる少女。


「カナタ……」


「……娘、貴様、戦士の決闘に割って入る意味が分かっているのだろうな?」


 デュラハンは抱えた頭に青筋を浮かべ、大剣の切っ先をカナタへ向けた。

 カナタは当然のごとく剣に怯える様子もなく、注意深くデュラハンの全身を上から下まで眺め、深く溜息をついた。


「……2点」


「なに?」


 落胆した様子のカナタは、突きつけられた大剣の切っ先をつまんだ。


「なにをする──」


 そして軽くねじる。


 暗黒大陸の金属を鍛えて造った剣が、飴細工のようにひん曲がった。


「な、あ……!?」


 持ち手に帰ってくる力は尋常ではなく、デュラハンは頭を捨てて両手で踏ん張る。

 その間にも大剣はギギギと不協和音を奏でながら、鉄くずへと形を変えていった。


「そ、そんな……わ、私の愛剣がぁ……」


 くしゃくしゃに丸まった大剣を抱えたまま、デュラハンは膝を折った。


「採点してくるから、ザッくんはちょっと待っててね」


『か、カナタ! 待てっ!』


 ひっくり返ったままのザグギエルにカナタは軽く言うと、そのまま魔物の軍勢へ一歩踏みだし、二歩目には軍勢の先頭に現れていた!?


「なっ!?」


「うーん、5点かな」


 カナタの速度に驚いた魔物が反射的に斧を振るうが、白魚のような五指に受け止められて、そのまま握りつぶされる。


「お、俺の斧ぉぉぉぉぉっ!?」


 デュラハンと同じように長年愛用した武器を壊されて、魔物は心を折られた。

 カナタはもう用はないとばかりに、次の魔物の前に現れる。


「むー、4点」


「ひいっ!?」


「8点くらい」


「ぎゃあっ!?」


「6点ってところだね」


「い、いやぁぁぁっ!」


 瞬間移動でもしているかのように、カナタは魔物の前に現れては、爪を割り、牙を折り、武器を破壊する。

 絶望的な力の差を見せつけられた魔物は、失神し、失禁し、戦意喪失した。


「何をしている貴様ら! そんな小娘、早く倒してしまわぬか! 一対一で相手などするな! まとめてかかれ!」


 ザーボックの命令が飛び、魔物たちが一斉にカナタに襲いかかる。

 そして、襲いかかった勢いのまま、四方へ跳ね返された。


「5点、7点、3点、2点、4点、5点、……はぁ、全然駄目だね」


 いったい何を採点されているのか。

 魔物たちはそれすら分からず、カナタによって無力化されていく。


「倒せ! 何でもいい! 誰かやつを仕留めろ!」


「む、無理です! 止まりません!」


 カナタの勢いは止まらない。

 数万からなる魔物の軍勢が、たった一人の少女が駆け抜けるだけで、まるで竜巻が過ぎ去ったかのように吹き飛ばされていくのだ。


「2点3点6点4点5点8点7点9点6点3点4点9点5点3点5点6点2点9点8点──」


 戦える魔物はどんどん数を減らしていき、とにかく低い点数を与えられていると言うことだけは分かった。


「みんな、全然駄目。だめだめです。ザッくんの足元にも及ばないね」


「なん、だと……?! 我らが最弱の魔物以下だというのか!?」


「うん」


 狼狽えるザーボックに、カナタはきっぱりと言った。


「あなたたちじゃ、全員合わせてもザッくんの足元にも及ばないよ」


 そしてまた、軍勢がまとめて吹き飛ばされる。


「何なんだ!? 何者なんだ貴様は!?」


「ただの魔物使いですけど?」


 わめくザーボックに、カナタは戦う手を止めずにきょとんと答えた。


「魔物使い!? お前のような魔物使いがいるか!」


「ここにいますよ?」


「うるさいうるさい! 魔物使いなら、せめて魔物を使って戦えよう!! なんで素手で吾輩の軍がやられていくんだよう!」


 ザーボックはもはや泣き叫んでいた。


「もうやめろ! やめてくれぇぇぇぇっ! 吾輩の軍が! 栄光がぁぁぁぁぁぁっ!」


 時間にして数十秒。

 たったそれだけの時間で、ザーボックの連れてきた軍勢は崩壊してしまった。

 これではもう人間界侵攻など夢のまた夢である。


「そ、そんな……。吾輩の野望が……魔王となる夢が……」


 全滅した軍を見て、ザーボックは這いつくばった。


「あなたたちの敗因はただひとつ。モフ度が足りない」


「も、モフ度……?」


 もうわけが分からなかった。


 魔王を殺しに来たはずが、戦うことすら出来ず、唐突に顕れた少女によって一軍が全滅。

 悪夢のような光景だった。


「ちなみにあなたは0点です。どこにもモフ度がない」


「吾輩はゼロ……。部下共でさえ数点はあったのに……。吾輩はゼロ……」


「ちなみにザッくんは百万点です。最初からあなたたちに勝利の可能性はなかったんですよ」


「そ、そんなぁ……」


 ザーボックの心が折れようとしていたその瞬間だった。


『諦めてはいけません、ザーボック。神は貴方を見ています』


 白く輝く沢山の羽が舞い落ちてきて、まばゆい光が天より差す。


 空から顕れたのは、天衣無縫をまとった美しい女性だった。

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