第7話 呼び出しを食らう

 ひしっと抱きしめ合ったふたりだが、その感動には大きな差異があった。


 弱く醜い獣の姿となってしまった自分が、ふたたび魔王として返り咲くと信じてくれたことに感動するザグギエル。


 ありとあらゆる動物に怖がられ、前世からの願いをようやく叶え、念願のモフモフと友になれたことに感動するカナタ。


「ふぉ、ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ……!!」


 カナタは恍惚の声を漏らした。


 モフモフに抱きしめられるって最高。


 ザグギエルの前足が短すぎるので、カナタの細い腰であってもまったく届いていないが、カナタの気分は最高潮だった。


『……カナタ、その、そろそろ離れてくれないだろうか。若い娘と抱き合うというのは、余としても少々気恥ずかしいのでな』


 いつまでも抱きしめてくるカナタを、ザグギエルはやんわり押しのけようとする。


「ザッくん!!」


『のわっ!?』


 押しのけた瞬間、押し倒された。


『か、カナタ!? ど、どうした!?』


 突然のことに驚いて、上になったカナタを見上げると、少女の瞳孔はまたしてもハート型になっていた。


「ザッくん! ザッくんが悪いんだからね!?」


『お、落ち着け! 余が気に障るようなことをしたのか!?』


 思い当たる節のないザグギエルは、困惑するばかりだ。


「ザッくんが悪いの! こんなモフモフな姿でわたしを誘惑するから! 我慢なんて出来るわけないじゃない!」


『ゆ、誘惑!? 貴公は何を言っているのだ!? 目が怖いぞカナタ! それに何故そんなに息を荒げている!?』


「ハァハァ……ザッくん❤ ザッくん❤ ザッくん❤ ザッくん❤ ザッくんんんんっ❤❤❤❤❤」


『か、カナタぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』


 ザグギエルの腹にカナタが顔を突っ込み、そのモフモフを思うさま蹂躙する。


 メゥゥゥゥゥゥッ! っという悲痛な鳴き声と、ズゾゾゾゾゾゾっ! という動物と触れあうときに聞こえていいものではない音が部屋に響き渡った。


 その時、ドアが強くノックされた。


「カナタさん!? カナタ・アルデザイアさん!? 部屋でいったい何をしているのです!? まさか男性を連れ込んでいるんじゃないでしょうね!?」


 外まで音が漏れていたらしい。

 この声はさっき廊下で会った寮長だ。


「むー、カリモフクンスハするチャンスが……」


 カナタはザグギエルの腹から顔を上げて、口を尖らせた。


『何が何だか分からんが、助かった、のか……?』


 ザグギエルは主となったカナタのことが、さっそく不安になってきた。


『いや、違うな。カナタが意味のない行動を取るとは思えん。もしや、これは新しい鍛錬方法なのか……!?』


 ザグギエルはカナタが戦う姿を間近で見ている。

 巨鳥たちを一蹴する、圧倒的な身体能力。


 カナタがあれほどの強さを得るまでには、凄まじい努力があったのだろう。

 いくら素質があっても、並の鍛錬法ではあそこまで到達できない。


 今の謎の触れあいも、仲間を鍛える一環だったのだ。

 彼女の鍛錬法の一端を、その身をもって伝授されたのだろう。


『うむ。そうに違いない』


 さすがはカナタだ、とザグギエルは感心した。


 もちろん、全力で勘違いだ。


「着替えるのでちょっと待って下さい」


 カナタはせっかくのモフモフタイムを邪魔されて、不機嫌にドアの向こうへ返事をした。


 バスタオルをはずして、手早く学生服に着替える。


「き、着替えっ!? やはり男性を連れ込んで!?」


「全然違います」


 ドアを開けて否定する。


 顔を真っ赤にさせて妄想に励む寮長を、カナタは冷たい眼差しで見下ろした。

 モフモフを邪魔した罪は重いぞと言わんばかりだ。


「ふむ、なるほどなるほど……」


 寮長はカナタ越しに部屋の様子を窺って、特に怪しい気配や匂いはしないことを確認した。


「本当のようですね。やだ、じゃあ独りで……? そういう時は声を抑えて頂かないと……」


「ちーがーいーまーすー。この子とモフモフしてただけです」


 足元にやって来たザグギエルを抱き上げて、欲求不満気味の寮長に見せる。


「この子? って猫!? ちょっと、寮はペット禁止ですよ!?」


「ペットじゃありません。わたしの大事な仲間です」


 ザグギエルは両手の上でお座りし、ゆるりと尻尾を揺らす。


『お初にお目にかかる。余の名はザグギ──ざ、ザッくん。今日よりカナタの仲間となった』


 誰も彼もに魔王の本名を名乗るのはまずいと思ったザグギエルは、慌てて新たな名前の方を告げる。


 しかし、寮長はそれどころではない。


「しゃ、喋った!? ま、まさか魔物!? カナタさん!? いったい何を考えているんですか!? 街中に魔物を入れるなんて!?」


「大丈夫ですよ。わたし、魔物使いになったので」


「あ、そうなんですか、職業が決まったんですね。おめでとうございます。魔物使いの職能で仲間にした魔物なら安心ですね……って魔物使い!? あなたが!?」


 もう何度も見た反応に、カナタはやや辟易していた。


「それで、何か御用ですか? 何もないなら、ザッくんとモフモフしたいんですけど」


『あ、あの鍛錬法はまだ続くのか……。いや、何を恐れることがある。これで強くなれるのなら望むところではないか。カナタよ、どんと来い! 貴公の技の全てを受け止めてくれるわ!』


「ざ、ザッくん……! そこまでわたしのことを……!? あんなモフモフやこんなモフモフまでしていいの……!?」


『構わん! いくらでもやれい!』


「ザッくん……!!❤❤❤」


 すれ違ったまま、また絆を深める二人に、寮長は咳払いをした。


「ちゃんと用はありますよ。カナタ・アルデザイアさん、学園長がお呼びです。至急、学園長室に来るようにとのことです」

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