第28話 妙案を思いつく
「何ですって!?」
輸送中の生きたドラゴンが、ギルド特製の鋼綱を引きちぎり、街中で暴れ出した。
ギルドに駆け込んできた冒険者からその通報を聞いたとき、メリッサは血の気が引くのを感じた。
一般人が多くいる街中でそんな事態が起きれば、いったい何人が犠牲になり、どれほどの被害が出るか。
想像するだけで震えが来た。
「すぐに出発します! 市民の避難を最優先に、可能ならドラゴンを再捕縛、困難な場合は何としても王都の外へおびき寄せます!」
ギルド長に許可を求めている時間が惜しい。
冒険者上がりのギルド職員の中で最高位のメリッサが指揮を執る。
「やはり高位のドラゴンを生きたまま捕らえるなんて無茶だったんだわ。研究所が余計なことを言い出さなければこんなことには……!」
生きたドラゴンという貴重な資料。是非とも生かしたまま連れて帰れ。
などと無理を言ってきた王立研究機関に恨み言を吐きながらも、メリッサたちは武器を取る。
こうなった以上は命を賭けて戦う覚悟だった。
手の空いている冒険者と武装したギルド職員たちが総出で駆けつける。
しかし、ドラゴンが暴れていると通報を受けた場所から聞こえてくるのは、悲鳴ではなく歓声だった。
死人どころか怪我人すら見つからない。
市民はみな笑顔で、拍手喝采を送っている。
「奇跡だ」「聖女だ」だのの声まで聞こえてきた。
「ど、どういうことなの……!?」
歓声はどうやら人だかりの向こうの人物に向けられているらしい。
「すみません、通して下さい!」
メリッサたちは民衆をかき分け、人垣を抜ける。
そこには──
「あ、メリッサさんだ」
「GORURUUUUN……GORURUUUUN……」
黒髪の少女が大人しくなったドラゴンの鼻をなでていた。
地面に平伏して全身で降参の意を伝えるドラゴンは、まるで雨に震える子犬のようだ。
優しくなでる少女の手が、今にも自分の鼻をもぎ取るのではと怯えている。
「か、カナタさん!? またあなたなんですか!?」
カナタの存在が頭をよぎらなかったと言えば嘘になる。
だが、都合良くこの危機に参上していてくれるとは思っていなかった。
カナタと怯えるドラゴン。
この二つを見ただけで、メリッサは何が起こったか理解した。
「カナタさんの規格外っぷりは、今さら言うまでもありませんね……」
勇ましく引き抜いた細剣の向け場所を失い、メリッサは力なく鞘に収める。
ドラゴンの巨体は恐ろしいが、カナタがいる限り暴れ出すことはなさそうだ。
一度完膚なきまでに打ち倒された記憶は、ドラゴンの根底に深く刻まれているらしい。
「こんにちは、メリッサさん。昨日ぶりですね」
「はい、こんにちは──ではなく! 昨日に続いて今日もですか……! カナタさん、あなたは本当に、何なんですか……!?」
巨鳥兄弟の討伐から始まり、ドラゴンを瞬殺、下水道の完全浄化、そしてまた王都の危機を未然に防ぐ。
わずか三日の出来事だ。
物語に語られるような英雄でも、ここまでのスピードで偉業はなせないだろう。
「いえ、その前に礼を言わねばなりませんね。カナタさん、あなたのおかげで市民に被害が出ずに済みました。我々だけではどうなっていたか……。本当にありがとうございます」
深々と頭を下げるメリッサに、カナタは軽く手を振る。
「いえいえ、買い物のついでですから」
ドラゴンを屈服させるのは、買い物のついででやるものなのだろうか。
メリッサは自分の常識が間違っているのか、不安になってきた。
「しかし、これでまたカナタさんに借りが出来てしまいましたね……。ドラゴン討伐の報酬もちゃんと決まっていないのに、ギルド長がこのことを聞いたら目を回します」
役人がやったように分割払いでお願いすべきだろうか。
いやしかし、そんなことをギルドがしたと冒険者たちに知られれば、信用問題にも関わる。
冒険者がギルドに協力的なのは、報酬が誤魔化しなく支払われるからだ。
そのことに例外が発生すれば、ギルドの信用はガタ落ちになるだろう。
何としてもそれだけは避けたいところだった。
「それなら、解決する良い案があるんですけど、聞きます?」
「き、聞きます聞きます!」
メリッサはカナタの提案に飛びついた。
ギルドの金庫に打撃を与えず、この問題を解決できる妙案があるのなら、何でも聞く所存だ。
「それで妙案とは……?」
「えっとですね──」
「ふむふむ──ええっ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます