第37話 ホットサンドを食す
王都を旅立ったカナタとザグギエル。
空は晴天。風は吹かず、穏やかな太陽の光がぽかぽかと暖かい。
絶好の旅日和だった。
北へと向かう石畳の街道は行き交う人も多く、そんな中、学生服を着たまま頭に猫のような魔物を乗せたカナタの姿はとても目立っていた。
しかし、楽しそうに歩く少女の笑顔を見て、旅人たちはほっこりとしながらすれ違っていった。
「王都もだいぶ小さくなったねー」
『うむ、あの大きな都がもうすぐ見えなくなりそうだな』
なだらかな坂を上り続けたカナタは、振り返って遠く後ろを見渡した。
王国の中心部たる王都が、人差し指と親指で作った輪の中に収まるほどの大きさまで遠ざかっている。
『カナタの健脚ならば、もっと早く進むことも出来たであろうが……』
「まぁまぁ、せっかく旅立ったんだもん。ゆっくりのんびり行こうよ」
『であるな。カナタのおかげで余の問題も解決した。これからはそなたにどこまでも付き合うぞ』
「どこまでも!? いいの!?」
『いや待て、どこまでも付き合うというのは旅のことだ! どこまでも触って良いという意味ではない! あふん!? や、やめよ! 淑女がそのようなところを触ってはならぬ!』
怪訝に眺めてくる通行人など気にもとめず、カナタは存分にザグギエルをモフった。
† † †
「さてさて! 今日のお昼ご飯はホットサンドですっ!」
『おお! ホットサンドか!』
カナタの宣言に、ザグギエルが短い前足をパチパチと叩く。
街道から少し外れ、大きな樹の根元でカナタたちは休息を取っていた。
日も高く昇ってきたので、少し早めの昼食をとることにしたのだ。
『……して、ホットサンドとはなんだ?』
カナタと暮らすようになって、人間の食べ物に触れることが増えたザグギエルだが、未だ食したことのない料理は多い。
カナタの言うホットサンドとやらも初耳だった。
「ふふー、美味しいよー」
カナタはアイテムボックスを開き、次々と食材を取り出して、その場で調理を始める。
「まず食パンにマヨネーズを満遍なく塗ってー」
『ふむふむ、酢と卵黄で作る調味料だな。無性に舐めたくなる』
「その上に薄く切ったハムを乗せてー」
『ふむふむ、豚肉の塩漬けだな。余も好きだぞ』
「細かくちぎったチーズでお皿を作るように壁を作ってー」
『ふむふむ、この形に意味があるのだな』
「その中に生卵を落としてー」
『ふむふむ、チーズの壁は卵がこぼれないようにするためであったか』
「胡椒をぱらりとかけてから、もう一枚ハムを乗せて、食パンで閉じます」
『ふむふむ、これならば片手で持って食べられそうで、外での食事にぴったりであるな』
ザグギエルはカナタのそばで、説明の一つ一つに感心しながら頷き続けている。
「ふふー、このままだとただのサンドイッチ。一手間加えるのはここからだよー」
カナタは両手で食パンを包むと、目を閉じて集中する。
「美味しくなーれー。美味しくなーれー」
すると、挟まれたサンドイッチから、食パンの焼ける良い匂いが漂ってきた。
『むむ! これは火炎魔法で焼いておるのか!?』
いち早く魔力を察知したザグギエルが大きな耳をピンと立てる。
『火炎魔法は威力は高いが、そのぶん制御が難しい。それを料理に使えるほどの低出力で操るとは……。地味だが、神業というべき制御力だ。さすがは我が主よ……!」
感心するザグギエルだったが、それもつかの間、パンの良い匂いに口からだらだらと涎が垂れてくる。
『ぬぬ、何という良い香りなのだ……。食欲をそそる……。パン、恐るべし……!』
ふさふさの尻尾を揺らしながら、ザグギエルはホットサンドの完成を待ちわびた。
「そろそろ良いかなー?」
カナタが閉じた両手を開くと、こがね色に焼けたパンが現れた。
「上手に焼けましたー!」
『おおー! これがホットサンドか!』
「半分こにして食べようね」
カナタがホットサンドを真ん中から割ると、断面から半熟の卵と溶けたチーズがとろりとあふれ出てくる。
『ぬおお! 一滴たりとも無駄にはせぬぞ!』
糸を引いてしたたる雫を受け止めるべく、ザグギエルはぴょーんと飛びつく。そして高さが足りずに落下した。
『ぬ、ぬおお……! この距離ですら跳べんと言うのか……! 貧弱な体め……!』
地面でぽよんと跳ねた我が身をザグギエルは罵った。
女神にかけられた呪いはすでに解けているので、いつでも元の姿に戻れるのだが、そうなるとカナタからの扱いが雑になる。
美男子の姿をしたザグギエルをカナタはお気に召さないようなのだ。
なので、カナタに冷たくされると泣きたくなるザグギエルは、この猫のような姿を解くわけには行かなかった。
『そう、貧弱なこの姿のまま最強となることを、主たるカナタが信じてくれているのだからな……!』
「はうぅぅぅ、跳べないザッくん可愛いよぅ」
最強(のモフモフ)になることを信じているカナタは、仰向けに転がったザグギエルの姿に悶えた。
「はい、どうぞ。熱いから気をつけてね」
カナタはお腹をモフりたい衝動を抑えつつ、ホットサンドを差し出す。
ホットサンドは
『かたじけない! かたじけないぞ、カナタ!』
ホットサンドの香りに再び口の中を涎でいっぱいにしたザグギエルは、起き上がる暇も惜しく、カナタの手から直接ホットサンドにかぶりつく。
『む、むおおおお!? こ、これはっ!?』
トロトロの卵とチーズが味の濃いハムに芳醇なコクを与えている。
マヨネーズのほのかな酸味と、そこに鼻から抜ける胡椒のスパイシーな香り。
全てが調和した美味の結晶がそこにあった。
『うーまーすーぎーるーぞーっ!!』
口から黄金の光線を吐きそうな勢いでザグギエルはホットサンドを絶賛した。
「ザッくんが喜んでくれて良かった」
カナタも溶けたチーズを口で受け止めながら、ホットサンドを味わう。
「ん、美味しいね、ザッくん」
『うむ! カナタの料理は絶品だ! カナタの魔物となって以来、こんなに美味いものがあったのかと驚くばかりだ!』
口の周りを卵とチーズで黄色くさせながらザグギエルは絶賛した。
「はわわ、口の周りが汚れてるザッくんも可愛い……! わたしをどこまで魅了するのっ! もうもうっ!」
ザグギエルの口を拭いてやりながら、カナタは身悶える。
その様子はばっちり通行人たちから見られており、「なんだあいつら……」という視線を送られていた。
しかし、そんな視線など気にすることはなく、ふたりは昼食を楽しむのだった。
「さ、休憩したし、そろそろ行こっか」
食後の小休止を終えて、カナタが立ち上がってスカートの埃を払う。
『確か、この先に村があるのだったな』
すれ違う通行人がそう言っていたのを二人は聞いていた。
なだらかなこの丘を越えて、もう少し歩けば村があるらしい。
行商人の通り道となっているため、小規模な宿場町のようになっているそうだ。
「うん、ザッくんに野宿はさせられないからね。村に着いたらちゃんと宿を取らないと」
『それは余の台詞なのでは? うら若き少女であるカナタが野宿など……。余は今まで地べたで暮らして生きてきたのだから気遣いは無用であるぞ』
「わたしはザッくんのモフモフ枕さえあれば、岩の上でも針の上でも寝られるよ」
『うむ、それは余が死ぬので勘弁願いたい』
「はっ!? そうだね! やっぱりザッくん枕はふかふかのお布団の上じゃないとっ!」
『枕の方をやめるという手もあるのだが……』
「えっ、ザッくんが枕にならないなら、わたしがザッくんの枕に!? なにそれ素敵!」
『カナタは無敵であるなぁ……』
ザグギエルを頭の上に載せ、カナタは街道に戻る。
そして、さぁ村へ向かって出発しようと言うところで、動きを止める。
『む? どうしたカナタ? 村はあっちだぞ?』
「モフモフ……」
『うん?』
「モフモフの匂いがする……!」
カナタが勢いよく村とは違う方を向いた。
『ぬおう!? カナタよ、モフモフの匂いとはなんだ? 余の体か? 余の体が
カナタに毎日風呂に入れてもらっているザグギエルだが、自分の体臭が気になり、前足を上げて脇の臭いをくんくんしてみる。
普段のカナタなら、その姿に身悶えするところだが、今のカナタは違った。
遠く、カナタにしか察知できない何かをじっと見つめている。
「見えた!」
『何が!?』
「モフモフぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
『ぬ、ぬおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!? か、カナタぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
カナタはザグギエルが落ちないように支えると、街道から外れた平原を一目散に駆けだした。
土煙を上げて爆走する少女の後ろ姿を、通行人たちは冷や汗を流しながら見送った。
「「「なんだあれ……」」」
聖女さま? いいえ、通りすがりの魔物使いです ~絶対無敵の聖女はモフモフと旅をする~ 犬魔人 @inumajin
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