聖女さま? いいえ、通りすがりの魔物使いです ~絶対無敵の聖女はモフモフと旅をする~

犬魔人

第1話 職業を選ぶ

「ああ、カナタさん!」


 カナタと呼ばれたその女学生が現れた途端、その場にいた教師たちが一斉に取り囲んだ。


「ついにこの日が来ましたね。私には予感があります。カナタさん、あなたならきっと聖女が適性職に現れますよ」


「我々教師一同、あなたをこれまで指導できたことを誇りに思います!」


「成人の儀をこれほど楽しみに思ったことが今まであったでしょうか!」


 教師たちは会場の入り口で生徒を受け付ける仕事を忘れ、口々にカナタを褒め称えた。


「ありがとうございます、先生。ですが、儀式に遅れてしまいますので、これで失礼いたします」


 カナタは丁寧にお辞儀をし、道を空けた教師たちの間を通り抜けて、入り口の前に立った。


「……いよいよですね」


 カナタは胸の前で手をぎゅっと握った。

 目を閉じて、緊張に高鳴る心臓を落ち着ける。


 カナタにとって、いや今年で十五歳になる少年少女にとって、今日より大事な日はないだろう。


 今日この場所で、彼らの一生の進路を決める【成人の儀】が行われるのだ。 


 人の職業は神によって定められる。

 その者にとって、最も適性のある職を神が啓示してくださるのだ。


 大抵は一つか二つ。多いと五つあることもある。

 職業は生まれつきの才能と、十五歳までにどんな生活をしていたかで決まってくる。


 商人の親の手伝いをしていれば、商人の適性が。

 剣の訓練を幼い頃から始めていれば、剣士の適性が。

 魔導を深く学んでいれば、高確率で魔術師の適性が啓示される。


 そして、神に掲示された職業の中から、自分の一生の職を選ぶのだ。

 間違いは許されない大事な儀式だった。


 カナタはそのことを胸に刻み、儀式の会場へと足を踏み入れる。


 学園内に建設された第三体育館には、中等部を卒業したばかりの少女たちが待機していた。


 カナタと同じように成人の儀を行うべく、集まった生徒たちだ。

 緊張しているのか、誰もが落ち着かない様子だった。


「あっ、見て、カナタ様よ」


「艶やかな黒髪、切れ長の瞳。人形のように白い肌。今日もなんてお美しい……」


「やっぱり、カナタ様の適性職は聖女かしら?」


「賢者かも知れないわ。カナタ様は我が校始まって以来の才媛。あの方ならどんな職を神から啓示されたとしても不思議ではありませんもの」


 儀式の会場に着いた途端、生徒たちがざわつきだした。

 話題はいま到着したばかりのカナタに関することばかりだ。


 カナタ様が、カナタ様なら、カナタ様だから。


 カナタは不思議に思う。

 他人がどんな職に就くかに、何故みんなそこまで興味があるのだろうか。


「(聖女? 賢者? いいえ、違います。わたしが選ぶ職業はもう決まっているのです)」


 静かに席についたカナタは、熱い思いを胸に潜め、儀式の始まりを待つ。

 好奇の視線にさらされても、表情を変えることさえない。


 地方領主の両親の元に生まれてからというもの、今日この日のために努力をしてきた。

 なぜなら、絶対になりたい職業があったから。


 生まれついての才能にあぐらをかくことなく、日々精進を続けた甲斐あって、カナタは王都の名門女学園で首席を務めていた。


 初等部入学から中等部卒業のこの日まで、ただの一度も首席から陥落したことはない。

 文武両道にして容姿端麗。

 その圧倒的な才知と美貌から、始まりの聖女の再来とまで称されていた。


「静粛に、静粛に。これより成人の儀を執り行います。名前を呼ばれた者からこの宝珠に触れてください」


 儀式を行うべく、教会から派遣された神父が、丸眼鏡を押し上げて儀式の始まりを告げる。


「白鷹組、アリエル・マーサさん」


「は、はい!」


 名前を呼ばれた女生徒が、一抱えほどもある大きな宝珠の前に立つ。


 手を組んで神に祈りを捧げ、女生徒が宝珠に触れると、空中に光の文字が浮かび上がった。


「魔物使いと占い師が啓示されましたね。どちらを選びますか?」


 女生徒は文字を見比べて、あからさまに嫌な顔をした。


「ま、魔物使いはちょっと……。占い師を選びますっ!」


「聞くまでもありませんでしたね。普通に考えて魔物使いを選ぶはずがありません。適性条件があまりに緩いので、紛れ込んで来てしまうのです。啓示に出てきたからと言って、気にしないで良いのですよ」


 落ち込む女生徒を神父はなぐさめる。

 残念な職業に適性があったからと言って、そちらを選ばなければ良いだけのことなのだ。


「では、占い師の神字に触れて下さい。それであなたの魂に職業が刻まれます」


「は、はい」


 指示されたとおりに、光る文字に触れた途端、指先から染み込むように女生徒の体に吸収される。


「これで、あなたの儀式は終了です。占い師の職業はあなたの魔力と精神に強い恩恵を付与するでしょう。これからさらなる精進に励めば、未来を知る能力も宿るかも知れません」


「は、はい!」


「それから、【職業】は仕事ではありませんので、本当に占い師を仕事にする必要はありませんよ。もちろんなっても構いませんが」


「だ、大丈夫です。分かっています」


 女生徒は頭を下げ、儀式の会場を出て行く。

 外では儀式を終えた生徒を待つ教師陣が、女生徒に祝福の言葉を贈っていた。


 【職業】は仕事ではない。

 神父が言ったように、職業は恩恵を与えてくれるものであって、個人の将来を確定させるものではないのだ。


 剣士の職業を得た者は、筋力や敏捷性といった能力が向上し、体を使う仕事に就きやすくなる。


 そこから騎士団や冒険者など、自分に合った仕事を目指していくことになるのだ。

 得た職業をどう使うかは自分次第だった。


「次、青薔薇組ヨランダ・フェリベールさん」


「はい!」


「あなたの適性職業は、魔物使いと薬師ですね」


「ま、また魔物使い……」


「いえ、本当に気にしない方が良いですよ。必要な能力を満たしていると大抵出ますから、この職業」


「良かったぁ。わたし、魔物使いにだけはなりたくありません!」


「でしょうね。なっても何も良いことがないどころか、能力が下がるだけですから。私も業務上聞いているだけですので、お気になさらず。では、選ぶのはこちらの薬師ですね?」


「もちろんですっ!」


 儀式は滞りなく進行する。

 皆、神から啓示された職業に一喜一憂しながらも、自分の職を決めていった。


 そして、ついにカナタの順番が回ってくる。


「黒梟組、カナタ・アルデザイアさん」


「……。はい」


 カナタが立ち上がると、自ずと周囲の視線が集まる。

 皆それだけ、カナタの適性職業が気になるのだ。


 背筋を伸ばし、長い黒髪をなびかせて歩く。その姿だけで絵になった。

 見送る乙女たちが、ほぅと息をつく。


「どうぞ、宝珠に触れて下さい」


「はい」


 カナタは手順通りに祈りを捧げ、宝珠に触れる。


 そして──閃光が会場を満たした。


「なっ……!?」


「「「きゃあああああああああっ!?」」」


 神父が腰を抜かし、女生徒たちが悲鳴を上げる。


 いったい何が起こったのか、誰にも分からなかった。

 だが次の瞬間、全員が理解する。


 膨大な数の神字が一度に現れたため、あまりの眩しさに閃光のように見えてしまったのだ。


 宝珠の上に高くそびえ立つ神字の群れ。

 一体どれほどの数の職業が啓示されているのか、見当も付かなかった。


「こ、こんな数の啓示、見たことがない……!? 1000? 2000? 私が見たこともないような上級職まで全て網羅されている……!!」


 老境にさしかかった神父は、ずれた眼鏡を直すことも忘れ、呆然と光の柱を見上げる。


「……これだけあれば、きっとこの中にあるはず」


 カナタははやる気持ちを抑えて、啓示された職を見定めていく。


 前代未聞の職業の数に、生徒たちは驚いて声も出せない。

 カナタが職業を選ぶ瞬間を、固唾を呑んで見守った。


 カナタの啓示に書かれた職業は多種多様だ。

 聖女・勇者・賢者・神聖騎士・剣姫・拳聖・預言者・竜騎士・大魔道士。などなど。


 しかし、それらはカナタの就きたい職業ではない。


「あ、あった……」


 全ての職業をカナタは確認し終え、ようやく目当ての職業を見つけることに成功した。


 啓示のすみに、ポツンと書かれたその職業こそが、カナタの待ち望んだ職業だ。


「良かった……」


 安心したようにカナタはほっと息をつき、躊躇なくその職業の神字に触れた。


 同時に他の神字は崩れ去り、カナタの触れた神字だけが、指先から魂へ染みこんでいった。


 この瞬間、カナタの一生の職が決まったのだ。


 生徒たちがざわつきだす。

 カナタが何の職業を選んだのか、後ろからは見えなかったのだ。


「あなたは見えました? カナタ様はどんな職業を選んだのかしら」


「分かりません。けど、きっと聖女ですわ」


「いいえ、賢者よ」


「もしかしたら、伝説の勇者かも」


「ああ、じれったいですわ。早く神父様が発表して下さらないかしら」


 カナタの選んだ職業が気になる生徒たちは、早く答えを知りたがった。


 急かすような視線を向けられた神父は、腰を抜かした姿勢のまま、引きつった声を上げる。


「か、カナタ・アルデザイアさんっ?」


 神父は信じられないものを見たという顔をしていた。

 近くにいた神父だけは、カナタの選んだ職業をしっかりと見ていたからだ。


「はい。なんでしょうか、神父様?」


 冷や汗をかく神父とは対照的に、カナタはとても上機嫌だ。

 長年の夢を叶えて、軽く笑みまで浮かべている。


 だが、その笑顔は神父から見れば、ありえないものだった。


「あ、あなた、いいいい、いまままま、何の職業を選びましたかっ? まさかまさかまさかっ、まさかとは思いますがっ! 私の見間違いだとは思いますがっ! まさかっ! あなたっ!」


「はい、私が選んだのは【魔物使い】です。おかげさまで、ずっとなりたかった職業になれました」


 にっこり。

 氷の姫君と呼ばれることさえあったカナタの、誰も見たことのない満面の笑顔だった。


「な、何を考えているんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 神父の絶叫が会場に響き渡った。


「魔物使い!? よりにもよって魔物使い!? なぜあんなハズレ職業を選んだのですか! 職業に貴賎なしとは言っても、アレだけはないでしょう!!」


「そうなんですか? でもずっとなりたかった職業なので、仕方ないですね。えへっ」


「えへっ、ではなく!! 分かっていますか!? 魔物使いは魔物を使役することが出来る職業です。ですが、代わりに体力筋力魔力精神力、ありとあらゆる肉体の性能が激減するのですよ! しかもそんな状態のまま、一人で魔物と戦わなければ魔物は主と認めてくれないのです!」


「戦うだけで認めてくれるなんて、最高ですねっ」


「何を言っているんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 幼児並の力しかない状態じゃあ、スライムにだって勝てませんよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 再びの絶叫。

 神父はもはや号泣していた。


 それもそのはず、カナタに啓示された職業の中には、教会の象徴とも言える【聖女】があったのだ。


 久しぶりに顕現した聖女を、みすみす魔物使いなどと言う最底辺の職業にさせてしまうなんて。


 儀式を執り行う者として、神父は大失態を犯してしまった。


 教会大聖堂にこのことが知られれば、破門くらいはされるかも知れない。


 築き上げてきた地位がガラガラと崩れ去っていくのを神父は感じた。


「い、今からでも変更しましょう! 神へ真摯に祈りを捧げれば、もしかしたら職業を変えてくださるかも……!」


「神父様、落ち着いて」


 両手を組んで悲壮に祈りを捧げようとする神父の肩に、カナタは手を置く。


「歴史上そういったことは一度も起こらなかったと記憶しています。それにわたしは望んで【魔物使い】となったのです。何も心配なさらなくて良いんですよ」


「ですが、ですがぁ……」


「大丈夫、誰も啓示の中に聖女があったことなんて気づいていません。私も誰にも話したりしませんから」


「あうあう……。私の浅はかな考えまでお見通しなのですね……。やはりあなたは聖女になるべきだったのに……」


 涙と鼻水でくしゃくしゃになった神父様に優しく囁きかけ、カナタはスカートを翻して会場を後にする。


「どんな子とお友達になれるかな。とっても楽しみ」


 カナタはまだ見ぬ未来の仲間たちの姿を想像し、胸をときめかせた。


 呆然とする生徒たちが我に返り、今起こった出来事を正確に理解するのは、外で待ち受けていた教師たちが絶叫する声を聞いた後だった。

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