第10話 ギルドを訪問する
そうしてカナタがやって来たのは、炎と剣が重なった看板が掲げられた建物だった。
「お邪魔します」
両開きのスイングドアを押し上げて、カナタは中へ足を踏み入れた。
中には円状のテーブルがいくつも並び、何人もの客が座って酒や料理を楽しんでいた。
一見すると酒場だが、奥には銀行の受付のような場所もある。
職員の制服を身にまとった男性や女性が、列になって受付に並ぶ人々の相手をしていた。
『ここで働くのか? 確かに給仕の人手が足りていないように見えるが』
肩に乗ったザグギエルが、キョロキョロと見回しながらカナタに問う。
エールのジョッキを八つも持って運ぶ女給はとても忙しそうだ。
「んー、働くというか、ここで仕事を紹介してもらう感じかな」
『ふむ、なにやら剣呑な気配をさせた者が多いな』
酒場で騒ぐ者も、受付の列に並んでいる者も、一様に鋭い目つきをしており、腰には何かしらの武器が吊されていた。
「うん、ここは冒険者ギルドだからだね」
その名の通り、訪れた者に冒険者の資格を発行し、各地からの依頼を斡旋するのが、ギルドの役目だ。
野盗に落ちてもおかしくないような人間も受け入れるが、同時に厳しい規律で縛ることもする。
問題を起こせば国法よりも厳しい処分が待ち受けている。
それでも底辺にいる者にとっては、一攫千金の夢がある。
定職に就けないあぶれ者は大抵が冒険者となり、成功して一財産を築いたり、失敗して命を落としたりしている。
冒険者ギルドは民間の組織でありながら、犯罪率と失業率の低減に大きく貢献しており、その成果と必要性から、各国が後ろ盾に付いている大きな組織だ。
「冒険者の良いところは、成果を果たせば、その場で報酬がもらえることなの」
一定以上の実力を持つ者なら、軍に入って兵をやるより、冒険者をやる方がよっぽど儲かるのは有名な話だ。
すぐに金銭が必要なカナタにとってはうってつけの場所だった。
『ふむ、カナタは冒険者となるのだな』
「そういうこと。どのみち旅をしながらお金を稼がなきゃいけないしね」
ザグギエルに説明してやりながら、カナタは列の順番に並んだ。
『……カナタよ』
「なぁに、ザッくん?」
『妙に周囲から見られてはおらぬか』
「そうかな? そうかも?」
学園では常に生徒たちからの視線を浴びていたカナタだ。
特に頓着しなかったが、ザグギエルの言うとおり、ギルド内はいつの間にか静まりかえり、誰もがカナタのことを見ていた。
貴族の子女も多く通うルルアルス女学園の制服を着た、見目麗しい少女。
荒くれどもが集まるこの場においては、明らかに不釣り合いな存在だった。
冒険者たちは『おい、来る場所を間違えてるぞって誰か教えてやれよ』と目線を飛ばし合う。
しかし、ここはギルド内だ。
下手に声をかけて悲鳴でも上げられたら、ギルド職員に何を言われるか分かったものではない。
冒険者たちは緊張の面持ちで、カナタの順番が回ってくるのを見守った。
「次の方、どうぞ」
「はい、冒険者の登録をお願いできますか?」
「……あなたが、登録するんですか?」
受付嬢はカナタの姿を見て、少し目を大きくした。
大げさに驚いたりしなかったのは、ギルド職員としての矜恃か、定期的にやってくるおのぼりさんに慣れているからか。
「制服のようですが、学校はどうしたんです?」
「中等部は先日卒業しました。服は今これしかないので」
服装に興味のなかったカナタは、学生服以外はほとんど持ち合わせていない。
夜会用や祝辞用のドレスは持っていたが、そんなものを着てくるわけにもいかないだろう。
旅用の丈夫な着替えも今日買うつもりだったのだが、金がないので今はどうにも出来ない。
「あの、学生だと冒険者にはなれないんですか?」
やはり、今からでも退学してこようか。
学園長が聞いたら泡を吹いて倒れそうなことをカナタは考えた。
「いいえ、冒険者ギルドは犯罪者でなければ誰でも受け入れます。ただし、それに相応しい実力があれば」
受付嬢は机の引き出しから、一枚の紙を取り出した。
そこには依頼の内容と簡単な地図が記されている。
「街から少し離れた森に、薬草の群生地があります。ここへ一人で行って薬草を採取して帰ってこられる。最低限それだけの実力がなければ、最下位冒険者の資格すら与えられません」
受付嬢は、カナタを冒険者を讃える劇でも見て、影響されてしまった可哀想な子と判断した。
思春期にはよくある話だ。現実を知ればすぐに諦めるだろう。
脅すように声を低くし、街を出ることの危険性を伝える。
「森に出る魔物はスライムやゴブリンが中心ですが、どちらもあなたが考えているより、ずっと恐ろしい魔物です」
ぐっと身を乗り出し、カナタの目を冷たく見つめる。
「スライムは、木の上に隠れて獲物を待ち、不意打ちをしてきます。頭に被さられれば、液体の体で窒息させられてしまうでしょう。そしてじわじわと体を溶かされながら食べられるのです」
事実、冒険に慣れた脱初心者が油断してスライムに溺死させられるのはよくある話だった。
「ゴブリンは、あなたのような女の子には刺激が強いかも知れないけれど、聞いてちょうだい」
受付嬢はゴブリンが他種族の女性を繁殖に用いることがあること、もし戦いに敗れて連れ攫われたら、洞窟の中で死ぬまでゴブリンの子を産まされることを教えた。
ゴブリンはかなり臆病な魔物なので、そのような事例が起きたことは数えるほどしかないのだが、受付嬢はカナタに諦めさせるつもりで脚色を加えて、臨場感たっぷりに語った。
カナタより、むしろ周りで聞いていた冒険者たちがドン引きしていた。
今日のクエストは注意して受けようと身を引き締める。
「この話を聞いて、まだ冒険者になりたいと思いますか?」
「はいっ」
元気よく答えたカナタに、受付嬢は額を押さえて溜息をついた。
「……分かりました。当ギルドは来る者は拒まず。あなたが希望する以上止めることは出来ません」
受付嬢は紙をカナタに差し出し、羽ペンを渡した。
「ここにサインを。それで依頼を受けたことになります。薬草は持ち帰ってくれば報酬をお支払いします」
「試験なのにちゃんと報酬も貰えるんですね」
「報酬を受け取ることも含めての試験です。まぁ、微々たる額ですが。本当に覚悟は良いのですね」
「はい、大丈夫です」
「それでは、ご武運を。カナタ・アルデザイア、さん……? んん……?」
サインの名前を見て、受付嬢は眉をひそめた。
つい先日聞いたばかりの名前のような気がする。
何故か街の門番が賞金首の魔物を持ち込んできて、それを退治した者の名が確か……。
「行ってきまーす」
受付嬢が答えにたどり着くより早く、カナタはギルドを出て行ってしまう。
「ちょっと待って下さい! 説明がまだです! 試験を監督する同行者が一人付くのが規則なんですよ! ああっ、もう!」
受付嬢は机の下に隠してあった細剣の鞘を持ち、パンプスから頑丈なブーツに履き替える。
「私が同行を担当します! あとはよろしくお願いします!」
机を飛び越え、ブーツのつま先を床に打ち付けて調整し、受付嬢はカナタを追いかけた。
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