第4話 黒モフを癒す
「そこまでです!」
「「GUGEEE!?」」
突如、毛玉を守るように立ちはだかった少女に、巨鳥たちは一瞬驚き、しかし獲物が増えたことに悦びの叫声を上げた。
「「GARGARGARGAR!!」」
耳障りな鳴き声を上げて、一羽がその鋭い
「これ以上のモフモフへの狼藉は、このわたしが許しません」
カナタは片手を上げ、襲い来る蹴爪にそっと手の甲を合わせた。
それだけの動作で、まるで氷の上を滑ったかのように巨鳥はバランスを崩してカナタの横を通り過ぎ、
「GU、GUGE……!?」
巨鳥は困惑した。
攻撃を盾で防御する者は、今まで戦った敵の中にもいた。
だが、手を添えただけで攻撃をいなされるなど、初めての経験だ。
この人間はいたぶって遊べるオモチャじゃない。
全力で狩らねばならない強敵だ。
数々の冒険者を返り討ちにしてきた巨鳥たちの経験は伊達ではなかった。
すぐさま油断は捨て、目の前の敵を抹殺すべく陣形を取る。
「「GUGEEEEEEEEEEEEEEEEE!!」」
木にぶつかった巨鳥もダメージはさほどないようだ。
二羽は高く飛び上がり、空中を旋回してカナタの隙を窺う。
「大丈夫? すぐに助けるからね」
カナタは空の巨鳥を睨みつけながら、背後の毛玉に声をかける。
「め、メウ……」
毛玉は応えるように力なく鳴いた。
「か、可愛い……!!」
子猫のような鳴き声に聞き惚れて、カナタの集中が乱れた。
その隙を逃す巨鳥ではない。
一羽が旋回をやめ、まっすぐにこちらへ突っ込んできた。
今度は蹴爪を使った攻撃ではない。
槍のような鋭い
この攻撃の前には、どれほど分厚い盾であろうが頑強な鎧であろうが、紙くずに等しい。
ダメージ覚悟で一撃受けてから反撃して倒そう。
そう考える小賢しい人間共を、巨鳥たちは何人も串刺しにしてきたのだ。
圧倒的な貫通力の前には、防御など無意味だ。
今すぐその柔らかそうな腹に風穴を開けてやる。
「GUGEEEEEEEEEEEEEEEEE!!」
巨鳥は嗜虐的な叫声を上げた。
落下の重力も合わせた飛翔は矢よりも速く、音速に近い速度でカナタに迫った。
「メウ……! メウ……!」
「はわぁぁ、可愛いぃぃぃ……」
カナタは必死になる毛玉の鳴き声に、うっとりと顔をとろけさせ、まったく動こうとしない。
愚かな人間の女め。
もろともに死ぬが良い。
激突の瞬間、巨鳥は全身の筋肉を
細く絞るように体を硬直させた姿は、まさしく一本の矢だ。
その威力は厚い城の門を砕く破城槌にも匹敵するだろう。
鋭い嘴がカナタに迫り、そして凄まじい衝撃音が森に響き渡った。
巨鳥はそう確信した。
カナタはとろけた表情のまま串刺しに──なるはずもなく、必殺の一撃をあっさり受け止めていた。
「GU、GUGEGE!?」
受け止めたというのは正確ではない。
嘴を素手でつかみ取ったのだ。
矢よりも早い高速の一撃を、ただの反射神経と握力だけで封じてしまった。
しかも魔物使いのデメリットにより、能力が激減している状態で、だ。
「す、すごい……! か、片手で……!?」
「キャッチボールじゃねえんだぞ……! あの嬢ちゃん、化物かよ……!?」
恐るべき身体能力に、兵士たちが驚嘆の声を上げる。
確かにそれは驚くべき事態だ。
しかし、巨鳥はまだ自身の勝利を疑っていなかった。
今の一撃は牽制だ。
矢よりも早いとは言え、熟練の冒険者たちの中にはこの
その体勢が崩れたところを、もう一羽の巨鳥が背後から串刺しにするのだ。
一撃目にわざと叫声を上げたのも、注意をこちらへ引きつけるためだ。
本命はもう一羽の無音飛翔による一撃。
隙のない二段攻撃。
兄弟であるこの巨鳥たちだからこそ出来る、相手の虚を突く完璧な連携だった。
この技から逃れられた者は一人もいない。
カナタの背後から、無音のまま飛翔する巨鳥の嘴が迫る。
「め、メウメウ……!」
その恐ろしい技を知っているのか、毛玉が危険を知らせようと鳴いた。
「は、はわわわ、か、可愛すぎるぅぅぅ……!!」
カナタはその声にまたも悶え──もう片方の手で難なく嘴をつかみ取った。
「…………」
急停止した巨鳥の体が、ビィィィィィンと震える。
「め、メゥゥ……」
なんなんだこの女……、といった様子で毛玉は鳴く。
「可愛い可愛い可愛いぃぃぃぃぃっ……!」
呆れた様子の鳴き声でさえもツボに入るのか、カナタは巨鳥を両手で捕まえたまま、いやんいやんと体をくねらせた。
「「…………」」
一見隙だらけのようにも見えるが、強力な握力に嘴を締め上げられて、二羽は逃げることも出来ない。
処刑されるのをただ待つ身となっていた。
「はっ、いけないいけない。こうしている場合じゃなかった。早くこの子の手当てをしないと。でも、その前に……」
カナタは捕まえたままの巨鳥たちを見下ろした。
氷の刃のような視線に、二羽の巨鳥は唾を飲み込む。
もし彼らが人間だったなら、全身から冷や汗を流していたことだろう。
「…………」
カナタは巨鳥たちにぐっと顔を寄せる。
そして一言発した。
「めっ!」
まるでいたずらした子供を叱るような、さほど大きいわけでもない一喝。
だが、その声がまとう圧倒的強者の威圧は、雷鳴のように巨鳥たちを打ち据えた。
「「GU、GE……」」
文字通り、雷に打たれたかのように震え上がった二羽の巨鳥は、白目を剥いて失神した。
意識を取り戻したとしても、恐怖のあまり再起不能かもしれない。
「よしっ、もうこんなことしちゃ駄目だよ!」
戦意の喪失を確認したカナタは、二羽をその場に捨て置き、急いで黒い毛玉に駆け寄った。
「大丈夫?」
カナタが優しく声をかけると、うずくまっていた毛玉が顔を上げた。
真っ黒すぎて二つの大きな目と耳が付いていなければ、顔だと分からなかったかも知れない。
「め、メウ……」
その鳴き声も合わせて、子猫じみた愛らしさだった。
「はぅあっ! 可愛すぎますぅぅぅぅぅっ!!」
カナタはハートを打ち抜かれた。
胸を押さえて、激しくのけぞる。
絶対にこの子を仲間にすると心に決めた瞬間だった。
しかしまずは怪我の治療だ。
あれほどしつこく攻撃を受けたにしては、そこまで深手は負っていないようだが、それでも痛々しい傷口はいくつもあった。
「痛いの痛いの飛んでいけー」
カナタが毛玉猫に手をかざして念じると、見る見る間に全身の傷が癒えていく。
「こ、今度は回復魔法……!? 詠唱もなしにこんな一瞬で……!? やはり彼女は聖女なのか……!」
「マジでとんでもないな、この嬢ちゃん……」
危機は去ったと判断した兵士たちが、カナタの元へやってくる。
「怪我はこれでよしっと。次は体を洗って、それからご飯にしようね。仲間になってくれるかはそれから決めていいから」
怪我が一瞬で治って呆然としている毛玉猫を、カナタはそっとすくい上げる。
両手ですくえるほどの小さな体は、めちゃくちゃ柔らかかった。
例えるなら、毛の生えたおっぱい。
例えが悪すぎるが、カナタは魔物はおろか動物と触れあったことさえないのだ。
カナタが例えられる柔らかさは、自分の体にもあるそれくらいしかなかった。
「あ、あわわわ……手が幸せすぎる……」
その毛並みのあまりの心地よさ、その下にある温かい肉の柔らかさにカナタは恍惚とした。
モフモフしたい。
このまま思うさま撫でくり回して揉み倒して舐めて吸ってしゃぶりたい。
「が、が、我慢我慢……」
しかし、鋼の精神で持ちこたえる。
聖女のごとき微笑みの裏で、カナタは血涙を流しながら我慢した。
まずはこの子を元気にしてからだ。
これから一生の友となるかもしれない相手だ。
弱ったところにつけ込むのではなく、万全の体調で心から仲間になることを選んでもらいたかった。
そしたら、毎日がモフモフパラダイス。
今まで我慢した分、好きなだけモフモフするのだ。
カナタは聖女スマイルの下でケモノ色の欲望を渦巻かせた。
「ちょちょちょ、ちょっと待った! お嬢ちゃん、その魔物を連れて帰る気か?」
「流石にそれは認められないよ。小さくても魔物は魔物。人とは相容れない生き物だからね。それに僕もそんな魔物は見たことがない。冒険者ギルドか王都の研究者に連絡して引き取ってもらいたいところだ」
止めようとする兵士たちに、カナタは問題ないと首を振る。
「ご心配なく。わたし、魔物使いですので。魔物使いが従えた魔物は、主人が一切の責任を負うという形で街を連れ歩いても良いことになっていますよね」
「あ、ああ。魔物使いの魔物なら……って、お嬢ちゃん魔物使いなのか!? ハズレ職じゃん!」
「ええ!? 聖女じゃないのかい!? 魔物使いって、確かあの職業、魔物を従えられるようになる代わりに、あらゆる能力が激減するんじゃ……」
「激減してますよ? ちょっと体が重いような? 気がしますし?」
「あのとんでもない戦いを見た後じゃ、とても信じられない……」
「ちゃんと儀式済みですし。教会に問い合わせて貰えれば、登録されてあるはずですよ」
「なんてこった……。規格外過ぎるぜ……」
「僕はもう、色々なことが起こりすぎて、どっと疲れてしまいました……」
ヘナヘナと座り込む兵士たち。
カナタは片手に毛玉猫を抱え、もう片方の手でスカートを摘まんで優雅にお辞儀する。
「それでは、兵士さんたち、失礼いたします。後のことはよろしくお願いしますね」
それだけ告げると、カナタはあっという間に街へ向かって駆け戻ってしまった。
「後のことって何を……あ! 巨鳥の魔物! どうするんだこいつら!」
「まぁ、僕らが引きずっていくしかないんでしょうね……。この魔物、懸賞金も付いてるから放っておくわけにもいかないですよ……」
疲れたところにもう一働きすることが決まって、二人の兵士は深く溜息をついた。
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