第39話 意地と意地

 第3ゲーム 0‐0


「よしっ! いくよ!」

「うん!」


 第3ゲーム、さっきとは違い、黒部さんたちの気合いを入れる声でスタートした。

 私たちは第2ゲームと同じように、ツッツキに専念する。ひたすら、コースをついてバックスピンをかける。


「……いつまでも、同じ手が通じると思うなよ……」


 そんな黒部さんの声が聞こえたと同時、眞白さんがバックスイングをとった。その構えは、ドライブ。私たちのバックスピンに逆らい、前進回転をかける攻撃手段。思い通りにはさせまいという、強い意思。


「ふっ!」


 鋭く、眞白さんがスイングする。きゅっ、とラバーとピンポン球がこすれる音。ラバーとの摩擦を受けて回転力を得たそのボールは、私のツッツキの2倍、いや3倍はあろうかというスピードで、迫ってくる。


 黒部さんたちが選んだのは、私たちが強打でミスしないのなら、自分たちから先に攻撃を仕掛けて点数を取るという戦術。

 今までだったら、私は驚いて手も出せなかった。いや、反応すらできたかどうか怪しい。


 だけど――


 カッ!


 鳴り響いたのは、私のラケットに眞白さんのドライブが当たった音。

 当たったボールは返る。相手コートへと。

 ボールのスピードを、そのままにして。


「えっ!?」

「うそ……」


 反応すらできなったのは、次に打つはずの黒部さんだった。私の打った球は、放たれた矢のように、相手コートに突き刺さったのだ。


 ブロック。


 相手の攻撃を受ける打法。ラケットを振らず、角度を合わせて当てるだけで相手の威力を利用し、返球する。


「赤城……こんないいブロックできたっけ、それも試合で」

「ううん、見たこともない。一度も」


 驚いて未だその場から動けないでいる黒部さんと眞白さん。それを見て、私は思わず小さな握り拳をつくった。


 やった……!


「優月、ナイスボール!」


 そう言って私よりも喜んでくれる華。それを見ると、なんだかむずがゆくなる。


「あ、ありがとう……華の言うとおりだったね」


 インターバルの時を思い出す。


『次のゲーム、相手はきっと攻撃で先手をとって点を取ろうとしてくる』

『じゃあ、私も先手を取られないように攻撃した方がいい?』

『いいや』


 華は首を横に振る。


『優月にはあるじゃない。ここ最近ずっと練習してきた、もう1つのとってきおき』

『とっておき……』

『そう、ブロック、だよ』


 その言葉どおり、私のブロックは炸裂した。


「いやいや、まぐれっしょ」


 黒部さんの声が聞こえる。それは、自分に言い聞かせているような、今起こった現実が信じられない、といった風だった。


「友里音、ごめん」

「明日香が謝ることじゃないよ。どうせ次は入らないし、攻めていこう」


 攻めていこう。それはまだまだ攻撃を仕掛けてくるということ。

 ならば、私がやることも、変わらない。


 第3ゲーム 10‐8


「このっ!」


 苛立ちを孕んだ声とともに、眞白さんがラケットを振った。私にブロックさせまいと、力を込めた大きな振り。

 けれど、大振りをすればいい球が入るわけじゃない。それはある意味、私が一番よくわかっている。彼女の意思に反して、強打はネットに引っかかった。


「うそ……」


 十分にも満たない時間が過ぎ、黒部さんの力ない声で、第3ゲームが終わった。

 審判が得点板カウンターをめくる。スコアは、11‐8。

 私と華が第3ゲームを奪ったのだ。


 ゲームカウント、2‐1。私たちが、リード。あと1ゲームで、勝ち。


「やった……やった……」


 ベンチに戻っても、私は浮ついていた。現状が現実だと、半ば疑っていた。


「あと少し、だよ。がんばろう」


 そう言って、華がスポーツドリンクの入ったペットボトルを渡してくる。


「ありがとう」


 受け取って、ペットボトルの冷たさを感じて、はっとする。

 そうだ、あと1ゲーム。そこをきちんと取りきらなければ、勝ちはない。


 第4ゲーム 0‐0


 インターバルが終わり、コートへと戻る。

 相手と対峙するのも、4回目。


「…………」


 向かい合う。瞬間、私はさっきまでとは違う何かを感じ取る。皮膚をチクリと焦がすような感覚。

 なんだろう……。


「ラブオール」


 審判の声とともに、ゲームが始まる。

 大丈夫、私のやることは変わらない。相手がツッツキで打ってきたらツッツキで、攻撃してきたらブロックで返す。


 それだけだ――


「おりゃあああっ!」


 ズバアァン!

 …………。


「……え?」


 轟音。気がづけばボールは私の後ろ、体育館の壁に当たり、転がっていた。


「よっしゃああ!」


 続けて聞こえてくるのは、黒部さんの声。そこでようやく、私は彼女に強打され、そしてそれをラケットに当てることさえできずに見送ってしまったのだと悟った。


「友里音、ナイスボール」


 そう言って声をかける眞白さんは、拳を握って小さくガッツポーズをしている。あの冷静で感情を表に出さない眞白さんが。


「サンキュ。最近、攻撃の練習してた甲斐があったよ」


 ……そうか。

 ようやく、気づいた。チリチリと、皮膚を焼くような感触の正体に。


 敵意。気迫。勝つということへの、強い意思。

 はっきりと、明確に向けられた感情に、思わず私は足がすくむ。勝負事だからお互い気合いをむき出しにするのは当たり前かもしれないけど、それは何よりも私を委縮させた。


「たかがツッツキとブロックで、勝てると思った……?」


 強気の笑みで、黒部さんは語りかけてくる。


「それしかしてこないとわかってる相手なら、読みもくそもないからね。くるとわかってるボールを待って、渾身の一撃を叩きこむだけだよ」

「くっ……」


 たしかに、次に相手がどうしてくるかを読み合うのも卓球の試合では大切なこと。今の私では、相手にとっては読むことが必要ないに等しい。


「それに、相方の強打もめちゃくちゃ威力があるってわけじゃないからね。どうしても返せないってほどじゃあない」

「……」


 隣の華を顔が、歪む。黒部さんの言うとおり、華はどのプレーや技術でもそつなくこなす。だけど裏を返せば、決定打に欠ける、ということ。


「このまま勝たせるわけないでしょ……?」

「え……?」


 不意に呟いたのは、眞白さんだった。


「今まで友里音はずっとくすぶってた。あなたが部内でだけ勝つから。友里音の邪魔を、するから。だからここで勝って、あなたを……潰す」

「っ!」


 向けられた言葉と視線は刃物のように鋭い。そして、痛い。


「いいよ、明日香」


 言って、黒部さんは一歩前に出る。台の側に立ち、私たちを見据える。


「私たちが、勝つ。負けない」


 そうして、彼女たちの勢いと、鋭い攻撃に押される形で、私たちは第4ゲームをあっさりと落としてしまう。


 決着は、次のゲーム。

 第5ゲーム――最終ゲームに委ねられた。

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