第38話 だって私たちは――

 第2ゲーム  0‐0


 驚くほど静かに、第2ゲームは幕を開けた。


 代わって、今度は相手ペアからのサーブ。眞白さんがサーブし、華がレシーブする。

 レシーブで先制攻撃されまいと、短いバックスピンのサーブ。華は相手の回転に逆らわず、ツッツキでのレシーブ。だけど、ただレシーブしたのではなく、台の角を狙った厳しいコース。

 次は、黒部さんが打つ番。だけど華がいいボールを打ってくれたおかげで、彼女は強打をすることができないはず。きっとつなぎのボールが返ってくる。


 ……にやり。

 瞬間、目が合った気がした。黒部さんが、笑った気がした。


「!」


 予想通り、つなぎの球が返ってきた。だけど予想以上の、浮いた球。

 直後、私は笑みの意味を理解する。そうか、きっと浮いたのではなくわざと浮かしたのだ。さあ打ってみなよ、チャンスボールだよ。どうせさっきみたいにミスだろうけど。そんな彼女の思いが、ピンポン球に込められている。


「……」


 だったら。そっちがその気なら。私だって。

 黒部さんの放った球が、私たちのコートにバウンドする。私の身体の真正面へと、向かってくる。

 ふわりとしたボール。練習なら、さっきまでなら間違いなく強打しにいくボール。


 私はその球を強打――しなかった。


「え!?」

「!」


 選んだ打法は、さっきの華と同じツッツキ。そして、そのツッツキを、さっき打ったばかりの黒部さんの方に向かって打つ。


「うわっ!」


 次の返球の番である眞白さん、が打つ前に、ボールは黒部さんの身体に当たる。

 それはつまり、私たちの得点。


「ご、ごめん」

「いいよ、気にしないで」


 声をかけ合う相手ふたり。


「まさかつないでくるなんてね」

「どうせビビッて打てなかったのが、たまたまいいところに入っただけでしょ」


 相手が何か話しているのが聞こえた気がしたけど、私はそれどころではなかった。


「入った……得点した……」


 私の打ったボールで、点になった。点を取ったのは、紛れもなく私だった。

 沸々と、湧き上ってくる。うれしさと、昂奮。


「ナイスボール、優月」

「華……」


 にっ、と勝ち気な笑みがこちらを向く。


「もう1本、とろう」

「……うん!」


 さっきのインターバルで告げた作戦。それは言い換えれば、私が攻撃しない、ということだった。

 私も華も、基本的にツッツキでバックスピンをかけて返すことに徹する。そしてコースは、直前に打った相手の方を狙う、というものだった。


 交互に打たないといけない卓球のダブルスにとって、相手の打ちにくいコース取りをすることは基本中の基本。だけど、その基本すら私にはできていなかった。いや、その基本をおさえるほど冷静に試合をできていなかったのだ。


「……大丈夫。ツッツキは、あれだけ練習、したんだから」


 瑠々香部長から言い渡された練習メニュー。その活かし方を、ようやく理解して、きた球を返すことに専念した。


 第2ゲーム 6‐4


 私がツッツキに専念したことに動揺したのか、ゲーム中盤、私たちはリードすることに成功した。


「リードしてるけど、無理せずに作戦通りいこう」

「うん」


 私と華は、意思確認をしてプレーを続ける。ここでリードしているからといって油断は禁物。

 だから、どんなに攻撃できると思った球でも、私はつなぐんだ。ダブルスは、ひとりじゃない。つなげば、華にバトンが渡る。華を信じて、バトンを渡す。


「あーもうっ! なんで今の打ってこないわけ!?」

「友里音、落ち着いて……」


 対照的に、黒部さんたちは苛立ちを見せ始めていた。第1ゲームであれだけ私の強打のミスによって得点していたから、その強打ミスがなくなった今、自分たちの得点パターンを見いだせずにいるのだ。

 それを見て、華はそっと耳打ちしてくる。


「相手、焦ってる。今がたたみかけどころだね」

「うん。このまま、いこう」


 答えて、構える。


 ……。


 私にも、相手の焦りを感じとることができる。卓球は相手との距離が近いから、相手の気持ちも、自分の気持ちも伝わりやすいと、どこかで読んだ気がする。だけど今まで、私は相手の心情なんて少しもわからなかった。

 さっきのゲームも、そうだった。だけど今は、わかる。視界が、少しばかりクリアになる。透明な空気。それを吸い込むことによって、私の思考も澄んでいく感覚。


『相手のこと、よく見るんだよ』


 いつか千穂先輩に言われた言葉が脳裡をよぎる。


 そして、第2ゲームは11‐6で、ゲームカウント1‐1に追いつくことに成功した。



「いい感じだね、優月」


 ベンチに戻ったところで、華が声をかけてくる。


「私だけじゃダメだったよ。華がいてくれたから……華が次に打ってくれるって思えるから、できてるんだよ」


 だから。


「ありがとう、華」

「……」

「華?」

「な、なんでもない」


 そう返してくる彼女は、タオルで顔を隠した。見え隠れする耳がほんのりと赤い。それは、試合で体温が上昇したことに起因するものとは違うものであることを、私は直感的に悟った。


「華、照れてる?」

「……照れてない」

「嘘でしょ。意外とかわいいところあるんだね」

「……優月のくせに。さっきまであんなに慌ててたくせに。かわいくない」

「あはは、ごめんごめん」


 その時、はたと気づく。今までは試合中、こんなことを考える余裕はなかった。

 1ゲームを取ったからなのか、それとも華とダブルスを組んでいるからなのか。


 どちらにせよ、私にとってうれしい変化であることに変わりはなかった。

 このままいけば、私はどこまで変われるんだろう。

 行ってみたい。変わって、みたい。


 勝ちたい。


「華」

「なに? まだからかうつもり?」

「……次のゲームだけど、さっき話したとおりでいいんだよね?」

「……うん」


 彼女の表情が真剣なものになる。そうだ、まだ勝負は、ついてない。


「次のゲーム、向こうがしてくることは大方予想がついてる。だから、私たちは手はずどおり、やろう」

「……わかった」


 うなずき合う。そこから先は、言葉を交わさなくてもわかる。


 だって私たちは、ダブルスペアだから。

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