第29話 特別メニュー第2弾:攻撃禁止?

「ほいじゃーそろそろ特別メニューも第2段階にいこうか!」


 放課後。いつも通りみんなに混じって練習を始めようとしたところで、瑠々香部長が私を呼び止めた。


「第2段階、ですか?」


 思わず訝しむ。そりゃあいわゆる第一段階が、あの際どいメイド衣装での接客だったわけだし。今度は一体どんな羞恥のメニューが彼女の口から飛び出すとも限らない。


「そんなに見つめないでよー赤城ちゃん。照れるじゃんかー」

「別に見つめてるわけじゃないんですけど……」

「まー安心してよ。今度は普通の練習メニューだし」


 私の苦言は気にも留めず、瑠々香部長は続ける。


「これから試合まで、攻撃練習は禁止ね?」

「……はい?」


 今何と言ったのだろうか、この人は。攻撃練習禁止?


「えっと、それはどういう……」

「またまたー、経験者の赤城ちゃんならわかるでしょー? 言うならば、ツッツキとブロックの練習オンリーでするってことだよ」

「ツッツキと……ブロック」


 卓球における2つの打法。ツッツキは、バックスピンの打球に対して、ピンポン球の下半分をこすって打つ。ブロックは言わずもがな、相手の強打にラケット面を合わせて返すものだ。


 どちらにせよ、打ってきた球の威力や回転を利用して返球する、いわばつなぎの球。


「……攻撃の練習は、しなくていいんですか?」

「そりゃーウォーミングアップで打つ分にはかまわないよ。つまりは、攻撃練習を優先せずにツッツキとブロックに専念するってこと」


 びしっ、と人差し指を立てて、言い聞かせるような仕草をとる。


「ツッツキもブロックも大事な技だよー?」

「それは、わかりますけど」


 瑠々香部長の言うとおり、これらの打法は試合で使う回数は決して少なくない。が、あくまでつなぎの球だから、あまりメインで練習する技術だとは思えない。攻撃練習をないがしろにしていいとは、思えない。


「それじゃあ瑠々香部長は、試合でもつなぎの球使って、相手がミスしてくれるのを期待しろって言いたいんですか?」

「そこまでは言ってないってば。それに……」


 言葉を着ると、瑠々香部長は目を細めた。まるで、見透かすみたいに。


「その攻撃で、赤城ちゃんは試合で点取れたの?」

「それは……」


 二の句が継げない。この人の言ってることは間違っていない。私は自分の攻撃を決めることが、本番ではまるでできていない。


「ま、攻撃だけが全てじゃないってことだよ。焦ることはナンクルナイサー」


 真面目なのかそうでないのか判別できない、にぱーとした笑みを浮かべる。


「……わかりました」


 いまひとつ納得はできないものの、私は練習に合流することにした。

 納得はできない、だけど今までと同じ練習をしているだけでは、変われない、同じ結果を生むだけ――つまりは勝てないということを、薄々感じていた。


 ただ、勝つための練習が今のもので正解なのか、私にはわからなかった。



 1時間半ほど経って、休憩の時間になった。ついさっきまで雨あられのように飛び交っていたピンポン球の音が一斉に止み、代わりにざわざわと声が空気中に浸透していく。


「喉渇いたー」


 千穂先輩や杏子ちゃんが、卓球場の隅に置いた自分のペットボトルに駆け寄る。私もすっかり口の中が乾燥していたので、部室の中のカバンから水筒を出す。


「うわ、空っぽ」


 家から持ってきたお茶が入った水筒。さかさまにしてもポタ、ポタと滴が落ちてくるだけだった。

 しょうがない、自販機まで買いに行こう。


 本当なら座り込んで休んでいたかったけど、仕方ない。自販機まで距離があるから休憩中に行くの、めんどくさいんだよなあ。

 しかしまあ、喉の渇きと比べると、背に腹は代えられないので向かうことにする。


 木陰伝いに移動して陽射しを避け、到着するはもうおなじみの自販機コーナー。

 相変わらず人がいな――


「あっ、優月ちゃん」

「めぐ先輩」


 誰かいると思ったら、我が部の母性溢れる副部長。それにしても、あの豊満な胸部に加えて、汗が滴る首筋。そして頬に張り付く髪。うん、エロい。さぞかし男子からはモテるだろうなあ。私には決して出せない色気だ。いやいや、まだ私にも望みはある。希望は残っているとも、どんな時にも。


「優月ちゃん、何飲む?」


 邪な考えに脳を支配されていると、めぐ先輩は自販機を指さしながら訊いてきた。


「いっ、いえ大丈夫です! 最近いろんな人におごってもらってばっかりなんで……」

「もー、1年生のうちはそんな遠慮いならいの。さ、好きなの押して?」


 すでに自販機には硬貨が投入されていたみたいで、すべてのボタンに緑のランプが点灯していた。


「……じゃあ、お言葉に甘えて」


 私の指は、自然とカルピスに伸びていた。


 ぽち、がこんっ。遠慮がちに取り出し口から出す。


「ありがとう、ございます」

「どういたしまして」


 あまりに屈託のない笑顔だったので、私は恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。なんだか最近女の子相手にドキドキしっぱなしである。


 心を落ち着けるためにも、キャップを開けて口をつける。口の中いっぱいにカルピスの甘さが広がる。数回喉を鳴らして飲み込んで、渇きを潤していく。


「やっぱり瑠々香の練習メニュー、不満?」

「不満、っていうわけじゃないですけど……」


 今の練習で、勝てるだろうか。どちらかといえば不満ではなく、不安だった。たとえどんな効率的で、自分に合った練習をしたとしても、それが勝つことに対する保証にはならないのだ。


 だからこそ、必死に練習を重ねる。練習した分だけ、自分の望む未来が来ると信じて。


「優月ちゃんも一生懸命だから、思うところはあるだろうけど……。瑠々香のこと、信じてあげて? あれでも優月ちゃんのこと、いろいろ考えてるのよ?」

「……はい」


 接客訓練の時も、色々アドバイスくれたし。


「まあ、見た目はそんなことないかもしれないけど」

「それには全面的に同意します」


 自由奔放にしか見えない。めぐ先輩の苦労がうかがえる。


「そろそろ戻ろっか」


 背中を向けて歩き出すめぐ先輩。見えるその背中は、私よりも多くのことを背負い、経験していて3年生と1年生という差をまじまじと感じさせられる。


「あの、めぐ先輩」

「ん?」

「勝つって、どんな感じですか?」


 だからその背中に、私は問いかけてみる。


「うーん、そうね……」


 振り返りざま、めぐ先輩は一瞬考え込むと、


「気持ちいいよ。それで、すごくうれしくなっちゃう」

「うれ、しく」

「うん。自分のがんばりをいくら言葉で認めてもらうよりも、やっぱり自分の手で成果を手にするのにはかなわない、かな」


 にっこりと笑って、そのまま歩き出す。


 めぐ先輩が言う感覚を、私はまだ、得たことはない。


 未だこの手のひらには、何もつかめていない。


 ……勝ちたい。自分のがんばりを、認めてもらいたい。みんなに。自分に。


「優月ちゃーん、行くよー」

「あっ、はい。今行きます」


 答えて、私は小走りで駆ける。


 がんばるために。勝つために。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る