第28話 勝つために――

 そんなこんなで朝練を始めて3日。ドライブ講座は実践段階までやってきた。


「じゃあ私、こっちから球出すから打ってみて?」

「りょーかい!」


 ピンポン球をいくつか手に持ってから、まず1球、ゆるやかな球速でピンポン球を杏子きょうこちゃん側の台に入れる。


「よっ……ほっ!」


 かけ声と同時、切れ味鋭い音がしてボールが放たれる……も、それは私のいるところまで届かずに、ネットに突き刺さった。


「うーん、入らないなあ」

「大丈夫、振りは悪くないから。ほらもう1回」


 あとは習うより慣れろ、だ。その思いを込めて、もう一度球を出す。


「ふっ!」


 ラケットを振る。今度はネットどころか、卓球台を大きく超えて飛んでいってしまった。


「あれー? なんでだろ……」

「大丈夫、きっと入るから」


 励ましつつ、球出しを繰り返す。食らいつくように、杏子ちゃんはドライブを振り続けた。

 そうして20球ほど打ち終えた後、


「くっそー、入らないなあ……」

「ムキになっちゃだめだから。素振りの時のこと、意識して」

「素振り、腕……体重移動……ぐむむ」


 乱れた呼吸を整えるのと同じように、ぐちゃぐちゃになった思考を整理している。次こそは、いけそうな気がする。


「じゃあ、もう1回、ね」


 構え直した杏子ちゃんの方に、私はピン球を送る。


「今度こ……そっ!」


 刹那、乾いた音が響いた。何かが弾けるような、風を切るような。


 一瞬遅れて、カッという音。彼女が打った球が、台の角を削り取るような勢いで入ったのだ。


「す――」「はいったああああ!」


 ごいじゃん、と言うよりも先に、杏子ちゃんは歓喜の声を上げると、その場で飛び跳ねた。


「やったやった!」

「すっごくいい球だったよ。練習の成果だね」


 言うと、彼女は満面の笑みで、


「うん! これも優月ゆづきのおかげだよ、ありがとう!」

「私は何もしてないよ。杏子ちゃんが頑張ったからだよ」


 そう、あくまで私は扉の開け方を教えただけ。実際にその手で扉を開けたのは、紛れもなく彼女自身だ。


 扉の先はきっと、彼女と初めて会った時に言っていた、新しい世界。


「いやー、それにしてもドライブがうまく入るって、こんなにも気持ちいいものなんだねー」


 そう言って、杏子ちゃんはもう一度構え直すと、


「今の感覚忘れたくないから、もう1回ボール出してくれる?」

「うん、いいよ」


 答え、私も構える。


 そういえば、私も卓球始めたころは、こんな風にうまく打てて喜んでいたような気がする。今や打てて当たり前だから、喜ぶことなどありえない。だから、少しうらやましい。

 そう、そうだ。今は打てて、入って当たり前なんだ。それは試合で勝つために、必要なこと。


 勝つこと。それだけを意識して練習しないと。

 そう言い聞かせながら、私は杏子ちゃんに向かって球出しをした。

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