第30話 特別メニュー第3弾:ふたりでお泊まり!?

 そうして、練習、練習、接客……練習、練習、また接客というルーチンワークを、私は繰り返した。


 そして、ゴールデンウィークの前日。最後の、平日練習。


「ふっ!」

「……っ!」


 卓球場内で乱反射するピンポン球の音。


 台の片方には、千穂先輩とつむぎ先輩。もう片側には――私と青原さん。

つまりは、ダブルスの練習。


 この日の練習も終盤にさしかかり、私たちはダブルスのゲーム練習をしていた。


「いよっ!」

「あっ」


 千穂先輩がかけ声とともに、強打を打ち込んでくる。それを私は、ラケットに当てることすらできずにただ見送るしかなかった。


「ご、ごめん」

「いいよ。次、とろう」


 再び構える。千穂先輩のサーブから、ラリーが始まる。

 私が打って、次は青原さんが打つ。何度か繰り返したところで、千穂先輩の放った球が台のコーナーをついた。


 追いついて――打たなきゃ。


 必死に足を動かして、ピンポン球に追いつ――


「きゃっ」

「あっ」


 ドシン、という鈍い音の直後、私たちは倒れ込んだ。お互いの動きが重なって、ぶつかってしまったのだと、遅れて気づいた。


「あいてて……ごめん」

「ごめん、ちゃんと見れてなかった」

「ふたりとも大丈夫?」


 と、駆け寄ってくれるめぐ先輩。


「だ、大丈夫です。ちょっと勢い余ったみたいで」

「えーと……11‐5で千穂先輩、つむぎ先輩ペアの勝ち、です」


 起き上がったところで、審判をしてくれていた杏子ちゃんが、手に持った点数カウンターをペラリ、とめくった。


 ゲームカウントは3‐0。1ゲームも奪うことができなかった。


「はあ、はあ……ごめん、青原さん」

「優月が謝ることじゃないよ。私も、相手にチャンスボール送っちゃったし、ごめん」


 冷たい汗が、とめどなく流れてくる。私は足手まといになっているような気がして、額のそれを乱暴にぬぐった。


「うーん、悪くはない。悪くはないんだよなー」

「うん、ふたりとも……個々の力は、十分ある……」


 相手をしてくれた2年生ペアが、私たちのことを分析してくれる。

 私が実際の試合で緊張せずに力を発揮できるかは別として、千穂先輩たちの言うとおり、練習したことがうまくダブルスでは反映できていないような感触がある。


 何が、悪いんだろう。


 青原さんとはあの時、きちんと話して自分の気持ちを伝えたはずなのに。


「まー、ダブルスは難しいからねー。ふたりの息がいかに合ってるかが大事だし」


 後ろでゲーム練習を観戦していた瑠々香部長が、両手を頭の後ろで組みながら言う。


 たしかに卓球のダブルスは、テニスのそれと違って、交互に打たないといけないというルールがある。そのため、お互いにどんな球を打つか、どう動くかが肝要、要だ。いくら自分の得意な戦い方があるとしても、それがそのままダブルスでも活きるケースは、あまりないと言われている。


「にゃははー、どしたー? 仲悪いのかいお二人さん」

「えっ?」


 からかうように瑠々香部長が訊いてくる。


「えっと……」

「……」


 私と青原さんは顔を見合わせる。お互い言葉に詰まる。


 実際のところ、仲良しかと聞かれると、はいそうですと即答できる自信が、ない。


「ふうーむ……」


 思案する仕草を見せる瑠々香部長。


「これは、あれを実行する他にないか……」

「瑠々香?」

「諸君。ついに作戦、フェーズ3を実行するときがきたようだ……」


 机もないのに、肘をついて手で口元隠すポーズをとる。少年が神話になりそうな有名アニメでやっていた、あのポーズだ。この人がやると胡散臭いけど。


「フェーズ3、ですか……?」


 彼女の言う作戦。フェーズ1は私の決死のメイド服を着た緊張緩和作戦。そしてフェーズ2は、いつもの卓球の練習メニューに少しアレンジを加えたもの。その上まだ用意していたなんて。


「青原ちゃん、いいかね?」

「……はい」


 いつもと違う口調で(誰のモノマネかはわからない)、青原さんに確認をとる。どうやら、作戦とやらの内容は、青原さんは知っているみたいだ。


「ふむ。それでは発表しよう……」


 胡散臭いはずなのに、私は固唾を飲んでしまう。フェーズ3って一体……。


 そして瑠々香部長は、私の方を向く。


「赤城ちゃん」

「は、はい」


 にやり、と不敵に笑い、彼女はこう言った。


「明日、青原ちゃんの家にお泊まりね?」

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