第19話 仲直り?デート
ファミレスでの一件があってから、私の行動はいたってシンプルだった。
朝起きる。学校へ行く。授業を受ける。お昼ごはんを食べる。また授業を受ける。放課後――一目散に学校を出る。
帰路についてからも、私は寄り道ひとつせず、家へと帰る。我ながらなんて優等生なんだろうか。賞賛の言葉のひとつくらいあってもいいんじゃないか。……いや、そんな言葉をかけられたらかえって空しくなりそうだ。
――優月の同級生で、同じ部活の友だち。
――迷惑なんか、全く思ってない。
――私は優月と出る。そこで、優月は迷惑なんかじゃない、大切な仲間だってこと、証明する。
部屋でひとりベッドに寝転ぶ。脳内を飛び出して部屋中をぐるぐる駆け回るのは、青原さんの言葉だった。結局彼女の言葉の真意を、私はわかりかねていた。
どういうつもりで言ったんだろう。
だけど、聞く気はないし聞くつもりもない。聞くということは青原さんと会って話をするということ。そうなったらまた、卓球をして、試合に出ることになる、と思う。
気休め、というか気を遣ってくれたのかな……。
推測することしかできず、そのまま私は眠りについた。
杏子ちゃんから久しぶりにLINEがきたのは、優等生生活を続けた後にやってきた日曜日の朝だった。
『昼から遊びにいかない?』
正直、返すがどうか迷った。
でも。
今週教室で見た、彼女の表情が脳裏に浮かぶ。私に対して気を遣うような、申し訳なさそうな、いつもとは違って目じりも下がった落ち込んだ様子。
小さな罪悪感が芽生えた私の指はひとりでに動いていた。
『部活はいいの?』
『練習は午前中だけだから大丈夫! それとも、なんか予定ある?』
『特にはないけど……他に誰か呼んでるの?』
指先が何度かくるくるとスマホの前を回った後に、返信を打つ。対して、一瞬でぽんっと効果音が鳴って返事がくる。
『私だけだよー』
本当だろうか。実はこっそり青原さんたちを呼んでいた、なんてことはないと思うが。杏子ちゃんはこの手のウソがつけないタイプっぽいし。
『わかった、じゃあ行く』
『おっけー! 1時にさくらモールの入口ね』
続けて、猫のスタンプが飛んできた。かわいい、私もほしい。でも、お小遣いをスタンプに費やせるほどの余裕はない。悲しいかな。
さくらモール、たしか駅前に最近できたショッピングモールだっけ。行ってみたいとは思っていたけど機会を逃していたので丁度良かった。行けなかったのは卓球をする羽目になったからだけど。
……杏子ちゃんだけなら、まあいいかな。
もし青原さんや千穂先輩と一緒だと、また卓球の話になりそうだけど、ふたりだけなら大丈夫だろう。それに杏子ちゃんは同じクラスだ。クラスメイトとこれ以上気まずいままなのは、私の今後の学校生活的にもよろしくない。
でも、いざ杏子ちゃんと会って、どう接すればいいんだろう。今まで避けてきたわけだし。だからといって、今さら断るわけにもいかないけど。
お昼ごはんを軽く済ませた後、電車に乗った。普段下りる駅を通り過ぎ、3駅ほど進んだところで下車する。12時50分――少し早く着いたなと思って駅前近くの入口で待っていると、
「優月ー」
手を振りながら、杏子ちゃんが走り寄ってくる。
「ごめん、待った?」
「ううん、大丈夫」
一度家に帰ったのだろう、制服ではなく、パーカーとホットパンツに身を包んでいた。ショートカットに相まって、フレッシュなイメージ。サイダーのCMとか出れそうだ。
「そういえば優月の私服初めてだねー。かわいいー! いいなー」
「そ、そんなことないよ、杏子ちゃんの方がぜったいかわいいって……」
私なんか、中学の時から持ってるシャツとスカートだし。子どもっぽい、と思うし。
「またまたあー、優月ってば冗談うまいんだからー」
そう言って笑う杏子ちゃんの笑顔は、眩しい。口調も、いつも通りだ。
というか会ってからのやりとりがまるでデートみたいだ。そう考えると少し顔が紅潮するのがわかる。彼氏役はもちろん杏子ちゃん。イケメンってのはこういう子のことをいうんだろう。
「よーし! それじゃあ行こー!」
「わっ、ちょっ!」
気が付けば私の右手は杏子ちゃんに掴まれていた。
「善は急げ? ってやつだよー!」
「そんなに急がなくてもお店は逃げないってば」
ぐいぐい、という幻聴が聞こえてきながら、私の身体はショッピングモールへと吸い込まれていった。
その後、私たちは建物内にひしめき合うショップを見て回った。杏子ちゃんの見たいお店がたくさんあったらしく、終始私はついて回るような形だったけど、久しぶりに充実した時間だったのだろう、あっという間に過ぎていった。
そして。
「いやー、色々回ったねー」
「うん、さすがに疲れたかな……」
時刻が夕方と呼ばれる頃合い、私たちはオシャレな喫茶店に腰を落ち着けていた。聞けば、杏子ちゃんのオススメのお店とのことだ。
「買いすぎた、かな……」
「わたしもー。つい勢いで、あはは」
ふたりとも席の両側には、大きな紙袋を従えている。お小遣いの日は遠い、今月は節約生活決定だ。
それにしても、イスに置かれたクッションがふわふわでいい感じ。私もお気に入りのお店になりそう。背もたれも柔らかいし、こりゃ立ち上がるのは至難の業だ。
「お待たせしましたー」
身体がイスと同化しかけたところで、店員さんがお盆に色々載せてやってくる。思わず姿勢を正して、テーブルに置いていくのを見守る。
「おおおー!」
「す、すごいね」
目の前には、パフェが2つ。フルーツにアイスにクリームが透明なグラスに溢れんばかりにトッピングされた、ジャンボパフェだ。
「これが、このお店のおすすめなの?」
訊いたときには、杏子ちゃんはスプーンとフォークを両手に携え、すでに戦闘準備万端だった。はやっ。
「うん! 最近来てなくて、ずっと行きたいと思ってたんだけど、練習とかで行けなかったからさー」
「そう、なんだ」
それだけ、杏子ちゃんは熱心に卓球部の練習に取り組んでいるということ。代役として仕方なく練習に加わっていた、私と違って。
自分のしたいことがあって、それに真っ直ぐ向かっていく杏子ちゃんが、やっぱり羨ましい。未だやりたいこと、目指すことがわからない私と比べると、まさに月とすっぽん、ってやつだ。
「ほら、優月」
「え?」
はたと我に返ると、目の前にクリームをまとったイチゴが突き出されていた。いつの間にか杏子ちゃんがフォークに刺し、テーブルに乗りかかって距離を詰めていたのだ。
「えっと……」
「はい、あーん」
「ちょ、ええ? なんで?」
私のパフェには赤いイチゴは残ったまま。つまり、彼女は自分のイチゴを差し出しているのだ。
「私のにもイチゴあるし、杏子ちゃん自分で食べなよ」
「いーのいーの。今日付き合ってくれたお礼だから。それにここのイチゴ、すっごい美味しいんだから。食べたらビックリするよ」
じりじりと近づいてくるイチゴ。のけ反ろうとするも、背中のクッションが反発して動けない。うう、恥ずかしい。これじゃあ本当にデートに来たカップルじゃん。
「ほらほら、あーん」
ええいこうなったら自棄だ!
「あ、あーん」
ぱくっとイチゴを丸ごと口の中に迎え入れた。杏子ちゃんは美味しいって言うけど、恥ずかしさで味なんかわかるわけない――
「……美味しい」
口をついて出たのは、そんな感想だった。
「何これすごく美味しい! こんなイチゴ初めて!」
芳醇な甘さの中に、果物特有の爽やかな酸味。そしてデコレートされたクリームからは甘みと、仄かな塩味。今流行の、甘さを引き立てる塩バニラってやつか。なんにせよイチゴとクリームの奏でるハーモニーが、口の中いっぱいに広がる。一瞬にして、口の中が幸福感で満ちていった。
「ん~、美味しい~」
思わず顔がほころぶ。ほっぺが落ちるって、こういうことを言うのかな。
「ね? 美味しいでしょ?」
「うん、すっごく! ありがとう杏子ちゃん」
「……やーっと、笑ったね。優月」
「え?」
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