第20話 私がやりたいことって?
聞き返した先の彼女の笑顔は、どこか影を落としている。
「ごめんね、
「えっ?」
突如出てきた言葉に、私は困惑を隠せない。
「なんで
「今日はさ、私、優月にお詫びしようと思ってたんだよ」
「お詫び……?」
「その……わたし無理やり誘っちゃったんだじゃないかなと思って。卓球部に」
「あ、……」
そこで、彼女が言う『お詫び』の意味を理解した。
「わたし、いつも自分のことばっかりだからさ。よく相手のことも考えろって言われるんだよ」
あはは、と杏子ちゃんは自虐的に笑って、
「だから、この間の試合の後の優月の顔見てさ、やっちゃった、って思って」
思い起こされるのは、教室で見た彼女の罪悪感を孕んだ表情。
「だから、ごめん」
「い、いやいや! 杏子ちゃんが謝ることじゃないよ。私も最初にきちんと断ればよかったし……」
そう、結局はそこに尽きる。私にもっと強い意志と行動力があれば、こんな風に杏子ちゃんを悩ませることもなかった。私にもっと力があれば、試合であんな無様な姿をさらすこともなかった。
すべては、私が悪いのだ。
「だから、さ。さっき優月が笑ってくれた時、すっごくほっとしたんだ。ほら、卓球部にいても優月あんまり笑わなかったから。嫌々、だったんだよね」
「杏子ちゃん……」
言われてガツンと殴られたような衝撃が頭を走る。考えてみれば、私も自分のことばっかりだ。せっかく誘ってくれていた杏子ちゃんと、ちゃんと向き合えてなかったのだ。
挙句の果てには、試合で敗けて、勝手に杏子ちゃんから背を向けて。
「私こそ、ごめん」
「優月?」
「私がちゃんとしてれば、自分の気持ちを言えてれば杏子ちゃんに、こんな思いさせずに済んだんだし。それに、教室でも素っ気ない態度とってごめん」
こうべを垂れる。ギクシャクしたままなのは、私だって嫌だ。せっかく出会えたクラスメイトなのに。友だちなのに。
「あと、ありがとう。今日誘ってくれて」
だから、今度はお礼を言おう。そう思って微笑みかける。慣れないから、笑顔がぎこちなくなったのが自分でもわかる。
「優月~」
と、杏子ちゃんは星くずを内包したような瞳を潤ませて、
「じゃ、じゃあさ。これからもわたしと遊んだりしてくれる?」
「もちろんだよ。今日楽しかったし、高校入ってからちゃんと買い物とかするの初めてだったし。今度は私から誘うね」
「ありがとおおお! 優月だいすき~~~~」
「ちょっ、大げさだよ」
再びテーブルに伏せて感涙する杏子ちゃん。
高校でいきなり卓球をする羽目になったのは気落ちしたけど、杏子ちゃんと出会ってこうして一緒に出かけるような仲になったのは、うれしい。
「せっかく友だちになれたのに、変な空気のままだったらどうしようかと思ってたから、本当によかったよおお~」
「あはは、はいはい」
友だち。
その単語が、つい最近別に人の口から言われたことを思い出す。
果たして彼女は……
なんて考えていると、眼前から不意に、
「そういえば、青原さんとは最近会った?」
「えっ? いや、会ってないけど……」
びっくりした。思考を読まれているのかと思った。
「青原さんがどうかしたの?」
訊くと、杏子ちゃんはパフェのバニラアイスにかぶりついて、
「いやー、今週部活でみんなに『優月はもう来ないんですか』って聞いてまわってたからさー。何かあったのかなーと思って」
「そう、なんだ」
「なにかあったの?」
「えーと……」
杏子ちゃんには、話しておいた方がいいだろうか。私に謝るためにこうして誘ってくれたりしてるわけだし。
「実は――」
そして、私は話した。黒部さんたちと成り行きでしてしまった約束のことを。
「そっか……」
話し終えるまで、聞くことに徹してくれた彼女は、考えるように頬杖をつく。
「でも、優月はもう試合に出るつもりはないんでしょ?」
「まあ……うん」
「しっかし青原さんもよくわかんないなー。優月がこの間の試合までの助っ人だって、知ってるはずなのに」
杏子ちゃんの言うとおりだ。なのに、彼女はどうしてあんな約束を……。
「私が代わりに言っとこうか? 試合には出ないって」
「そ、それはさすがに悪いよ」
かといって、自分で青原さんに会って話す勇気は、持てない。信念をたたえた目。それを見ると、私の意思がかき消されそうで。
「まー、せっかくの高校生活だもん。優月のやりたいことやらないとねー」
「そうだよね……」
やりたいこと。
私が今やりたいことって、なんだろう。
ふと窓の外に視線やれば一面に灰色の雲がかかった空。
それがまるで靄のかかった私の心を表しているみたいで、私はパフェを味わうことに集中することにした。パフェは変わらず、すごく美味しかった。
家に着いたら、足がぱんぱんになっていた。
買い物で歩き回るのが久しぶりだったせいだろう。ある意味卓球の練習よりも疲労感がある。
「疲れたー」
お風呂に入った後、私が着ているのは今日の買い物で買ったばかりのパジャマ。ワンピースタイプでもこもこした質感が心地よい。これはいい買い物だった。いい夢見れそう。
「と、寝る前に明日の準備しておかないと」
明日の授業科目を思い浮かべて、教科書類をリュックに詰めこむ。もうラケットを入れていく必要もないので、スペースには余裕がある。
「あ、明日体育だっけ」
週末持って帰ってきてお母さんに洗濯をお願いしていた。
「お母さーん、体操服乾いてる?」
リビングに向けて少し大きめの声を出すと、
「ちゃんと乾いてるから取りにきなさーい」
「はーい」
渋々、私は部屋を出る。
「あ、そうそう。明日雨で冷えるみたいだから、体操服も上着、持っていった方がいいんじゃない?」
「そうなの? じゃあ持っていこうかな」
寒いの嫌だし。
「えーと、上着どこにしまったかな……」
部屋に戻ってから、クローゼットを漁る。だけど、お目当てのものは一向に出てこない。
「あれー……」
体育の授業で使ったのも最初の1回だけだから、家にしまってあるはずなのに。
最初の授業のあと、どうしたんだっけ。
記憶をたどる。あの日は確か、放課後ひとりで先に卓球場に行くことになって、それから――
「……あ」
そして、私はなくしたものの在り処を思い出した。
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