第36話 Before the Game

 そうして、さらに1週間が過ぎ。


 試合当日の朝を、決戦の朝を、迎えた。



 ○○



 試合会場は、奇しくもこの間のオープン大会と同じ体育館。


 前回同様、体育館前には老若男女いろんな人たちが集まっている。


 ……でも、今回は前と同じじゃない。


 隣を見る。そこには、私と並んで立つ女の子。


「がんばろうね」


 なんとなく、声をかける。朝に駅で待ち合わせしてから何回も言いあった言葉。


「うん、がんばろう、優月」


 この前よりも強い日差しに逆らうように、私たちは体育館へと足を踏み入れた。


「今日って、まずは予選リーグからだよね?」

「うん」


 華が首肯する。


 今回の大会は、3つのダブルスペアで総当たりの予選リーグ戦を行い、1位となったペアが決勝トーナメントに進む方式だ。つまりは予選リーグにどんな人たちがいるかで勝敗が大きく変わってくる。


「とりあえず受付に行こう」


 華の言葉で、私たちは移動を始める。


 と。


「お」

「あ」


 受付が始まり人でごった返す体育館ロビー。そんな中でも、彼女たちがいることはすぐにわかった。そしてそれは、向こうも同じようだった。


「ちゃんと来たじゃん」

「当たり前でしょ」


 微妙に口角を上げる黒部さんに、華が返す。


「赤城もちゃーんといるね。よしよし」


 相対するふたり、黒部さんと眞白さんは制服姿にスポーツバッグを肩から下げている。そして手には、1枚の紙。


「棄権とかで不戦勝にならなくてよかったよ。ほらこれ」


 見せてくる紙を、私と華は覗き込む。

 それは、今日の対戦表だった。


「同じ……リーグ?」

「こんな偶然もあるんだね。それとも、神様も言ってるのかな、白黒ハッキリつけろって」


 3ペアの総当たり表には、間違いなく私たちのペアと、黒部さんたちのペアの名前。


 つまりは直接対決があるということ。


「それじゃ、またあとで」


 くるりと背中を向けるふたり。


「あ、あの!」

「ん?」

「……?」


 動きを止める黒部さんと、訝しい視線を向けてくる眞白さん。私は大きくひとつ、息と唾を飲み込んで、


「……今日、私……がんばるから。その……よろしくお願い、します……」


 渇いた布を絞り出すように、言葉を紡ぐ。


「……は」


 私の言葉を聞いて何を思ったのか、黒部さんは息を吐いて眉を小さく動かしてから、


「そんなの当たり前じゃん。でも、ま、よろしく」


 そう言い残して、ふたりは去っていく。


「大丈夫? 優月」

「うん、ありがとう」


 ひとりだったら、またうつむいて何も言えなかったかもしれない。でも、華が隣にいてくれたから、一歩、ホントに小さな一歩を、踏み出せた気がする。


「やあやあ諸君。戦闘準備は万端かね?」


 ガッ、と背後に衝撃が走ったかと思うと、聞き慣れた軽い口調。


「る、瑠々香部長」

「おはようございます」


 相変わらず3年生はおろか、高校生にすら見えない制服姿の瑠々香部長。見た目相応の悪戯っぽい笑みを浮かべて、


「部長としては指導の成果が出てるかちゃんと見ないといけないからねー」

「もー、素直に応援に来たって言えばいいでしょ?」

「めぐ先輩」

「おおっとゆづっち、わたしがいることも忘れちゃいかんよ?」

「おはよう……赤城さん」


 続けて千穂先輩とつむぎ先輩もその姿を見せる。さらにその後ろには、


「おはよう、杏子ちゃん」

「おはよ。応援に来たよ。応援だけだから、ぜんぜん力にはなれないんだけど」

「そんなことない。来てくれてるだけで……すごくうれしい」


 月並みだけど、味方がいることってすごく心強い。だってそれは、中学の時にはなかったものだから。


「受付はこれから?」

「はい。あ、でもすごい偶然なんですけど、前に話した中学の同級生のペアと同じリーグなんですよ」


 瑠々香部長に言う。あれ? なんでポカンとした表情なの?


「もしかして赤城さん、知らないの?」


 知らない? 何のこと? 何が知らないのか知らない……哲学的。

 華とふたりで首を傾げていると、にしし、と瑠々香部長が笑って、


「まあ受付行ってくればわかるから。さあさあれっつごー」

「は、はあ……」


 促されて、私と華はロビーからアリーナへと移動する。アリーナの隅、長机が置かれた受付席。少しだけ列を形成している最後尾に並んで、順番を待つ。


 数分経って受付席の前までようやくたどり着く。


「は~い次の方~……ってアラ、優月チャン、いらっしゃ~い」

「受付お願いしま……って、ええ!?」


 思わずのけ反った。だって、なぜなら。机を挟んで正面にいたのは、ウメちゃんだったからだ。そして、その服装はいつものバーテン服ではなく、スーツ姿。


「う、ウメちゃん……?」

「どうしてここに……」


 華もびっくりして硬直している。


「どうしてもなにも、アタシが卓球協会の役員で、今日の大会も運営として参加してるからね」


 ばちこん、とお得意のウィンクが飛んでくる。すんでのところで私はそれをかわす。

 だからスーツ姿なんだ。それにしても、筋肉すごいからスーツでもはち切れそう。


「じゃあまさかこの組み合わせって」

「あらやだ、勘のいい子ね。そうよ、ア・タ・シ」


 そういうことか。だから瑠々香部長たち、受付すればわかるって。


「事情は瑠々香ちゃんたちから聞いてるわ。そうなればアタシも店長として、部活の大先輩として、ひと肌脱がなきゃね」


 言って、ウメちゃんはピッ、と人差し指を口に当てる。


「このことは、ヒ・ミ・ツ、よ?」

「は、はい……」


 本人はかわいらしく言ってるつもりなのかもだけど、なんというか凄みがある。バラしたら口封じされそうな感じ。


「はい、組み合わせ表。アタシは運営だから直接応援はできないけど、頑張って」


 組み合わせ表の紙を受け取る。同時に、紙だけではない何かも受け取った気がした。


「それはそうと華ちゃん」

「な、なんでしょう」

「最近ウチの店に来てくれないからアタシ寂しいの。試合終わったら、ちゃあんと来・て・ネ?」

「……! ぜ、善処します」

「……あはは」


 全身に鳥肌を感じている華を連れて、受付を後にする。


「優月、よくあそこで接客とかできたね」

「あ、あはは……慣れだよ、慣れ」


 あと諦め。


「……」


 受け取った紙に、今一度目を落とす。そこには紛れもなく、私たちと黒部さんたちが直接対決をする組み合わせ。


 勝てる、かな……。いや、勝つんだ。


 まさかの展開に、胸のあたりがざわつくのを抑えきれなかった。



 30分ほど経って、大会の開会式が終わり、試合の呼び出しがされていく。

 もう逃げられないと言わんばかりに、私たちの名前も呼ばれる。


 いや、もう逃げない。いっぱい練習してきた。心を預けられるパートナーもいる。


 ふたりで、コートの前に立つ。ひとりではない、ふたりで。


 相対する、二人。卓球台を挟んで向こう。中学の時から知っている、元チームメイト。


 もう、待ってはくれない。残されたのは、卓球をして結果を出すという道のみ。


 時間が、訪れる。無情に、機械的に。


 そして、試合が始まる。

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