第7話 3人目の新入部員
結局、私と
駅までの道を歩く私たちの足取りは対照的で、
「いやー楽しかったー」
「疲れた……」
各々感想を述べる。どちらの歩調が重いかは言うまでもない。
あの後もめぐ先輩たちから熱烈なアンコールを受けて、何度もラリーをすることになった。本当は杏子ちゃんを部まで案内してすぐに帰るつもりだったのに。
ホント、人生は思うようにいかないものである。
「おつかれー
「う、うん……」
「先輩たちも、いい人ばっかりだったじゃん」
「それはまあ、そうだけど」
最初、
だけど、いい人たちだからこそ、私が入るわけにはいかない。私が入ることで、あの人たちの和を、乱すことになるから。
「それにしてもあの人、なんかすごかったねー」
「あの人って……
「そうそう。わたしたちと同級生なのになんか大人びててさー」
青原
「なんか近寄りがたい雰囲気だったよねー」
「それには私も同意するよ」
「わたしがあいさつしても『よろしく……』としか言わなかったしー。嫌われちゃったかなー」
彼女は自己紹介してから入部したい旨を先輩たちに伝えると、卓球場の奥にある部室で早々と着替えて練習に参加し始めた。同じ新入生の行動とは思えない。
「でも、優月は嫌われてないでしょ。なんかチラチラ見てたよ、優月のこと」
「えっ」
気づかなかった。正直、いかにして早くあの場を抜け出せるかに必死だったし。
「あの人も経験者みたいだったじゃん? 友だちとかじゃないの?」
「う、ううん。違うよ」
そっかー、と杏子ちゃんは手を頭の後ろに組んで空を眺める。
「しっかし卓球って初心者と経験者の差って大きいよねー」
「うん、そうだね……」
「私もバシバシ打てるようになりたいなー」
「うん……」
答えながら、私は全く別のことを考えていた。
青原華。彼女のことを。
私は、あの人と会ったことがある。
小学6年生の時に通っていた卓球教室。たしか彼女は私の後から入ってきた。私が先輩ってことで少しだけ教えた記憶はあるけど、それ以上の記憶は残っていない。一緒に遊んだことも、家に行ったこともない。だから、杏子ちゃんが言うような友だちなんて間柄でもない。知り合い、顔見知り、そんなレベルだ。
それに、今日の様子を見る限りだと、向こうは私のことを覚えてないっぽいし。
「おーい。優月ー」
そういえば中学に上がる直前、つまりは小学校を卒業した後で県外に引越したんだったっけ。八高に通ってるってことは、こっちに戻ってきたってことなのかな。
「優月ー? ゆづきちゃーん」
まあ、今となっては関係ないかな。青原さんは卓球部に。私は今日限りな訳だし。
「優月ってば!」
「ひゃっ!」
「あら~、優月ちゃんてばえっちな声出すじゃな~い」
「も、もう! お腹つっつかないでよ、弱いんだから」
「だーって優月が声かけても反応しないだもーん。何か考え事?」
「あ、いや……別になんでもないよ?」
「ほんとかなー? やらしいことでも考えてたんじゃないのー?」
「そんなわけないから」
本当、テンションの高い子だ。私とは正反対だ。
正反対といえば。
「ねえ杏子ちゃん」
「およ?」
「なんで今日、私に声かけたの? クラスにもっとその……話しやすそうな人いたと思うんだけど……」
ふと気になって、訊く。
「あ、別に話しかけてくれたのが嫌だったってわけじゃないんだけど、なんでかなーと思って」
「あーそんなことか」
何を今さら、といった顔をすると、
「そりゃーもちろん、優月がかわいかったからだよ。クラスで一番」
「かっ、かわっ!?」
わ、のところで声が裏返った。なんてことを言うんだこの子は。
あんまりびっくりしすぎてリュックが肩からずり落ちそうになる。
「わ、私なんか、かわいくないって」
しかもクラスで一番とか、過ぎたお世辞は説得力なくなると思うんだけど。
「いやいやー、かわいいよー」
「じゃあ、たとえばどの辺?」
「たとえば? そうだなー」
と、杏子ちゃんの口角が上がる。
「苦手なブラックコーヒーを無理して飲んじゃうところとか?」
「えっ、なんで……」
「なんでって言われても、表情でバレバレだって」
にしし、と悪戯っぽく笑う杏子ちゃん。私は自分の顔が、夕日に照らされたのとはまた違う赤みを帯びるのを感じる。
ば、ばれてたんだ。……恥ずかしくて彼女の方を見れない。
「だいじょーぶだよ、今度はちゃんとオレンジジュースにするからさ」
「そ、そういうことじゃなくて」
「おっと、もう駅に着いちゃった。じゃあ、わたし反対側のホームだから。優月、また明日ねー」
「あっ、ちょ……」
私の弁明を聞くまでもなく、彼女の姿は遠ざかっていった。
「そんな顔に出てたかな、私」
沈みかけの夕日が作る影が1つになったところで、ぽつりとつぶやく。右手で結んだ髪をいじりながら、左手でむに、と自分の頬を引っ張ってみる。
きっと無意識のうちに、自分の感情が表情に変化をもたらしているのだろう。そして、ポーカーフェイスが良いとされる卓球に、そんな性格は不向きだ。
やっぱり私は、卓球をやるべきじゃないんだ。
再確認するように心の中でつぶやいてから、私は改札をくぐり抜けた。
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