第8話 運動後のお風呂はマッサージ必須

 打ち込んだスマッシュが、台に入らない。


 いくらでもチャンスボールが飛んでくるのに、打っても打っても、私のミス。さっきまで、あんなにたくさんコートに入っていたのに。


 あれ?


 相手の点数が増えていくばかり。私の得点は、ゼロのまま。


 あれ……?


 次第に声援が小さくなっていく。


 あれ…………?


 息が苦しい。酸素をうまく取り入れられない。


 ダメ。このままじゃ。


 また、負けちゃう――――――――。


「ぷはっ!」


 バシャア! と耳元で弾けるような水音。そこでようやく、私は湯船で居眠りをしていたことに気が付いた。


「はあ、はあ……」


 ぼたぼたと、髪から、頬から湯船に水滴が落ちていく。


 危ないとこだった。女子高生がお風呂で居眠りして窒息、なんてニュースになりたくない。


 眠気を覚ますために私は湯船のお湯を顔に勢いよく当てる。それでも、視界は湯気でもやがかかっており、まだ夢から覚めていないように思えた。


「疲れてる、のかな」


 原因として思い浮かぶのは、やっぱり放課後にした卓球だろうか。お湯に包まれた腕や足には、運動後特有のだるさが残っている。


 こりゃ明日は筋肉痛かも……。


 ぐっ、と湯船の中で身体を伸ばす。ちゃぷんとお湯が鳴る。じんわりと熱を感じる手足の筋が心地いい。

 変な夢を見ちゃったのも、きっと卓球なんかしたからだ。明日こそはきっと、他の部を見て回ろう。


「……」


 そしてふと、自身の胸元に目を落とす。見えている光景と対比して思い浮かべぶのは、めぐ先輩のそれだ。


 3年生までには私もあれくらい……。


「何食べたらああなれるのか、訊いてみようかな」


 そこまで独り言がこぼれたところで、私はハッとした。


「ダメダメ! 私は卓球部には入らないって決めたんだから!」


 首を振った後、自分に言い聞かせるようにほっぺをペチペチと叩く。


優月ゆづきー、いつまで入ってるのー」

「んー」

「あんまり遅いとお父さんが買ってきたシュークリーム、食べちゃうわよー」

「あー! 食べないで! 今出るから!」


 もう、人がせっかく決意に燃えてるっていうのに。シュークリームは食べるけど。


「……よし!」


 明日は誰がなんと言おうと自分の行きたい部に見学に行くんだ。そう決心して湯船から立ち上がった。



 なんて決意を胸に抱いたけど、私は気づくべきだったのだ。その日、再三実感したことを。


 人生、自分の思うようにはいかない、ということを。


「お願いっ!」


 翌日の放課後。そう言って私の前で頭を下げてくるのは――知り合って1日と経っていないめぐ先輩。


「私からもお願い!」


 彼女の隣には同じように懇願する杏子きょうこちゃんの姿。


「えっ……と」


 二の句が継げずに困惑する私。嫌な予感が脳裏をよぎる。彼女たちの口から次に放たれる言葉を予想して。


 だけど嫌な予感というものは、往々にして当たってしまうのだ。


「私たちと一緒に、試合に出てほしいの」

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