第7章

第32話 最終決戦、開幕

 やっぱりね、と苦笑を浮かべたのはプランだ。他の面々も反応は似たようなものだった。それだけ相手が有名人ということだ。


 クロイスも最初にプランから聞かされていたので知ってはいたが、どれほど強いかは想像の域を出なかった。だが、今なら分かる。彼らの誰一人欠けておらず、最初に出会ったときと何ら変化がなかったからだ。


 対して、自分たちはボロボロだった。唯一万全と言えるのはクロイスだけだ。それだけで実力が圧倒的にかけ離れていることがわかる。


 互いに視線を合わせ、両者は距離を置いて立ち止まった。


 第五階層は大きな円形をしていた。入り口は二つのみで、両者はそれぞれ反対側の入り口を通ってきた。縮小が終わるまでに間に合ったのはこの二組だけだった。


 一方は、もちろんクロイスたちだ。そしてもう一方は、一番初めに出会った優勝候補だった。


「やあ。失礼を承知で言うけれど、まさか、君たちが残るとは思わなかったよ」


 金色の髪に整った顔立ち。強い意志の宿る瞳が、朗らかに笑う。


「それに、途中で仲間が増えているなんて、君たちは凄いね」


 相手が相手ならば皮肉に聞こえる言葉だ。だが、爽快な雰囲気を纏う彼が言うと、心の底から賞賛しているように聞こえた。


「でも、五人だなんて。生き残った後が辛いだろうに」


「随分と余裕だな」


 相手が男だからか、敵意丸出しでソフィアが噛みついた。


「温室育ちのおぼっちゃまは、もう勝って気でいるのか?」


「その呼び名、懐かしいな。駆け出しの頃はよく言われてたっけ」


 その瞬間、青年の雰囲気が変わった。柔らかな雰囲気が消え失せ、張り詰めた緊張がほとばしる。薄い金色の双眸が五人をその場に縛り付けた。


「悪いけれど、もう見逃すことはできないよ。僕らのどちらかが勇者になる。いや、僕たちが真の勇者になる。だから絶対に負けない」


 青年は腰に侍らせた剣を抜き払い、挑むように突き出した。


「僕の名前はハーレット・クルシキルニ」


 続いてハーレットの仲間たちが名乗りを上げる。


 巨剣を持つ筋肉質の男はガンガロ・オップス。逆立つ髪は燃えるような赤。自信に満ちた勝ち気な笑みは好印象を抱かせる。


 槍を持つ細身の男はフレアス・マッドン。片目を紺色の髪で隠し、死んだような瞳をしている。その割に覇気があり、底知れぬ強さを感じさせる。


 杖を持つ背の低い少女はエイレン・ソーチア。愛くるしい見た目とは相反して、好戦的な炎が瞳に宿っている。今にも杖を振り回し、小動物のように飛びかかってきそうだ。


 ソフィアが名乗りに応えたので、こちら側も彼らに習って順番に名乗った。


「うん、覚えた。君たちの名は僕たちが背負っていくよ」


 それは勝利宣言だった。


 戦いは始まってみないと分からないのが常。相手に隠し札があれば、それだけで戦況がひっくり返る。先のゴルドレッドとの戦いがそうであったように。


 だが、彼らのは驕りでも慢心でもないように感じた。まるで、最初からそう決まっているかのような言い方だ。


「随分と不思議そうな顔をしているね、クロイス」


 ハーレットが剣を掲げるようにしてクロイスに見せる。


「これは選定の剣なんだ。世界を救う勇者が抜くことのできる剣。歴代の勇者たちは皆、これを抜いたんだよ。この意味、分かるよね?」


「つまり、ハーレットこそが真の勇者だと?」


「その通りだ」


 物わかりがよくて助かる、とハーレットは剣を下げて親しみ易い笑みを浮かべる。


「それでも君たちは僕らと戦うかい?」


 愚問だった。戦わなければ、この儀式は終わらない。生き残るということは、ハーレットたちを倒すということに他ならない。


 クロイスは頷いた。負けられないのはこちらも同じだ。


「当たり前だ。貴様らこそ、真っ先に説得とは怖じ気づいたか?」


「なにさ! 調子に乗らないでよね!」


 ソフィアの挑発にエイレンが乗っかる。それを手で制して、ハーレットは苦笑した。


「すまない。人を殺めたくない気持ちが迷いを生んでしまったようだ。失礼なことを言ったね。取り消すよ。雌雄はこれで決するべきだ」


 黄金の剣を一振りし、ハーレットは口元に笑みを浮かべた。


「じゃあ、始めようか。世界を救う第一歩を踏み出すのはどちらか。それを決める戦いだ。最初から全力で行かせてもらうよ!」


 その声を合図に火蓋は切って落とされた。


 先陣を切るハーレットに対し、真っ先に駆け出したのはソフィアだ。両陣営ともに杖持ちが後衛に陣取り、アタッカーたちが前線を上げていく。


 ハーレットとソフィアの剣が真っ向からぶつかり合い、火花を散らす。ヒエラルドはフレアスと槍同士の戦いを始めた。自ずと、クロイスとプランの相手はガンガロとなった。


 本来であれば、プランが支援系である杖持ちのエイレンを墜としにかかり、敵の戦闘力を下げて人数で有利を取るべきだ。しかし、先の一件からクロイスの力の発現が弱まり、戦闘力が低くなっていた。そのため、プランがサポートに入ったのだ。


「行くよ、クロイス。あまり前に出すぎないでね」


「ああ、分かってる」


 クロイスは爪の発現を試みるも、できなかった。期待はしていなかったので落胆の気持ちは薄い。またあの声に飲み込まれたらという不安が能力の発動を押さえているのだろう。


 他者を取り込みすぎた結果、何かがクロイスの心に棲み着いてしまった。暴走していたときの記憶は、ほとんどない。ぽっかりと抜け落ちている。ただ、積み重なる死体の上に自分ではない自分が立っていたことは脳裏に焼き付いていた。


 クロイスは剣を構えた。武器の扱いなど、他者の経験自体は自分の中にある。筋量もある程度は維持されている。ガンガロの攻撃を真っ向から受け止めるのは厳しいだろうが、戦えるだけの力はあった。


「がっはっは。お前さんたち痩せっぽっちに俺の相手が務まるたあ到底思えねえぜ?」


「うふふ、君みたいな筋肉馬鹿に私たちの相手が務まるとも思えないけど?」


 あからさまなプランの挑発に、ガンガロは盛大な笑い声をあげた。


「強気な女は好きだぜ。ここで殺すにゃ惜しいくらいだ」


「だったら、代わりに死んでくれる?」


「わりいな。こんな俺でもハーレットが必要としてくれてんだ。世界を救うっていうあいつの使命に全力を賭す。だからよ、本気で行くぜ」


 その目に明確な殺意が宿る。背丈ほどもある巨剣を軽々と肩に担ぎ、ガンガロは構えを取った。


 クロイスは肌が泡立つのを感じた。気を抜けばその瞬間に命を刈り取られる。さすがのプランも口をつぐみ、ナイフを手に重心を落とした。挑発はもやは無意味だと踏んだのだろう。


 先に動いたのはクロイスたちだった。ガンガロの周囲を逆方向へ駆け出す。常にどちらかが死角へ回り込むことができるように立ち回るのだ。真っ向から渡り合えないならば、稚拙であっても策を弄するしかない。


 鋭利な双眸に睨まれた瞬間に、クロイスは横へ転がった。一瞬前に自分がいた場所へ、巨剣が振り下ろされる。それは地面に切れ目を入れるだけでは飽き足らず、半径二メートルほどを穿った。


 冷や汗が額を流れる。判断が少しでも遅れていたら、ミンチになっていた。


「ほう、勘はするでえみてえだな。けどよ――」


 すぐさまガンガロが動き出した。クロイスは二撃目を辛うじてかわしたものの、三撃目が横腹を掠めた。それで気づいた。ガンガロの攻撃精度が攻撃する度に上がっているのだ。速度でなら上回れると思っていたクロイスは顔を顰めた。

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