第15話 第二層通過
拳が通じないと知るや、石造りの巨人はソフィアを膜ごと握り潰そうとその手を広げる。
だが、それは叶わなかった。腕は地面に大きな音を立てる。
それを為した張本人であるクロイスは床を抉りながら勢いを殺し、すぐさま方向転換。弾丸の如く石造りの巨人へ突っ込んだ。
近づけまいと振るわれる攻撃をくぐり抜け、懐に潜り込む。
図体がデカく小回りの利かない石造りの巨人はクロイスの動きに翻弄され、体勢を崩した。絶好のチャンスに、クロイスは敵の四肢を次々に削ぎ落とし、動きを封じる。
だが、石造りの巨人の装甲を貫く術をクロイスは持ち合わせていない。胸部へ攻撃を仕掛けても傷をつけた程度。突き出た支柱を辛うじてかわし、回復して振り上げられた腕を見てすぐに飛び退いた。
「クロイス! 避けて!」
着地する瞬間にセラリアの声が背中からかかり、驚きのあまり足を捻った。無様に転がるクロイスの横スレスレを疾風が駆け抜ける。それは敵の身体の中心を通過し、真っ二つに切り裂かれた左右の岩がボロボロと崩れ落ちた。
「ちっ! あと少しで邪魔者をころ――げほっ、げほっ」
悪態とともに血を吐くソフィア。彼女の剣が纏っていた風が消失する。
セラリアが声をかけていなければ、クロイスも風の刃に切り裂かれていた。想像して背筋が凍った。
隙あらば殺しにかかるソフィアに文句の一つでも言ってやろうと駆け寄るが、それどころではなかった。
「ソフィー、横になってください!」
吐血の量と頻度が明らかに増えた。先ほどの大技が原因だろうか。手を貸そうとするが、敵意のこもった視線に阻まれる。
「貴様! 私に近づくな! ころ――かはっ」
今までにない量の血を吐き出し、地面に倒れるソフィア。
「どうしよう、どうしよう……」
慌てふためくセラリアの手が止まった。混乱で何をすべきか分からなくなっているようだ。落ち着かせようとするが、すでに思考停止寸前まで追い詰められていた彼女は、ついに泣き出してしまった。
クロイスはバックパックから生命の秘薬を取り出すと、蓋を開けてソフィアの口の中に突っ込んだ。もの凄い形相で睨んでくる彼女だが、拒むことはなかった。効果はすぐに現れ、様態の安定したソフィアが身を起こす。
「助けてくれなどと頼んだ覚えはない」
恩は感じているようで、彼女はそっぽを向きながらボソボソと言った。
「ただ、その……」
言葉を詰まらせ、何度も口を開くが、続きは出てこない。よほどクロイスに対して礼を言いたくないのだろう。
「まあ、石造りの巨人を倒してくれたし、チャラってことでいいんじゃないか」
「そうですよ! ソフィー、カッコよかったです!」
セラリアの言葉を聞いた途端、彼女は急速に元気を取り戻し、表情に活力が戻った。
「そ、そうだな! 私がいなければ全員死んでいたんだ。感謝されこそすれ、私が礼を言う必要などないな。貴様、偉そうに上からものを言うな!」
せっかくの気遣いを無下にされ、同情なんてするんじゃなかったと後悔した。
途中まで進んでいたヒエラルドの治療をセラリアが再開する。ちょうど第二層の崩壊が始まった頃に治療は終わった。
「助かったぜ。サンキューな。……仲間はみんな死んじまったか」
「お気の毒ですが……」
胸に手を当てて目を伏せるセラリアに、ヒエラルドは陰を感じさせない笑みを浮かべた。
「人間、いつかは死ぬからな。戦場に立てばなおさらだ。相手の方が強かったってだけの話だからな。あいつらも勇者を目指すからには覚悟してたはずだ」
彼は立ち上がり、仲間の死体へ目を向けた。
「あいつらとは城でパーティーを組んだばかりだった。それでも、仲間だったんだ。せめて、埋葬を――」
無慈悲なる迷宮は感傷の時間すら与えない。崩壊の音が迫り、みな表情を変えた。
「急ぎましょう! この方たちの分まで私たちは行かないと!」
「――ああ、そうだな! 走れ!」
ヒエラルドを筆頭に、四人は石畳の上を駆け抜けた。通路へ入り、安全なところまで一気に進む。
一度だけ振り返ったヒエラルドは隠れて目元を拭い、散っていった仲間たちへ最期の別れを告げた。
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