第16話 変態
「改めて礼を言わせてくれ。お前らには命を救われた。俺は恩を返したい。だが、それ以上に勝ち残って勇者になりたい。見たところ、お前たちは――」
「断るっ!!!」
「まだ言ってないだろ!?」
「男などいらん! 美少女になって出直してこい!」
即座に切って捨てたのは、もちろんソフィアだ。そもそも彼女をパーティーに入れたつもりはないのだが。
「戦力が増えるのはありがたいと思うけど」
「たわけが! 貴様はセラリアを連れてきた功績があるからこそ生かしてやっているんだぞ! 息をするだけで満足できないのか? この場でころ――」
「私も仲間が増えるのは賛成です」
「ああ、私もちょうどそう思っていたところだ。私たちは三人組。あと一人増えればぴったり四人だ。フルパーティーの方が生存力も上がるからな」
華麗なる手のひら返しに苦笑するクロイス。だが、ヒエラルドの反応は予想を上回るものだった。
「快く受け入れて貰えて何よりだ! 期待に応えられるように頑張るぜ」
剣呑な目を向けるソフィアだが、ヒエラルドは意に介さずに笑い声を上げる。
「クロイスに、セラリア。それから……」
「ソフィア様だ」
「ソフィアか。よろしくな!」
「様をつけろ痴れ者が!」
今にも抜剣しそうなソフィアをセラリアがなだめる。それはまるで猛獣を手懐けるテイマーで、彼女を無意識のうちに煽るヒエラルドはピエロだ。個性の強すぎる仲間が集まってしまった。これからを想像すると憂慮に絶えない。
「セラリアは治療師で、ソフィアは魔法剣士か?」
「ふんっ。貴様に答える――」
「あ、それ私も気になってたんです。風のぶわってしたの出してたじゃないですか? あと盾も作ってましたよね? 凄かったです! 憧れちゃいます!」
「ま、まあ、私は魔法剣士だからな。これくらい当然だ」
ソフィアは鼻を高くしてご満悦の様子。
「俺が槍術士で、クロイスは……」
相応しい言葉が見つからないのか、ヒエラルドは言葉に詰まった。全員の視線がクロイスに集まる。セラリアに関しては焦った表情を浮かべていて、正体がバレやしないかとヒヤヒヤしているようだった。
「なんつーか、その……」
「獣だな」
「そう! それ!」
「喜べ魔獣! この私が獣戦士と名付けてやろう」
「あ、それいいなソフィア! 強そうだし」
「気安く私の名を呼ぶな!」
勝手に盛り上がる二人に、クロイスとセラリアは胸を撫で下ろした。どうやら新しいクラスとして認められたようだ。魔獣の方が強そうな響きだったが、人間扱いされない気がしたので止めておく。
「最初から獣化を使ってくれてりゃ、あんな痛い思いしなくて済んだんだが……」
「ふんっ、程度が知れる。それが貴様の実力だ」
「そう言われると、ぐうの音も出ねえよ」
「だが、これの言うことにも一理ある。貴様が最初から獣化を使っていれば、私の可愛いセラリアが危ない目に遭って怖い思いをすることはなかったのだからな!」
言うか迷ったが、クロイスは正直に打ち明けることにした。この先の戦いで、あの力に頼られても困る。
「実は上手く制御できてなくて、使いたいときに使えないんだ」
試しに爪のイメージしてみると、突如としてそれが現れた。
「いや、できんじゃん!」
「あれ? おかしいな?」
一度消して、また生やす。何度か繰り返してみるが、意思の通りに爪は現出した。身体に力が馴染んだということだろうか。とりあえず、自由に使えるようになったのは僥倖だ。
「おっしゃ! 互いのクラスを確認できたことだし、先を急ぐか」
「貴様が仕切るな。セラリア、私の側から離れないように」
「は、はい。ただ、その……そんなに抱き寄せられると歩きにくいです」
「この距離を保たないと危険だ」
少し息が荒いソフィアに白い目を向けつつ、クロイスは出口の先へ顔を向けた。
緑の生い茂る大地。水流の音が長閑に聞こえ、木々には瑞々しい果実がぶら下がっている。付近に魔物の気配はなく、勇者候補の姿も見当たらない。
一行はここで小休憩を取ることにした。
「おい獣。そこの果実を毒味しろ」
「いや、なんで僕が……」
「セラリアが毒に犯されでもしたら、どう責任を取るつもりだ!」
「あ、これめちゃくちゃうまいぞ」
「ですね! すごく甘いです」
二人が言い合っている間に、ヒエラルドとセラリアはすでに果実を食していた。ソフィアは血相を変えてセラリアに詰め寄る。
「セラリア! よくわからないものを食べてはいけない! さあ、今すぐ吐き出すんだ」
「え、でも、これとても美味しいですよ? ソフィーも食べてみてください」
セラリアは自分の手の中にある果実を見せる。それはただ果実を強調しただけで、それを食べるように言ったわけではなかった。
しかし、ソフィアは目の前に出されたご褒美に、正常な判断力を失った。宝物でも扱うかのような丁寧さでセラリアの手から果実を奪い、よだれを垂らしながら彼女が囓った面を見つめる。
「小さな歯形……可愛い……」
「あ、ソフィー、それは私の食べかけ――」
セラリアの静止を聞かず、ソフィアは歯形の部分に齧りついた。
「甘い……これがセラリアの味……」
ボソボソと呟かれる言葉に、クロイスは身震いした。その目に見覚えがあったからだ。妹にお菓子をちらつかせ、連れ去ろうとした中年男性が同じ目をしていた。後日、彼は幼女誘拐の罪で捕まったと聞く。
幸い、セラリアは自分の食べ物を取られたことに怒っていて、聞こえなかったようだ。ぽかぽかと力の抜けるような音を立て、ソフィアを叩いている。
「ああ、気持ちいい……」
この犯罪者予備軍を野放しにしてはいけない。そう直感したクロイスは無意識のうちに剣へと手を伸ばす。ここで殺しておく方が、世の中にとっていいはずだ。
もし可愛い妹のアイリスがソフィアに見つかれば、ただでは済まないだろう。きっとお嫁に行けなくなってしまう。
そんなクロイスの正義は、招かれざる客によって阻まれた。草むらから白毛の兎が跳び出して来たのだ。
「あ、可愛い!」
「待つんだ、セラリア!」
ソフィアの制止は間に合わなかった。セラリアはすでに屈み込んで兎を撫でていた。一見すると何の変哲もない可愛いウサギだ。しかし、それは表面上に過ぎない。
一角兎と呼ばれるそれは、額の内部に鋭利な角を備えているのだ。そしてそれは敵を攻撃するときにしか出現しない。
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