第14話 共闘
一人を失ったところから戦況は一気に傾いた。
四人いたパーティーが、もう二人しかいない。生き残っている内一人は女性で、セラリアと同じように治療師だ。
彼女はその場に尻餅をついて、現実逃避するように首を横に振った。もう片方の槍使いの男が離れたところから声をかけるが、彼女の耳にはまったく届いていない。
石造りの巨人の視線が女を捉える。女は悲鳴を上げ、一目散に入り口へと駆け出した。
だが、逃げる者を見逃すほど、この迷宮は甘くない。
臆病者には死を。
そう宣言するかのように石造りの巨人は盾だったものを地面から剥がし、女へ投げつけた。空気を裂く音とともに爽快な切断音が鳴る。二つに分かたれた女の身体は大量の血しぶきを上げて地面に転がった。
グロテスクな光景にセラリアが引きつった悲鳴を漏らす。女に自分を重ねてしまったのだろう。自らの身体を抱きしめて震えるセラリア。そんな彼女をソフィアが強く抱きしめた。
ものの数十秒の出来事だった。もはや残された槍使いに勝ち目はない。それなのに彼は槍を構え、化け物と対峙していた。仲間の仇を取るつもりなのか、それともただの矜持か。
クロイスは思案する。ここを通るためには石造りの巨人を倒す必要がある。だが、それは極めて困難だ。
であれば、別の道を選ぶ方がいい。経路は一つではないはずだ。現に、最初に出会った勇者候補やプランの姿がない。
クロイスの考えを見透かしたように、ソフィアが口を開いた。
「言っておくが、ここ以外に道はないだろう。すでにいくつかのパーティーが通過して行くのを見ている。それに――」
そう。それ以前に、もう残された時間がないのだ。
第二層は第一層よりも時間が少ない。もう少しで崩壊が始まる。仮に他の道があったとしても、間に合う保証などない。なければそこでおしまいだ。ここを通る方が現実的と言える。
クロイスは歯がみした。自らの剣では到底倒せる相手ではない。かといって、黒狼の力を使っても分が悪そうだ。間接部を狙ったところですぐに再生する。
打つ手なしかと思われたそのとき、前方から声が届いた。
「おい、そこのあんた!」
石造りの巨人の攻撃をうまくかわしながら、槍使いの男がクロイスに言った。
短い茶髪に切れ長の目。夜の街で女性を侍らせていそうな風貌に反して、その眼差しからは誠実さが感じ取れる。
「共闘しないか? こっちは一人になっちまった。俺はこんなところで死ぬわけには行かないんだ」
願ってもない提案だった。セラリアは戦闘向きではなく、ソフィアは動けない。槍使いの男と協力できるなら活路を見出せるかもしれない。
信用するわけではない。ただ、相手もここを通りたいはず。石造りの巨人を倒すまでは裏切らないはずだ。
頷くと、男はニッと快活で人懐っこい笑みを浮かべた。
「俺はヒエラルド・アーキシス。ヒエラルドでいいぜ!」
「僕はクロイス・ラックス。好きに呼んでくれ」
ヒエラルドが下がり、クロイスは彼と同じラインまで上がった。即席の前衛コンビ。その練度は恐ろしく低く、クロイスに至ってはズブの素人。それでも、やるしかない。
ヒエラルドの指示で両翼から攻め込む。狙いは敵の関節部分。ヒエラルドが先手を打ち、敵の体勢を崩す。そこからは修復が済む前にすべての関節を断ち、身動きを封じた上で胸部にあるコアを壊す。とどめはヒエラルドが刺す。
しかし、作戦は開幕から崩された。
二人が左右に走り出した直後、石造りの巨人は地面にその拳を叩きつけた。衝撃でクロイスの身体が浮き、揺れのせいで着地に失敗する。倒れることは免れたものの、ヒエラルドに大きく遅れた。
気づいたヒエラルドが足を止めた瞬間、石造りの巨人はクロイスに向けて砲弾の如く駆けた。突然の奇行にヒエラルドの反応が遅れ、石拳がクロイスへ迫る。
強烈な威圧感。同時に違和感を覚えた。クロイスはギリギリのところで拳をかわす。追撃の手は加勢したヒエラルドが止めた。
「もっと早く避けろよ。ヒヤヒヤさせんな!」
クロイスは攻撃を避けることができると思っていなかった。敵が向かってきたときには死んだと確信したくらいだ。
だが、放たれた拳が異様にのろいことに戸惑い、反応が遅れたのだ。
錯覚だろうかと石造りの巨人の動きを注視するが、感想は変わらない。大黒狼の鋭い相貌が脳裏をよぎる。得たのは武器だけではなかったらしい。動体視力が格段に上がっている。
クロイスに向けて振り下ろされた拳。それを軽々と避けて、間接目がけて剣を振り下ろした。硬質な音が響き、手に痺れが走る。狙いは関節から大きく外れ、あっけなく弾かれた。
その隙を突いて放たれた蹴りをヒエラルドの槍が両断する。バランスを失ってこちらへ崩れてくるそれを、クロイスは必死の形相で走って避けた。
すぐに体勢を立て直し、当初の予定通りに関節を破壊して回る。クロイスの力量でも何とか断つことができた。接合面を固めているのは柔らかな素材だったからだ。
すべての関節を壊し、いよいよヒエラルドが胸部へ乗り上がる。槍を下に構えた――瞬間、彼の身体は宙高く舞っていた。放物線を描き後方へ落下する。ダメージがかなり大きかったようで立ち上がれそうにない。
ヒエラルドを吹き飛ばしたのは胸部から突き出る石柱だ。それはすぐに体内へ取り込まれて消えた。再生を終えた石造りの巨人が唖然とするクロイスへ腕を振るう。
横薙ぎのそれをなんとか避けるが、わずかに身体を掠めた。それだけで数メートルを吹き飛ばされる。
痛みに顔を顰めつつ立ち上がる。まだ身体は動いた。追撃はなく、石造りの巨人はヒエラルドの方へ向かっていた。そこではセラリアが治療を行っている最中で、彼女は敵に接近に気づいていても手を止めない。
「セラリア! 逃げろ!」
全力で走るが間に合わない。
「っ――駄目です! 今、逃げたらこの人が……」
お人好しな性格がここに来て裏目に出た。あの巨腕がセラリアを捉えたなら、華奢な身体では耐えきれないだろう。掠めただけでも死んでしまうかもしれない。
絶望的な距離を、けれどクロイスは駆ける。絶対に死なせないと心中で叫ぶ。諦めたりしない。奪わせるものかと、瞳の奥で怒りが燃える。
その思いは形となって現れた。四肢で大地を踏みしめ加速する。
だが、それでも届かない。
クロイスが石造りの巨人の腕を切り飛ばすのは、二人が圧殺された一瞬後だ。
心を絶望が包み込もうとした――その刹那。セラリアたちの前に影が躍り出た。
「私のセラリアに何をするか! 痴れ者がああああ!!!」
ソフィアは迫る石拳に対し、剣を逆手に持って正面に構える。その程度で止まるような攻撃ではない。
しかし、石造りの巨人の腕が振り抜かれることはなかった。
剣の少し手前にある薄い膜のようなもので止まっている。
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