第13話 女心は難しい
臨戦態勢を取るクロイスの横を通り抜けて、セラリアは女に駆け寄った。
「ちょ、ちょっと……」
「大変です。このままでは死んでしまいます。クロイス、彼女のお腹に刺さったナイフを抜いてください。私が治療します」
「治療って……」
「私は治療師です。奇跡は授かって……います!」
微妙な間にツッコミたくなるが、それより先に問わなければならないことがある。
「敵を助けるのか!?」
「そんなことを言っている場合ではありません!」
予想外の叱咤に、クロイスは思わず謝ってしまう。まったく譲る様子のないセラリアの頑固な姿勢に、深いため息とともに折れた。
ナイフを引き抜こうと女の正面に膝をつく。鋭い視線を感じて顔を上げると、もの凄い形相で睨まれた。それでいて、彼女に声をかけるセラリアには笑みを浮かべている。
反応の違いに疑問を抱きつつ、とりあえずナイフを引き抜いた。
女の押し殺した悲鳴とともに、傷口から血が溢れ出た。すかさず、セラリアがそこへ手をかざす。
彼女の手から降り注ぐ光は、徐々に傷口を塞いでいく。しばらくして、傷は完全に塞がった。
「ふう……見てください! 傷が治りました!」
満面の笑みで大喜びするセラリア。怪訝な視線を送ると、彼女は頬を赤く染めて、俯きがちに言った。
「その、私って、座学は得意だったのですが、実技がまったく駄目で……。あまり上手くいったことがなくて……。で、ですが、今回は大成功です!」
もし失敗していたら、そこの女は死んでいたのではないか。しれっと放たれた爆弾発言に、しかしクロイスが口を出すことはできなかった。
咄嗟に反応することができたのは、まさしく奇跡だろう。鼻先ギリギリを走る刃に、クロイスは肝を冷やしながら飛び退いた。少しでも反応が遅れていたら切られて死んでいただろう。
「ちっ――」
舌打ちしたのはセラリアが助けた女だ。
「セラリア、離れて!」
「へ?」
何が起きたのか理解のできていないセラリアは、女に身体を引き寄せられて捕まってしまう。てっきり人質にするのかと思いきや、剣先はクロイスへ向いていた。
「貴様、この子とはどういう関係だ!」
女から発せられた意味の分からぬ問いに、戸惑いを隠せない。
「何言って――」
「いいから答えろ! 返答次第では貴様を殺す!」
「え、僕を?」
「当たり前だ! こんな可愛い女の子に傷をつけられるはずがないだろう!」
真顔で言う女。これではまるで、クロイスが悪者だ。
「止めてください! クロイスは私の恩人です!」
「む、そ、そうなのか? しかし、あなたを見るこいつの目から厭らしさを感じる」
「え、そ、そうなんですか?」
顔を赤らめるセラリアに、クロイスは劣勢を悟った。
「そ、そんな目で見るわけないだろ!」
「そ、そうですよね。ははは。私にそんな魅力あるわけないですよね」
そう言って今度は落ち込んだ。表情がコロコロ変わる。そんな彼女に、クロイスより先に女が反応した。
「貴様! こんなに魅力的な女の子に欲情しないのか! それでも男か!」
「えー……どう答えればよかったんだ……」
女心は難しい。それ以上に、この女が何をしたいのか分からない。
「かくなる上は、貴様を斬り捨てて私がこの子を――かはっ」
剣を片手に立ち上がろうとした女は吐血し、セラリアに支えられながら再び座った。
「傷は塞ぎましたが、完治したわけではありません。ですから、無理をしないでください。すみません。私の力ではこの程度が精一杯で……」
「いや、十分だ。少し休めば、また動けるようになる。あなたのおかげだ、可憐なる乙女。名前を教えてくれないか」
「セ、セラリア・エンティマイアです」
「セラリア……美しいあなたにぴったりな、いい響きの名前だ。私はソフィア・フレイルラール。気軽にソフィーと呼んで欲しい」
「わかりました、ソフィー」
何やら話がまとまったようなので、クロイスは現状確認を試みる。
「ソフィーは――」
「貴様! 気安く私の名を呼ぶな! ころ――げほっげほっ」
凄まじい剣幕で剣を掴み、飛びかかろうとするソフィア。しかし、再び吐血して断念する。
もはや声をかけたくないレベルだが、こちらも命がかかっているので渋々問いかける。
「ソフィアさんはあそこで戦ってる人たちの仲間?」
「ふんっ、貴様に答える義理など――」
「ソフィー」
「いや、他人だ。私は群れるのが嫌いだからな。だが、セラリアとは一緒にいたい」
華麗なる態度の切り替えに、クロイスは苛つきを通り越して呆れ果てた。すでに口を開く気力はなく、セラリアにすべて任せることにした。
「ソフィーはどうして大怪我を?」
「それは……だな」
ソフィアは途端に口ごもる。だが、セラリアの真っ直ぐな瞳に耐えきれなくなったのか、不承不承に答えた。
「可愛い女の子が泣いていたんだ。もちろん、セラリアの方が可愛い。その女の子に対して何の下心もなかったことは先に言っておきたい」
回想するソフィアの鼻の下は完全に伸びていて、泣いている女の子に対して不埒な感情しかなかったことは明らかだ。
「私は彼女を確保――ごほんっ! 保護しようと声をかけたのだが、それが罠だった。ナイフで刺され、荷物を奪われ、この有様だ。取り逃がしてしまったのが、痛恨の極みだ」
おそらく刺されたことも荷物を奪われたことも二の次なのだろう。可愛い女の子を確保できなかったことを心の底から悔いていた。わなわなさせている手がその証拠だ。
だが、セラリアはそれに気づいていないようで、哀れみの目でソフィアを見ている。
「大変だったのですね」
「可愛い女の子を守ることは騎士の務め。これくらい、なんということはないさ」
「王国の騎士様なのですか?」
「あ、いや……そういうことではなくて……」
どう処理すべきか考えあぐねていたクロイスだが、突如響いた悲鳴に中断して振り返る。
男が壁にめり込んでいた。石造りの巨人に殴り飛ばされたのだろう。動き出す気配はなく、砂煙の中で沈黙している。死んでいることは明らかだった。
その光景を目の当たりにし、戦っていたパーティーのうち一人が怒りのままに地を蹴った。仲間の制止を振り切り、石造りの巨人の懐へ飛び込む。
大きな盾で石造りの巨人の拳をいなし、すれ違い様に足の間接部へ剣で一閃。敵が体勢を崩したところで、もう片方を切断する。これで身動きを封じた。
男はそのまま石造りの巨人の身体へ飛び乗り、頭部へ駆け上がろうとする。だが、確かに断ったはずの足はいつの間にか繋がっていて、石造りの巨人が立ち上がった拍子に彼は宙へ投げ出され、地面へ激突した。
仰向けに倒れる男に、無慈悲にも石の拳が振り落とされる。男は咄嗟に盾で受け止めようとするが、それごと地面へめり込んだ。盾はひしゃげ、端から赤い液体が飛び散る。
石造りの巨人は何度も拳を振り下ろした。
残ったのは赤黒く染まった鉄くずだけ。もはや彼の身体は原形をとどめていないだろう。
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