勇者バトルロワイヤル
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序章
第0話 暗躍
静まり返った石畳の回廊を進み、大きな空間に出た。消していた気配をさらに殺して、ローブを目深に被った女が走る。
その先にあるのは頑丈な鋼鉄の扉。盗み出した鍵を穴に差し込み、開く。部屋の中央にある祭壇に並ぶ四つのキューブ。澄んだ翡翠色は透明で、厳かな雰囲気を醸し出している。
女は唾をゴクリと飲み込んで、懐から五つ目のキューブを取り出した。一番右側にあるそれを手に取り、自らが持ってきたものと置き換える。まったく同じ色形をしているため、すり替えられたと気づかれることはないだろう。
その現場を見た者さえいなければ。
「まったく。ネズミが入り込んだかと思えば、昼間の運搬係ですか」
背後から聞こえた声に、女は慌てて振り向いた。取り替えたキューブを後ろ手に隠す。閉じたはずの扉が開いており、そこに人影があった。司祭の格好をした男だ。接近を気づけなかったことに驚愕しつつ、彼女は思考をフル回転させて現状把握に努める。
「何をしているのですか?」
歩みを進める男。それに合わせて彼女も後退する。しかし、すぐに冷たく硬い感触が背に当たる。退路がないことに舌打ちしつつ、男を睨み付けた。
「本物がなくなっていたと思えば、あなたが盗み出していたのですか」
「盗み出した? 逆でしょう。あなたたちが全部偽物にすり替えて、本物を盗んで隠した。まさか、あなたが裏切り者だったとはね」
「裏切る? まさか。私はね、最初からあなたたちの敵なのですよ」
「他の神器をどこへやったの?」
「まさか、素直に話すとでも?」
男の纏う雰囲気が変わった。
女は身体中から噴き出す冷や汗と手足の震えに、自らの死を悟る。どう考えても絶望的な状況。しかし、彼女は口元に笑みを浮かべた。何のことはない。元より覚悟の上だ。世界のためであれば、自らの命など喜んで捨ててやる。
「これは絶対に守り抜いてみせる」
「どうやら、ただの運搬係ではないらしいですね」
予備動作はなかった。空気を裂く音が耳を掠める。次の瞬間、女の右腕が地面に転がった。
「っ――」
何らかの方法によって腕が切り落とされたのだと認識するや否や、全身を貫くような激痛が走った。苦悶に喘ぐも、その目は決して敵の姿を捉えて放さない。
「安心しなさい。すぐには殺しません。拷問にかけ、主人を吐かせます。あなたの想像を絶する痛みですから、すぐに吐いた方が楽ですよ」
男の表情が下卑た笑みで染まる。
瞬間、女は翡翠色のキューブを男の顔面に放った。
咄嗟のことで男はキューブを目で追ってしまい、懐に潜り込んだ女への反応が遅れた。胸に深々と突き刺さるナイフ。明らかに心臓を貫いたはずの一撃だ。
しかし、男は何事もなかったかのように、女をその場に組み伏せた。
「がっ――どう、して」
「まさかとは思いますが、私のことを人間だと思っていたのですか?」
「そういう、ことか……。じゃあ、本物の司祭は……」
「そんなもの、最初からこの国にいませんよ」
男は女の肩を無理矢理に外して、自由を奪った。呻き声が石壁に反響する。
涙で濡れた視界はぼやけて何も映らない。女は唇を噛みしめ、自らの失態を恥じた。
(申し訳ございません、未だ顔も名も知らぬ勇者様。たった一つですが、この神器にて、どうか魔王を討ち倒しください。あなた様方のご武運を冥府より祈っております)
「さて、無駄なあがきをされても面倒です。足も――」
突然吐血した女を見て、男はあからさまな嫌悪を浮かべた。
「毒ですか。まったく、これだから人間という脆弱な生き物は……」
男は地面に転がったキューブをポケットに入れ、女の死体に視線を落とした。
「これでこの国もおしまいです」
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