第6章
第27話 ぎくしゃく
「どうかした?」
「声が聞こえないか?」
「んー、何も聞こえないけど?」
プランは小首を傾げる。
「気のせいか」
「疲れてるんじゃない? 休憩する?」
「いや、いらない」
第四層に入った直後に休憩はしていた。何度も休んでいる暇はない。第三層の出口でゴルドレッドが検問の如く待ち構えていたように、第四層でも同様の作戦を採る勇者候補がいないとも限らない。そうなれば戦闘は必須。
第四層は岩石地帯で、身を隠すことのできる場所がかなり多い。攻める側のこちらが不利なのは間違いないので、できるだけ戦闘は避けたい。最速で第四層を抜けるのが方針だ。
先頭を進むのはクロイスで、隣にプランがいた。セラリアたちは少し距離を開けた後方にいる。先ほどからずっと敵意が背中に突き刺さっているが、もう慣れてしまった。ソフィアの態度は分かりやすい。
ヒエラルドは立ち位置に迷っているようだ。セラリアは暗い表情を俯かせており、誰の目から見ても落ち込んでいた。
遭遇した魔物とはクロイス一人で戦った。他のメンバーが参加する前にケリがついてしまうためだが、むしろその方が戦いやすかった。周囲に気を遣う必要がなく、目に入った動くものすべてを殺せばいいというのは実にシンプルで、クロイスの戦い方に合っていた。
パワーとスピードのごり押し。致命傷さえ負わなければ、捕食で回復できる。荒唐無稽な戦闘スタイルにセラリアは何か言いたげな視線を向けてくるが、クロイスは気づかない振りをした。そうすれば向こうから口を開くことはなかったから。
蹄が地面を叩く音が複数近づいてくる。現れたのは二足歩行の馬だ。筋骨隆々なそれは、手に槍を構えている。
この第四層では人型の魔物が多いらしい。先ほども人型ワニと交戦したばかりだった。
クロイスは敵を視認するや否や突撃した。後方から声が飛んだが、敵を殺すことに集中した状態では聞き取れなかった。
胸を狙う矛先を、走る速度を緩めずにかわす。腕を掠めたが、この程度なら怪我の内に入らない。間合いの中へ踏み込んでしまえば槍を無力化できる。流れるような動作で首を刎ねてから、切り口に齧りついた。傷が修復する間も惜しんで次の敵へ。
体中に無数の傷を作りながら、衝動に従って視界に入るものを屠っていく。痛みも肉を切る感触も、返り血の滑りと生暖かさも、今では気にならなくなっていた。むしろ、それこそが奪い取った実感となっている。屍が積み上がる度に心が満たされていく。
最後の一体の突きが腹部を貫いた。だが、クロイスは怯むことなく逃がすまいと槍の柄を握りしめる。馬が槍を引き抜こうとするが、びくともしない。
クロイスはそのまま突き進んだ。血が地面に流れ、彼の通った場所を赤く染める。気圧されたのか、馬は槍から手を放し、クロイスに背を向けて逃げ出した。すかさず腹に突き刺さる槍を引き抜き、その背中へ投げつける。渾身の力を込めた投擲は、その威力で馬の身体に大きな風穴を開けた。貫通した槍が石壁を穿ち、深々と突き刺さる。
クロイスは近場の肉を食らい、傷を癒やした。
『――――』
突如、どこからか聞こえた声にクロイスは耳を澄ませる。第四層に入ってから、それはときどき聞こえた。だが、何を言っているのかまったく分からない。どういう仕組みか分からないが、プランが聞こえなかったということは自分にだけ聞こえるのだろう。
今回は、前回までとは違った。声が鳴り止まない。少しずつ言葉になっている気がして、耳を澄ませる。さらに目を瞑り、声に集中すると、頭の中に声が広がった。それは何重にも響いて、徐々に大きくなっていく。
積み上げられた屍の山。その上に立っている一人の少年がいた。彼の足には死者の腕が絡みつき、身動きを封じられている。
周りは血の海で、空は赤黒く染まっていた。少年が振り返る。その顔は影で見えない。口が動いている。何かを言っている。その言葉を読み取ろうとして――。
「あ、あの……クロイス」
声に目を開くと、目の前にセラリアがいた。チラチラとこちらの様子を窺いながら、彼女は続く言葉を選んでいるようだった。
先ほどの光景はなんだったのか。屍の山の上にいたのは誰だったのか。おそらく、声の正体はその少年だろう。もう少しで分かったかもしれないのに邪魔をされたことが気に入らなかった。
「用がないなら呼ぶな」
八つ当たりだということは百も承知だが、どうにも止めることができない。
「あ、あります! そ、その……」
通路の先に魔物が現れたため、クロイスはそちらへ駆けていった。
「まっ……」
セラリアは途中まで伸ばした手を止めた。行き場に困ったそれを胸の前で握りしめる。
「どうしたら……」
「ガンガン攻めるべし!」
深刻な表情で呟いたセラリアに、プランがウインクをしながら言った。言葉の意味を理解しかねている彼女に、プランは続ける。
「待ってたって駄目。ああいう男には、こっちからガンガン攻めてかないと落とせないんだから」
セラリアは頬を赤らめ、胸の前で両手をブンブンと振った。
「ち、違います! 私はそういうことで悩んでいるわけでは……」
「あれ? クロイスのこと好きなんじゃないの?」
カーッと耳まで真っ赤に染めたセラリアは、言葉を詰まらせる。分かりやすい態度に、プランはニヤリと口端を吊り上げた。
「なんなら教えてあげようか? 男を虜にする方法」
「と、虜に……」
「そう。これを使えばどんな男もイチコロよ。クロイスの心は君のものになる」
「私の、ものに……」
何を想像したのか、セラリアは湯気が出そうなほどに赤面し、首をブンブンと振った。
「だ、駄目です! そういうのはちゃんと順序を――」
「他の女に取られてもいいの? 私が落としちゃおっかなー」
「それは絶対に駄目です!」
言ってから、セラリア自分の声の大きさに気づいて口を塞いだ。だが、時既に遅く、全員の視線が彼女に集まる。
「何が駄目なんだ?」
戦闘を終わらせて戻ってきたクロイスがセラリアに問いかける。
「い、いえ、その……」
挙動不審に視線をキョロキョロと動かすセラリア。そんな彼女をクロイスが訝しんでいると、プランが横から助け船を出した。
「女の子同士の内緒話だよ?」
「その割に随分と声が大きかったがな」
「あ、もしかして、気になる? 気になっちゃう?」
ニヤニヤと口元に笑みを浮かべ、プランはクロイスを覗き込む。頷くのが癪でクロイスはそっぽを向いた。
「別に」
「あー、まさかセラリアがね」
「ちょ、プランさん!」
プランの口を塞ごうとセラリアが手を伸ばす。それを軽くあしらって、プランはクロイスに流し目を送る。知りたいでしょ、と瞳が言っているのにむかついて、クロイスは踵を返した。
「どうでもいい、行くぞ」
すたすたと行ってしまうクロイスの背を眺め、プランはつまらなそうに頬を膨らませた。難を逃れたはずのセラリアは、しかし、浮かない表情だ。
「どうでも、いいんですか……」
暗いトーンで呟く彼女の肩に腕を回し、プランは自分の方へぐっと引き寄せる。
「バカだね。なんとも思ってないわけないじゃん。痩せ我慢してるだけだから」
「ほ、本当ですか?」
ぱっと花のような笑みを浮かべたセラリアだが、すぐに表情を引き締める。
「わ、私だって別になんとも思ってないですよ」
「無理しちゃってー、可愛いな、このこのー」
「や、やめてください」
セラリアの頬をツンツンするプラン。
クロイスに死線を送りつつ、その光景に頬を緩める変態が一人。
「はあ……はあ…………尊い…………」
悪化していくパーティーの関係に、ヒエラルドは胃が痛む思いだった。
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