第23話 迷いは窮地を招く
厄介な飛び道具がなくなったことで、戦況に変化が訪れる。
敵は二人に対し、こちらは三人。クロイスたちとの接近戦に意識を向けすぎれば、背後からプランに刺される。先ほどと逆転した状況に、金棒の男が舌を打った。
「ここは一旦、隊長と合流して――」
「行かせないぜ!」
走り出す金棒の男の前に回り込み、ヒエラルドが槍を突き出した。金棒の男は足を止め、応戦せざるを得ない。クロイスは金棒の男に続こうとした湾刀の男を相手取る。プランのことを気にせざるを得ない彼らは防戦一方だ。
劣勢を感じ取ったのか、ゴルドレッドが雄叫びを上げた。その迫力におのずと視線が集まる。
クロイスたちは目を見張った。彼がハルバードを振り下ろすと地面が爆発したのだ。瓦礫が散弾のように周囲へ跳ねる。
ソフィアは瓦礫の直撃を受けて地面を転がるが、すぐに起き上がって距離を取った。当然、無傷ではない。
額が切れており、流れる血が左目を塞いでいる。これでは相手との距離感が掴みにくく、先ほどまでのように上手く立ち回ることはできないだろう。
それを好機と見たか、ゴルドレッドは一気に間合いを詰めた。巨体が砲弾のようにソフィアへ突撃する。回避は間に合わないと判断したソフィアは、相手に正面に剣を構えた。透明な盾が出現し、ゴルドレッドの攻撃を受け止める。
だが、拮抗したのは一秒にも満たなかった。
ゴルドレッドが力任せにハルバードを振り抜き、ソフィアの身体が吹き飛ばされる。樹木をなぎ倒し、それでも止まらずに岩へ激突。それを粉砕することでようやく彼女は止まった。
「ソフィー!」
セラリアの悲鳴が響く。
土煙が舞い上がる中で影が揺れた。切れ間から姿を現したソフィアだが、剣を支えに歩くのがようやくだった。もはや戦える状態ではなく、吐血した衝撃で倒れ込んでしまうほどの満身創痍。
「これでもうてめえらに勝ち目はねえ」
ソフィアから視線を逸らそうとしたゴルドレッドだが、できなかった。
「もう立てるはずねえんだがな」
「馬鹿が。この戦いが終わったら、私は結婚するんだ。バラ色の結婚生活が待っているんだ。こんなところで死ぬわけには――いかない!」
ソフィアの手から空になった瓶が落ちる。それはクロイスたちのパーティーが持つ最後の秘薬だ。
復活したソフィアが、ゴルドレッドへ鋭い双眸を向ける。対し、ゴルドレッドは大きな笑い声を上げた。
「結婚? 笑わせんじゃねえよ。てめえの人生は俺の手によって、ここで終わ――」
ゴルドレッドの背後に高速で迫る影が一つ。ソフィアが倒れた直後、湾刀の男の相手をプランと代わったクロイスがその背中に飛び上がった。
狙うは鎧の隙間である首元。そこを爪で裂けば致命傷となる。
勝った。そう確信したクロイスの視界の端に、セラリアの姿が映る。
『人が人を殺してはなりません』
その言葉が一瞬、脳裏をよぎった。すぐに迷いを撥ねのけ、その爪をゴルドレッドの首を目がけて振るう。
「よお」
「なっ――」
突然反転したゴルドレッドが、腕でクロイスの攻撃を弾いた。奇襲は失敗に終わり、宙に浮いているクロイスに致命的な隙が生まれる。
「今のは惜しかったぜ? だがよ、殺すのを迷ったらしめえだ」
迷ったのは一瞬だ。しかし、ゴルドレッドにとってそれは十分な時間だった。
振り上げられたハルバード。咄嗟に身をよじるクロイスだが、避けきることはできなかった。宙を舞う腕が地面に落ちる。肩口から噴き出す鮮血が地面を赤色に染めていく。
「あああああああああああああああ」
クロイスの絶叫が轟く。傷口を押さえて悶える彼の腹部を、ゴルドレッドの太い足が蹴り抜いた。
声が途絶え、身体が地面を転がる。何度もバウンドしてようやく止まった。意識を失いかけていたクロイスだが、肩と腹部から広がる凄まじい痛みに意識を覚醒させられた。
「い、今、治します」
嗚咽を漏らすセラリアがクロイスに駆け寄った。彼の傷口に手をかざすが、光は生まれない。
「どうして……」
何度も試みるが変化はない。
「お願い。発動して。……なんで発動しないの!」
セラリアの呼吸が速くなり、焦りに冷静さを失っていく。その間もクロイスの肩からは止めどない血が流れ、彼の周りに赤い水たまりができる。クロイスの呼吸が徐々に浅くなっていく。そのことが、さらにセラリアを追い詰めた。
「いや……だめ! 待って! 死んじゃだめ! どうしたら……」
セラリアは苦し紛れにクロイスの肩に手を押し当てて止血を試みる。だが、それで対処できる段階などとうに越えていた。
クロイスの敗北が引き金となり、戦況は悪い方に大きく傾いた。ヒエラルドが金棒に足をやられ、プランが彼を庇いながら後退する。ソフィアはハルバードを凌ぎながらも、一歩また一歩と前線を下げさせられていた。
クロイスのところまで進行されてしまえば、セラリアもろとも殺されることは間違いない。そうなればおしまいだ。
しかし、どうあがいたところで前線を上げることはできなかった。金棒の男と湾刀の男がゴルドレッドに合流したのだ。
同時に三人を相手取らなければならない。ゴルドレッド一人でも劣勢なのに、そこへ二人加われば絶望的だ。それでもソフィアは立ち続ける。
「ごめんなさい。私の、せいで……」
治療の手を止め、セラリアはクロイスの胸に泣きついた。彼女の頭にゴルドレッドの言葉が蘇る。クロイスは殺すのを躊躇したために返り討ちにあった。
その迷いを生んだのが紛れもなく自分だということを自覚し、罪の意識でいっぱいになった。
「私があんなこと言わなければ、クロイスはこんな怪我をしなくて済んだのに。私があんなこと言わなければ、クロイスは死なずに済んだのに。これじゃあ、私がクロイスを殺したも同然だ。私が、私が……」
「セラリア! 気をしっかり持て! あなたのせいじゃない!」
ソフィアの声は彼女に届かない。
「私が代わりに死にますから! どうか、どうかクロイスを助けて……」
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