第5章
第22話 対人戦
平静を取り戻したソフィアと合流を果たし、一行は第三層の出口へと向かう。鬱蒼と茂る木々の隙間を抜け、平地に出た。前方に通路があり、それを塞ぐように巨漢が座していた。
ゴルドレッドは大きな欠伸をして、気怠げに立ち上がる。
「ったく、おせーんだよ。待ちくたびれたぜ」
周辺には血だまりや死体が転がっていて、待っている間に彼らがしていたことを理解する。セラリアは口元を押さえ、その惨劇に心を痛ませていた。
「外道が。貴様が勇者など断じてあり得ん」
「威勢のいいメスだな。こりゃ楽し――」
ゴルドレッドの言葉は一陣の風によって遮られた。轟音とともにゴルドレッドの身体が後方へ飛ぶ。しかし、彼は足を地面にめり込ませて相殺した。
「不意打ちたあ卑怯じゃねえか」
「ちっ、魔法抵抗のある鎧か」
風の正体はソフィアだった。一息で間合いを詰めた彼女が目にもとまらぬ斬撃を放ったのだ。風の魔法を纏っているためにその威力は絶大。
だが、一撃は重厚な鎧に大きな傷をつけたものの、それだけだった。魔法抵抗の高い金属を使って作られたゴルドレッドの鎧が、魔法の威力を減衰させたのだ。
「今ので仕留められてりゃ、俺に勝てたかも知れねえなあ」
「ほざけ。その軽口、すぐにきけないようにしてやろう」
クロイスが声を掛けると、ソフィアは殺意の乗った視線を向けてきた。
「なんだ、貴様から死にたいのか?」
「いや、そうじゃなくて。ちゃんと作戦を覚えてるのか確認を」
ソフィアの役目はあくまで時間稼ぎだ。その間にクロイスたちで取り巻きの三人を倒す。ゴルドレッドは全員で仕留めることにした。ここでソフィアが怒りに身を任せて暴走すると作戦が破綻する。彼女が負ければ、こちらに勝ち目はない。
「分かっている。ただ、うっかり倒してしまうかもしれない。そのときは、この先貴様ら男はいらないから、そこらで死ね」
内容は別として、不敵な笑みを浮かべる彼女ほど頼もしいものはなかった。
「その前にこっちを片付けるから」
「すぐ加勢に行くぜ」
三人は同時に走り出した。
クロイスとヒエラルドが対するは、三人の男たち。
一人目は、筋骨隆々な背の低い男。丸いフォルムが握るのは図太い金棒だ。無数に尖る棘に当たれば肉をズタボロにされてしまう。
二人目は、異様に痩せ細った、ひょろ長い男。金棒男の二倍ほどの背丈で、彼の体格に似た異様に細身の湾刀をぶら下げている。
三人目は、外套に身を包む坊主頭の男。手には何も持っていないが、外套の中に何かを隠しているのだろう。
獣化して一直線に突っ込もうとするが、背後からプランが叫ぶ。
「クロイス!」
反射的に横へ跳んだ。先ほどまで自分がいた場所をクロスボウボルトが高く鋭い音をあげて通り過ぎる。プランの事前情報で坊主の男が飛び道具を使うことは知っていたため、避けることができた。
坊主の男は外套の中からクロスボウを取り出し、ボルトを装填する。それを好機とクロイスは一気に距離を詰める。坊主の男がセットし終えるよりもクロイスの方が一瞬早い。
鋭い爪がその首を掻き切った――と思いきや、横合いから飛び出た湾刀によっていなされた。細すぎる刀身はまるでレイピアのように、しなやかに曲がる。そのせいで上手く力を流されたのだ。しかもこの男、足音がまったくしない。刃が現れるまで接近に気づかなかった。
クロイスは反転して切り込もうとするが、的確に湾刀が滑り込む。紙一重で身体を捻ってかわし、蹴りを放つが敵はすでに間合いの外。
「クロイス! 避けろ!」
振り返ると、金棒の男が間近まで迫っていた。振り上げられた金棒を全力で回避する。棘がわずかに腕を掠め血が飛んだ。
「ちっ、すばしっけーな!」
金棒の男はヒエラルドが相手取っていると思い込んでいた。距離を取りながらヒエラルドの方を見て、金棒の男がこちらへ来たわけを理解した。坊主の男が鎖鎌でヒエラルドを牽制しているのだ。そのせいで金棒の男の相手ができなかった。
二人は常に飛び道具を警戒しながら戦わなければならない。何とか打開を試みるが、敵の連携は恐ろしく練度が高く、つけいる隙がない。
坊主の男に翻弄されつつも、二人はなんとか食らいつく。途中で二人一緒に戦おうと試みたものの、ぶっつけ本番では連携が上手く取れず、逆効果だった。
ヒエラルドが振り回した槍がクロイスの頬を掠め、クロイスが緊急回避した先でヒエラルドにぶつかった。足を引っ張り合う醜い連携に、金棒の男たちが嘲り笑う。
すでに息が上がっている二人に対し、相手はまだ余裕綽綽といった様子で、言葉数が多くなっていた。
「おらおら、さっさと片付けてあの女のところに行くんじゃなかったのか?」
「ひっひっひ、俺たちもなめられたもんだよなあ」
「俺らは元王国兵士だぜ? てめえらみてえな若造に後れを取るわけねえだろ」
金棒の男がゴルドレッドの方を一瞥する。
「あっちも駄目みてえだな」
クロイスたちもそちらへ視線を向けた。その先で、激しい剣戟の音が響く。
ソフィアはゴルドレッドのハルバードを斜めに受け、軌道をずらすことで凌いだ。だが、その表情には疲労が濃く表れている。巨漢の膂力は並大抵でなく、何度も受け流せるものではない。
「オラオラ、俺を殺すんじゃなかったのか? 防いでばっかじゃ傷一つつけらんねーぞ」
「くっ、デカブツのくせにちょこまかと……」
ソフィアとて、攻撃に転じるチャンスを常に窺っている。だが、その隙がない。巨大な獲物の重量を感じさせない動き。
ゴルドレッドは見た目に反した素早さを持ち合わせていた。その上、一撃が重い。いなすだけでも手に痺れが走り、受けきれずに後退を余儀なくされる。
結果的に防戦一方とならざるを得なかった。
体力差も歴然で、玉の汗を流すソフィアに対し、ゴルドレッドは欠伸をする余裕すら見せている。
一方的な戦いになりつつある現状で、だからこそ、油断が生まれていた。
セラリアの隣にいたはずのプランが姿を消したことに誰も気づかない。
「収縮まであんま時間ねーし、とっとと片付けて――」
坊主の男の声が呻き声とともに途切れた。地面に倒れる彼の背後に、桃色の髪が揺れる。
「て、て、めえ、いつ、の、まに……」
プランは答えることなく、彼の背中に突き刺さったナイフを抜いて血を振り払う。
「安心して。即効性のある痺れ薬だから。――楽に死なせてなんてやらないから」
見下す冷徹な瞳に、坊主の男は声を引きつらせた。
盗賊を生業にしている彼女にとって、敵の背後を取ることは十八番。自らの存在感を極限まで薄れさせ、視線を読み、死角をついて接近する。
生きるために死に物狂いで技術を磨き続けた彼女だからこそ至ることのできた暗殺者の境地。
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