第31話 ゴールは目前
三人の治癒を終えたセラリアは疲労困憊だった。クロイスに身体を預けることで辛うじて立っている状態だ。
生命の秘薬と言えど、傷が重ければ全快とはならない。何本か飲むことで万全の状態に戻すことは可能だが、クロイスたちが持っている生命の秘薬はあれが最後だった。そんな状態で回復魔法をかけ続ければ、限界を迎えるのは道理だ。
クロイスはセラリアの身体を支えながら、三つの視線に耐えていた。暴走していて自らの意思ではなかったとはいえ、彼らのことを殺しかけたのは事実だ。何と切り出すべきか考えれば考えるほどにドツボにはまった。
見かねたプランが口を開いた。
「それで、元に戻ったんだよね?」
「あ、ああ……」
「自分が何したか分かってる?」
俯いているためにプランの表情は窺い知れない。顔を上げるのが怖かった。謝って済むことではないと分かっている。それでも、言わずにはいられなかった。
「悪い。本当に……」
「まさか、謝って済むと思っているのか?」
怒気を孕んだ声はソフィアだ。つかつかと歩み寄る彼女の顔を正視できず、足下へ視線を向ける。
「私の目を見ろ!!!」
張り上げられた声にクロイスは顔を上げる。間近にある彼女は眉間にしわを寄せ、青筋さえ浮かべていた。
「……悪かった」
「絶対に許すものか! 私は貴様が憎い。今すぐにでもこの剣を抜いて、殺してやりたい。だがな、そうしたらセラリアが悲しむ。だから殺しはしない。だが――――死ね!!!」
クロイスの両肩に手を置き、矛盾した叫びとともに打ち込まれた膝。それはクロイスの股間にクリーンヒットした。
「おっふ――――」
股間を押さえ、クロイスは表情を苦悶に染めた。今すぐ倒れてのたうち回りたい気持ちを我慢して、セラリアを支える手は放さなかった。
痛みは死んだ方がマシなのではないかと思うほどに強烈だった。一切手加減のない金的だ。青ざめ、脂汗が流れる。
「ふんっ、いいざまだ! 貴様だけセラリアにベタベタするなど許されるはずがないだろう!!!」
「え、そ……そこ…………」
怒りの種がそこにあったとは予想外だった。他のメンバーも同じだったようで、プランは軽蔑を通り越して呆れていた。ヒエラルドに関しては自分がされたわけではないのに股間を押さえ、辛そうな表情をしていた。
再び肩に手を置くソフィアに、クロイスは涙を浮かべながら首を横に振る。もう一度食らったら、きっと死ぬ。
だが、ソフィアは真剣な面持ちで呟いた。
「馬鹿者が」
それだけ言うと、彼女は背を向けた。遅れて、それが彼女なりの優しさなのだと気づいた。
「ソフィア……ありがとう」
「どうやら、もう一度食らいたいようだな」
邪悪な笑みを浮かべるソフィアに、必死に首を振っていると、その横からヒエラルドが進み出た。
「俺は怒ってるぜ。信じてた仲間に殺されかけたんだからな。ただ、今の一撃で怒りなんてすっかり失せちまったよ。むしろお前に同情してるぜ。…………俺らもお前に頼りすぎた。心のどこかで、お前なら傷ついても治るからいいって思ってた。俺の方こそ悪かった!」
「い、いや、ヒエラルドが謝ることじゃないだろ」
今度はプランがクロイスににじり寄った。
「私は別にどうでもいいけどね。復讐を手伝って貰ったし、私のことは好きに使って。何なら、あそこのケアをしてあげようか?」
艶やかな表情を浮かべ、プランはクロイスの太股を指でなぞる。その手つきがいやらしくて、クロイスは変な声を漏らしそうになる。
「だ、駄目です! 破廉恥です!」
先ほどまでの疲労はどこへいったのやら、セラリアは必死の形相でプランを突き飛ばした。
「痛いなあ、もう。破廉恥って、セラリアはいったい何を想像したのかなー?」
「なっ、そ、それは…………」
セラリアの視線が一瞬だけ股間に行き、すぐに逸らされる。ゆでだこのように真っ赤に染まった顔で、セラリアは喚いた。
「し、知りません! とにかく駄目なものは駄目です!」
それはこの場に似つかない、微笑ましい光景だった。みんな自分に気を遣ってくれているのだと思うと、クロイスは胸の奥が熱くなった。再び溢れ出す涙。しかし、先ほどとは真逆の理由だ。
「みんな、ありがとう……」
ヒエラルドは照れくさそうにはにかみ、ソフィアは振り向かずに鼻を鳴らした。
プランは「まったく、世話が焼けるんだから」と言いながら満更でもない顔をして、セラリアは満面の笑みを浮かべてクロイスの手を掴む。
「行きましょう。ゴールはもうすぐです!」
「……うん!」
セラリアに手を引かれ、クロイスは前へ向かって歩き出した。残りの三人も後を追う。
縮小を始めた第四階層。
最後の戦いを知らせるが如く、崩壊の音が盛大に轟いた。
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