第20話 プランの過去

 その日、幼きプランは近くの河原で遊んでいた。友達が帰ってからは、一人で土に絵を描いていた。家に大事な客が来るから、迎えに行くまでは河原にいるように言われていたのだ。


 空が暗くなり、手元が見えなくなった。せっかく家族三人の絵を描いていたのに、これでは見せることができない。ぼんやりと空を眺める。綺麗な光がたくさん散りばめられていた。プランは夜空が好きだった。


 少し周囲が騒がしく、気になって土手へ上がる。不思議なことに一部分だけ大地が赤く燃えていた。それが自分の家の方だと気づいて、プランは無我夢中で走った。途中で転んで膝を擦りむいたが、気にならなかった。


 家から少し離れたところに人だかりができていて、家の前には鎧を着た集団がいた。王国の兵士だ。その中で異様に身体の大きな男が叫んだ。


「この者たちは敵国のスパイであることが判明した。ゴルドレッド・ヴァーヴァスの名をもって、この場で極刑に処す。祖国を裏切る重罪人の末路を、しかとその目に焼き付けよ!」


 ゴルドレッドが部下から斧を受け取る。彼の体格のせいで斧がオモチャのように見えるが、刃のついた本物だ。それが頭上に振り上げられ、勢いよく振り下ろされた。


 父親の首が地面に落ちて、その次に母親も同じようにされた。


 プランは何が起きたか分からず、その光景をただ見つめていた。


 二人の頭が長槍に突き刺され、空高く掲げられた。身体の方は燃え盛る炎の中へ放り込まれる。


「お父さん? お母さん?」


 さらし首にされた両親の下へ歩き出す彼女の腕を誰かが掴んだ。


「プランちゃんだね? 君の両親から頼まれてるんだ。一緒に来てくれ」


「でも、お父さんとお母さんが」


「言うことを聞いてくれたら、後でちゃんと会えるから」


「ほんと?」


「ああ、ほんとだよ」


 もちろん、それは嘘だった。男に連れられて行った先は大きな屋敷だった。彼は太った男から大金を受け取り、どこかへ行ってしまった。プランはそこに置いてきぼりにされた。


 資産家に売られたのだと気づくのは、少し後のことだった。


 スパイは即刻死刑となり、その対象は血縁のすべてだ。つまり、プランも見つかれば殺される。それを最初に教えられた。ここ以外では生きていけないという意味だと分かった。


 匿った者も同罪となるにも関わらず、資産家が彼女を買った理由は何か。それはプランが死んでも問題にならないからだ。もう心配してくれる人はおらず、重罪人の娘に関わろうとする者はいない。資産家の男にとって、これほど都合のいい子供はいなかった。


 そこでの日々について、プランは何も語らなかった。


 耐えきれなくなり、隙をついて逃げ出した。空腹に喘ぎ、彷徨っていたところを盗賊に捕まった。男性恐怖症になっていたプランは、盗賊の首領が自分に向かって伸ばした手に獣の如く噛みついた。


 殺す気でいたものの、あっけなく剥がされた。痩せこけた少女の力で太刀打ちできるはずがなかった。


 ただ、その勇猛さを気に入られて仲間にして貰えた。


 生きる術はそこで身につけた。彼女にとって生きるということは奪うことになった。


 年を重ねるにつれて女性らしさが際立つようになり、周囲の目が変わったことに気づいた。


 プランにとって盗賊団は家族そのものだった。ぽっかりと空いていた心の隙間が埋まりかけていた。しかし、世界は彼女の幸福を許さなかった。


 仲間に呼び出された先で性交渉をされたのだ。断ると、彼は無理矢理犯そうと暴力を振るった。


 過去の記憶がフラッシュバックし、プランは無我夢中で抵抗した。服の下に忍ばせていたナイフに手が触れ、咄嗟にそれを抜いて突き刺した。


 すると男の力が抜けて、自由になった。


 手にまとわりつく粘土のある生温かい液体。目を見開いたまま地面に横たわる男を見て、自分のしたことを理解した。


 彼女の犯した最初の殺人だった。


 盗賊団では仲間殺しは重罪だ。死をもって償わなければならない。


 パニックに陥っていたところを仲間の女に見られた。彼女とは親しい仲だった。数少ない女性団員だったため、悩みを相談することも多かった。彼女はプランを匿ってくれた。彼女のことなら信頼できると思った。


 だが、間違っていた。


 拠点としているボロ屋には女性用の部屋がある。ちょうど他の女性団員たちは出払っていたため、プランはそこに連れられた。


 罪の重みに震えるプランを、彼女はそっと抱きしめてくれた。安心して眠ったプランだが、彼女が部屋から出て行く気配に気づいて目を覚ました。


 一人になると急に不安が襲ってきて、プランは彼女を追いかけた。


 そこで聞いてしまったのだ。彼女がプランのことを首領に報告しているのを。


 プランは頭が真っ白になった。気づけば必死に走っていた。あてもなく、足が動かなくなるまで走り続けた。


 絶望の中で、この世のすべてを呪った。何もかもを失い、敵だらけの世界で、けれど死を選びはしなかった。彼女が生きる目的はたった一つだった。


 それからはずっと一人で生きてきた。盗賊団で培ったスキルと、女としての武器を存分に使い、他者から奪い続けた。


 すべてはあの男を殺すために。

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