第19話 女の子の声がする!
遡ること数分前。
クロイスたちは、ときおり遭遇する魔物を蹴散らしながら森の中を進んでいた。まだまだ連携は拙いものの、少しずつ息が合っていく実感があった。
クロイスは獣化が自由に使えるようになったことで、剣を捨てていた。
道中、一度だけ勇者候補のパーティーと鉢合わせしたものの、なんとか退けることに成功した。本当は殺すこともできたのだが、セラリアが頷かなかった。命まで取る必要はないという甘い考えに、クロイスとヒエラルドは反対した。
「ここで仕留めとくべきだったと思うぜ?」
「見逃したところで、生き残れるのは四人なんだ」
「そうですが……それでも、人が人を殺してはなりません」
澄んだ瞳に宿る強い意志。セラリアは意外に頑固者なのだ。その慈悲深さは、このバトルロワイヤルでは致命的な甘さだった。
「ふんっ、これだから男という生き物は。もっとドシッと構えていろ。肝っ玉が小さいぞ!」
敵のパーティーは全員が男だったため、ソフィアは真っ先に殺そうとしていたのだが、セラリアの一声で華麗な手のひら返しを披露していた。いつも通りである。
こうなると男勢の意見は通らない。力でねじ伏せるのは二人の本意ではないし、そもそもソフィアには敵わない。パーティー最強の魔法剣士がセラリア側についている以上、クロイスたちは従うしかなかった。
不承不承に頷く二人に敵意のある眼差しを向けるソフィア。そんな雰囲気の悪いときに、女声の悲鳴が届いた。
四人はすぐに臨戦態勢を取る。
「今のは……」
「可愛い少女が助けを求める声だ」
クロイスの問いに、ソフィアが詳細に答える。今の悲鳴からどうやったらそこまでの情報を汲み取ることができるのだろう。
「助けましょう!」
絶対に放っておくべきだ。勝手に死んでくれるのならありがたい。できる限り戦いを避け、体力を温存しながら中心へ向かった方がいい。
だが、セラリアが助けると言った時点で見捨てる選択肢はなかった。
「もちろんだ。待っていてくれ、私の可愛いレディー!」
奇声を上げて急加速するソフィア。女の子が絡めば見境のない女。それがソフィアだ。彼女の暴走にヒエラルドが叫ぶ。
「クロイス!」
「ああ、もう!」
苛立ちを吐き捨て、すぐに獣化し後を追う。
追いついたのは、ちょうどソフィアが巨漢に突っ込んでいるところだった。
男は難なく避け、背負う巨大なハルバードへ手を伸ばす。クロイスは殺す気で別方向から奇襲するが、危険を察知して咄嗟に下がった。そのまま行けば自分がいた場所に振り下ろされたハルバードが、地面を叩き割る。その威力にクロイスは相手が格上であることを認識した。
「まるで魔物じゃねえか。いいねえ。殺し甲斐がありそうだぜ」
巨漢は笑っていた。これから命のやりとりが始まるというのに、男の目は生き生きとしている。背後の男たちを含めれば三対四の状況。プランは戦えそうにないため、実質は二対四。さらに相手が格上となれば、こちらが圧倒的に不利だ。
だが、馬鹿正直に真っ正面から戦う必要はない。彼らを殺すことが目的ではないからだ。プランを連れて逃げることが最優先事項。
「どうして……」
プランの疑問に、ソフィアは彼女を抱えながら答える。
「あなたが守るべき少女だからだ」
「かっこつけてる場合じゃないだろ! 早く撤退して」
「黙れ! 今、いいところ――」
「セラリアに言いつける」
「殿は任せたぞ獣」
甘いマスクから一転、真顔に戻ったソフィアが全力で去って行く。その背中を見送ってから、クロイスは男に対峙した。
「おいおい。てめえ一人で俺らとやるってのか? 時間稼ぎにもなんねえぜ?」
「どうかな」
互いに動かず、相手の出方を窺う。張り詰めた緊張の中、何故か巨漢がハルバードを背にしまった。大きな欠伸をして言う。
「やめだやめ。逃げる前提の戦いなんざつまんねえ。やるからには命を掛けねえとな」
内心で安堵していたクロイスだが、次の言葉に絶句した。
「このエリアの出口はな、一つしかねえんだ」
目を見開くクロイスの表情を見て、男は心底愉快そうに笑った。
「俺の名はゴルドレッド・ヴァーヴァス。待ってるぜ、そこで」
言うなり、ゴルドレッドは背を向けて行ってしまった。
一人残されたクロイスは獣化を解き、額から流れる汗を拭う。ようやく緊張感から解放されたかと思えば、絶望的な状況に追い込まれた。
忙しなく脈動する心臓を押さえ、震える手を握りしめる。ゴルドレッドと戦わなければならないという事実が重くのし掛かった。
「クロイス! 無事でよかった……」
戻ると、すぐにセラリアが駆け寄ってきた。今にも泣き出しそうな安堵の笑みを浮かべている。それを見て何故か顔の温度が上がった。思わず顔を背ける。
「クロイス?」
「あ、ああ。心配してくれてありがとう」
そうして逸らした先で、プランとばっちり目があった。彼女はバツが悪そうな顔をして、すぐに俯いてしまう。治療は済んでいるようで、目立った怪我は見当たらない。
ゴルドレッドのことをどう切り出そうか迷っていると、プランが口を開いた。
「どうして、助けたの?」
すかさずソフィアが答えようとするが、プランの言葉がそれを遮る。
「私、君たちを騙して、殺そうとしたんだよ? そんなやつ、見捨てて当然でしょ。助ける理由なんて……ない」
「助けることに理由なんて必要でしょうか」
「当たり前でしょ。理由もなしに命がけで人助けなんて……」
「でしたら、理由はあります」
セラリアの言葉に、プランは顔を上げた。他の三人もセラリアを見つめる。誰も思い当たらなかったからだ。
「あなたが、助けて欲しいと願ったからです」
キョトンとした顔でセラリアを眺めるプラン。しばらくして、ようやく言葉を咀嚼し終えたのか、彼女は苦笑した。
「何それ」
彼女は抱えた膝に頬を乗せ、柔らかい笑みを浮かべる。
「絵本の中の勇者みたいだね」
プランは幼い頃の記憶を思い出す。そんなヒーローがいればいいなと、自分を救い出してくれたらなと、夢見ていた時期があったことを。
「私たちは、その勇者になるためにここにいます」
「そんなの綺麗事だよ」
勇者になるということは、人類のために身体を張って戦うということだ。しかし、無償で戦うわけではない。
国から報奨金が出る上に、名声を得ることもできる。また、末代までの繁栄を約束されるのだ。命を掛けるに値する報酬。それ目当ての者もいる。誰もが慈善事業でやっているわけではない。
「はい、綺麗事です。でも、理想は目指すためにあると思うんです。最初から諦めていたら、何も変わらないから」
説得力のある言葉だった。それは彼女自身が理想を目指しているからに他ならない。みんなを見返したいというセラリアの動機の根幹には、誰かを助けたいという気持ちがあるのだろう。パーティーの中で彼女が最も勇者らしかった。
「そっか」
プランは寂しげに薄く笑った。
「君はそうやって生きることを許されたんだね」
そうして彼女は自らの過去を語り始めた。
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