第七話 強欲のマモンー④
光が消え去った後には、マモンとは似ても似つかぬ女性の遺体が残されていた。
肉体に入っていたマモンが取り除かれたことで、肉体があるべき姿を取り戻したのだ。
アスモは遺体に近寄ると、治りかけで止まっている額の傷に振れた。
すると指先が淡い光を放ち、傷が跡形もなく消えた。
「怪我しても病院に行く金が無いって言ってたが、そんな芸当できるならお前に直してもらえばタダで済むな」
「これは傷を治す治療じゃなくて傷を直す修復。生きている相手には使えませんわ」
「似たようなもんだろ」
ニックからすると些細な違いに、遺体にどこからか見つけてきた大きな布を掛けながら食い下がるが、無理な物は無理とアスモに断言される。
なにはともあれ、マモンを地獄へと送り返し、大仕事を終えた二人は緊張の糸が切れ、その場に崩れる様に座り込む。
「この大仕事を後5回もやらなきゃならんのか」
疲れ切ったニックは大きく息を吐きながら、そのまま大の字で寝転がり始める。
その様子に涎を垂らしながらも、アスモは襲いたい衝動をグッと堪えて立ち上がった。
「ニックさん、お疲れのところ申し訳ありませんけどこの後どうしましょうか?」
ニック達がマモンに連れ込まれた倉庫は外と内、どちらからも鍵がないと扉を開ける事が出来ないのだが、その鍵は外の見張りが持っている。
つまり、二人は閉じ込められている訳だ。
「どうするも何もないだろ。扉の方は俺らにはどうしようもないんだから他に出来ることやりゃあいいだろ」
そう言いながら立ち上がったニックは、瓦礫と破片で荒れ果てた倉庫の中から両手にいっぱいの大量の金塊と金貨を持ってきた。
「そんな物集めてきてどうする気ですか?」
「お前の谷間に入るだけ入れて、頂戴するに決まってんだろ」
悪い顔をしたニックに、いつもは自分から見せている谷間を嫌な顔をしながらアスモは手で隠す。
「ニックさーん、今は堕天した上に色欲の大罪ですが、一応これでも元天使ですよ。流石に盗人の真似事は見過ごせません」
「もう持ち主はくたばってんだ。このまま瓦礫と破片に埋もれさせとくより俺達が有効活用した方が良いだろ。こんだけあればもうチマチマ下らない仕事で日銭を稼がなくて済むんだぜ」
さらに倉庫中から金目の物をかき集めてきたニックは、完全に欲に眼がくらんでしまっているようで、アスモの言う事など聞く気が無い。
「そもそもマモンのコレクションを集めるのに使われたお金は多くの人々を虐げ、騙して稼いだものです。だからこれは然るべき機関に預けて被害にあった方々に少しでも返却すべきです」
流石は元天使だけあってアスモの言う事は正論だ。
だが、ニックとて大罪狩りなどさっさと済ませて愛する女の元へと一刻も早く行きたい。
その為にも、ワーカーとして日銭稼ぎに精を出して時間を浪費しないで済むように目の前の財宝の山を何がなんでも自分の物にしたいのだ。
しかしアスモとて目の前で行われようとしている犯罪行為を元天使として見逃すわけにはいかない。
二人は財宝の山を挟んで互いの顔を真っすぐに見る。ニックとアスモ、元無法者対元天使の本日二度目の睨み合いが火蓋を切って落とされた。
「お前だってであったばっかの時娼館から服を盗んだじゃねえか!どうせ堕天してるんだったら今更良い子ぶるなよ!」
「あの時はニックさんが目立たない様にしろっていうから仕方なくです!それにニックさん、その分のお金置いて行ったじゃないですか!そうでなくても後から返すつもりでしたし!」
自分の我儘を押し通そうとするニックと正論でそれを論破していくアスモ。睨み合いから口喧嘩に発展し、二人の対立はどんどんヒートアップしていく。
遂には額と額をぶつけ合ってサイの喧嘩の様になり始めた。二人の言い分はどこまでいっても平行線で、喧嘩が終わりそうな気配は一向にない。
ぐりとぐりと額を押し付けあう二人だったが、扉の方から聞こえる音に反応して、額を押し付けあったまま扉の方を見る。
「ありゃあ何の音だ」
「ナニもヘチマもありませんわ。何重にも掛かっている扉の鍵を外から開ける音でしょうね。……どうしましょうか?」
二人が下らない喧嘩で時間を浪費している間に、外の警備員達が倉庫に入ってこようとしているのだ。
「どうするも何もなあ。外にいた警備員共が入ってきて元マモンの死体を見られたら面倒なことになるな。とっととずらからないと最悪俺らが犯人扱いされて賞金首になっちまう」
二人が取るべき最善の策は警備員達が鍵を全て開けて突入して来る前に逃げることなのだが、出入り口が一つしかない上に窓もない密室からは逃げようがない。
何か策を考えようにも二人には時間がほとんど残されていはいない。
ニックは何も思いつかないので実力行使で警備員達を突破する気だったが、アスモの方は何か策が思いついたらしく、額をくっつけたままでニックに目配せする。
「私、名案を思い付きましたわ」
アスモの案にロクな目に会ってこなかったニックは、少し嫌そうな顔をするが、早口で説明された案は警備員を実力行使で突破するよりはマシだと思い、賛同し、直ぐに行動に移った。ある一点を除いては、だが。
そんなやりとりから少し間を空けて何重にも掛けられた鍵を全て開け、武装した警備員達が中に入ってきた。その後ろには警備員達とは服装の違う、執事らしき人物の姿もある。
警備員達はマモンに、外から鍵をかけて何があっても決して倉庫の中には入らないように厳命されたので、言われた通りに鍵を掛けて通常の警備体制に戻った。
それからしばらくして彼らの耳に、防音の壁で聞こえづらいとはいえ、かすかに聞こえてきた爆発音や物が壊れる音が届いた。
その時点で倉庫に突入していればマモンのとニック達の戦いの結末は変わっていたかもしれない。
そもそも普通そんな音がすれば、警備員として職務を果たすためにすぐにでも突入すべきだろう。
しかし、警備員達は、少しで自分が気に入らなけれな即刻クビを切る主人の言いつけを破るのを躊躇い、突入しなかった。
以前、マモンが倉庫の中で集めた武器を試していたのを知らなかった同僚が、入るなと言われていたのに、同じように防音を突き抜けて聞こえたきた音を不審に思って入ったせいでクビになったことがあったからだ。
今回も一緒に倉庫に入った客人に武器の自慢か何かしているのだろうと、クビになりたくない一心で自分に都合の良い解釈をした警備員達はしばらく様子を見ることにした。
だが、パーティーの主役がいつまで経っても戻らないことに招待客たちから不満が出始めているので、呼び戻す為にやってきたマモンからこの屋敷を任されている執事に、中に入れるように言われた。
最初は彼らは雇い主の言いつけを守る為に執事を止めたのだが、これ以上招待客待たせてはパーティー自体が破綻してしまう、何かあれば責任は自分が持つと執事に押し通され、開けざるを得なかった。
そうして倉庫に入った彼らは、竜巻でも通った後の様に荒れ果てた様子に何があったのか全く分からずに呆然とした。
「だ、誰か、助けてください」
助けを求める弱弱しい声に現実に引き戻された彼らは、倒れた大きな彫像の下敷きになっている、雇い主が倉庫に連れ込んだ姉妹を見つけた。
彫像をどかして助け出した姉妹は、幸いにも大きな怪我は無かった。しかし、一緒に中に入ったはずの雇い主の姿がどこにも見えない。
一向に何があったのか分からない警備員達の一人が、何があったのかを姉妹の姉の方に訪ねると、少し混乱しているのか、詰まりながらも説明してくれた。
「そ、それが、マモンさんがコレクションを見せてくださっている時に、宝石や美術品だけじゃなくて武器も集めているので是非見てほしいと仰ったんです。それでマモンさんが武器の一つを手に取ったら急に爆発が起きたんです!」
そう良いながら姉が指さす方には、爆発で飾っていたものが崩れ落ちたのであろう大量の武器の山があった。
「ま、まさかあの山の下敷きなってるのか!」
警備員達は姉妹の事を執事に任せると、大慌てで武器の山から雇い主を探し始めた。
だが、山を掘れども掘れども雇い主が見つかることはなかった。
困り果てた警備員達は再び姉妹に話を聞く為に、執事が休ませる為に通したというウェイター達の待機室へと向かったのだが、そこに姉妹の姿はなかった。
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