第五話 情報収集開始ー⑦

 ニックは物音がした厨房に息を潜めて向かう。消していたはずの電気が付いており、冷蔵庫を漁る人影が見える。


「脅かすなよロットンさん。眠れないのか?」


 急に声を掛けられて体をびくっとさせながらロットンが振り向く。


「すいません、喉が渇いて目が覚めてしまって。ニックさんも何か飲まれますか?」


 ちょうど店の外の見回りを終えて喉が渇いていたニックはありがたく頂くことにした。酒をリクエストして、流石にそれはと却下されてしまったのだが。


 二人でカウンターに座りロットンは水を、ニックがジュースを飲む。何となくお互いに黙ってしまい気不味い沈黙が流れる。別におしゃべりな方では無いのだが、耐え切れなくなったニックが話を振る。


「今度やるっているパーティーの主役ってのはどんな奴なんだ」


「カルロッタさんという女性で、商業区にある輸入雑貨店を経営されている方です」


 カルロッタはロットンが先代である父から店を任されるようになった頃からの常連で、もう20年以上の付き合いになるという。


「しかしあんたも酔狂な男だな。いくら常連のためとはいえ高い金払って用心棒やとってまでパーティーを開くなんて、店としては損なだけじゃねえのか」


 警備の依頼料は決して安いものではない。ワーカー達に怪我や命を落とすかもしれないリスクを背負わせるのだから当然だ。

 大手の店や金持ち達ならばたいしたことは無い、寧ろ安全を買えるのなら安い経費なのだろうが、ロットンの様に個人でやっている小さな店にはそれなりに負担になる額だ。それなのにパーティー一回の為に依頼を出すと言うのは何か特別な事情でもない限りおかしい。


「それはそうなんですがずっとお世話になっていますからね、恩返しのようなものですよ」


 ロットンはそういうが、ニックの鋭い観察眼がそれは違うと言う。そこから答えを導き出すのは簡単だった。何故なら今ニックが少女となって異世界にいる理由も同じだからだ。


「あんた、カルロッタっていう女に惚れてんだろ」


 ずばりと言い当てられてしまったロットンの顔がまるで初めての初恋の相手を言い当てられた少年の様に真っ赤になる。


「いやあ、お恥ずかしながらそうなんです。彼女は私の初恋の相手何ですよ」


「もしかしてあんたがその年で結婚していないのも初恋が忘れられないからなのか?」


 流石にそれは料理人としての腕を磨くことにかまけていたせいあって違うとロットンは反論するが、その必死さから多少は関係していることがうかがえる。


「なあロットンさん、素直になれよ。相手は結婚したり付き合ったりしている相手はいるのか?」


「いえ、結婚はしておられませんし、そういう関係の方がいるとも聞いたことはありませんが」


「だったら告白しちまえよ。人間いつ死ぬか分からないんだ、いざ死ぬってときに後悔しない様にしておくべきだぜ」


 ニックから漂う哀愁は見た目通りの年齢なら到底出せるようなものではなく、ロットンは少し戸惑いつつも、少し考えこみ、決意を秘めた顔になった。


「ニックさん、あなたの言う通りだ。私決めました。今度のパーティーで彼女に告白します!」


 席から立って大声で決意を表明するロットンをご近所迷惑だと窘めてニックは椅子に座り直させる。そもそも焚きつけたのはニックなのだが。


「しかしニックさんはお若いのに何というか、そういう事に関しては私より大人なんですね」


「人間色々あるんだよ。それに俺にも覚えがある話だしな」


 遠い目をしながら天国にいる愛する女を思い出すニックを、何も知らないロットンは若いのにきっと大変な思いをしたのだろうと思い、何も言わなかった。


 我に変えったニックがふと時計を見るとロットンと話しだしてから1時間ほどたっていた。


「そろそろ寝ろよ。明日に差し支えるんじゃないか」


 ロットンは素直に従い、二人分のコップを片づけて部屋へと戻っていった。再び一人になったニックは、欠伸を嚙み締めながら体を伸ばす。


 その後も特に何も起こらず、もうすぐ交代という時にニックの耳が店の外から缶同士がぶつかる金属音を捉える。


「はあ、交代前に一仕事するとするか。そもそもこんな夜中にしょうもないことしにくるんじゃねえよ」


 ため息交じりに見せの外に出ると、昼間追い払ったゴロツキ共がペンキ缶にハケ、ビラを持って立っていた。


「こんな時間に仕事とは見た目に寄らず熱心だな。どうせならちゃんとした仕事に就いた方が良いんじゃないか」


 ゴロツキ共は顔が引きつり、少しずつ後ずさっていく。そのうちの一人が我慢しきれなくなったのか、ビラを放り出して全速力で逃げていく。


「あ!ずるいぞお前!ああもう!俺だってやってられるかチキショー!」


 一人逃げ出したことが引き金となり、ゴロツキ共は蜘蛛の子を散らしたように一斉に逃げ出した。


「テメエら!ごみ置いてくんじゃねえ!」


 ベルトに挟んだショックウィップを素早く抜いたニックは片っ端から逃げるゴロツキの足に巻き付かせては転ばせ、捕まえた。ゴロツキ共も必死に逃げるのだが、ニックの方が完全に一枚上手だった。最後の一人を捕まえた頃には騒ぎで目を覚ましたロットンとアスモが店の外に出てきた。


「ニックさん、ご近所迷惑になりますからあまり騒がないで下さい!」


「ちょっと待て、何で俺が責められなきゃならん。こんな夜中にしょうもない事しに来る方がどう考えても悪いだろうが!」


 文句を言われた八つ当たりで睨まれたゴロツキ共が怯える。僅かに残っていた反逆心も殺気の籠った鬼ごっこですっかり抜かれてしまい、今は子犬の様に震えている。


「それはそうですが…まあいいですわ。それで捕まえたこの方達をどうするんですの?」


「俺はペンキやらビラやらを持って帰らせたかっただけなんだが……ロットンさん、どうするよ」


 こういう場合は雇われの身である自分が決めるのではなく、雇い主に決めてもらうのが筋だと思ったニックは判断をロットンに任せることにした。


「どうと言われましてもねえ。彼らは所詮金で雇われただけで商会の人間ではないので警察に突き出してもトカゲの尻尾切りをされて無駄なだけですし、解放してあげて下さい」


「よし!テメエら!許してくれたロットンさんに感謝しろよ!さっさと帰れ!持って来た物は持って帰れよ!」


 ショックウィップで捕まった時に流された電流の出せいでまだ少し体が痺れているのか、おかしな動きをしながら立ち上がったゴロツキ共はペンキ缶と散らばったビラを回収してとぼとぼと帰っていった。


「これでもうあいつらが何かしてくることもないだろう」


 一仕事終えていよいよ眠気が本格的に襲ってきたのか、ニックは堪え切れずに大欠伸をする。


「お疲れ様ですニックさん。何か夜食でも作りましょうか」


 寝巻の袖を捲って厨房に行こうとするロットンをアスモが止める。


「お気遣いなく、ロットンさん。明日、といってももう今日ですか。朝早いんでしょうからもう寝て下さい。それにニックさんと私はそろそろ交代の時間ですし」


 ロットンはそれでもと多少抵抗するが、結局は折れて部屋へと引き上げていった。

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