第五話 情報収集開始ー⑧

 翌日、ニックとアスモはお礼参りを警戒して神経を尖らせていたが、結局グリーゴウ商会からの嫌がらせは無く、平和に一日が終わり、二人は拍子抜けした。


 そしていよいよパーティー当日、この日もランチタイムの営業は何事も無く終了した。


 営業終了後、夜の店を貸し切ってのパーティーの準備をする為、店の中は戦争状態になった。


 この日ばかりは人手が足らない為、休ませていたウェイターのレックとライン、コック見習いのイタルも店に来ている。

  

 3人ともニック達を見ると、初めて会った時のロットンのような顔をしたが、ロットンに急かされパーティーの準備を始めると直ぐにそれどころの騒ぎではなくなった。


 ロットンとイタルはビュッフェ形式で提供する料理の準備に追われ、二人のウェイターは招待しているゲストの確認や店内の飾りつけに必死になっている。


 本来なら数日前から事前に準備をしているはずだったのだが、グリーゴウ商会の一件でそうもいかず、結果的に昼の営業終了後から夕方までの短時間でやらないといけない状況になってしまい、この有様という訳だ。


「イタル!そっちの仕込みは終わったか!」


「もう少し待ってください!」


「ライン!こっちにもっと皿を持ってきてくれ!」


「自分でやってくれ!こっちは今手が離せないんだ!」


 怒号飛び交う店内で、ニックとアスモは邪魔にならない様に隅で小さくなっていた。


「レストランにも戦争ってのは起きるもんなんだな」


「ですわねえ、流石にこれは素人が手を出していいものではありませんわね」


 すっかりウェイター業が楽しくなったのか、最初は手伝う気満々だったアスモも流石に手が出せず、手持ち無沙汰にしている。


「でもまあ、俺達そもそもウェイターしに来たんじゃなくて警備に来たんだし本業に専念しようぜ……今日が最終日だ、気合入れろよ」


「分かっていますわ。招待していない無礼なゲスト様にはお帰り頂かないといけませんからね」


 ニックはポンチョの下に隠しているガンベルトに納まっている2丁の相棒に手を触れる。それに気づいたアスモはニックの手を抑える。


「ニックさん、その子たちの出番は今回は無しですわよ。流石に死人を出すのは不味いですから」


 抑えられた手を振りどきながら面倒そうな顔をするニックに、アスモは本当に大丈夫なのか心配になってくる。


「分かったよ。元居た世界じゃこういう面倒ごとはこれで解決するのが一番早かったんだがな」


「絶対にダメですからね!なんだったら私の谷間で預かりましょうか?」


 それは断ると、ニックは絶対に使わないことをアスモに約束し、2丁の相棒が谷間に飲こまれるという最悪の事態は防いだ。


「まあ冗談は程ほどにしてニックさん、今日はグリーゴウ商会が何か仕掛けてくると思いますか?」


「確実に何かしてくるに決まってんだろ。人の心を折るのならそいつが支えにしてるもんをぶち折れば話は簡単だからな。ロットンの場合はそれが今日のパーティーだ」


 愛する女が死んだときの事を思い出したのか、ニックの瞳から光が消える。


 大罪を狩って天国行のチケットを手に入れればもう一度会えるとは言え、その時味わった絶望感はそう簡単に薄れるものではない。


 そんなニックの心中を察したのか、アスモは少ししゃがんでニックと顔の位置を合わせるとそのまま唇を奪おうとする。


 案の定ニック頭突きがクリーンヒットして店の中に鈍い音が響き渡る。店内にいた者が皆一斉に二人の方を見るが、ニックに何でもないと睨まれ、各々の仕事に戻る。


「油断も隙もねえなテメエはよぉ、いい加減にしろよバカ!」


「すみません。傷ついた心を癒すという大義名分あればいけるかなと思いまして。でも少し元気が出たようですわね」


 言われて気付いたニックは恥ずかしくなったのかハットで顔を隠す。


 その後、なんとかパーティーの準備を終え、嵐が過ぎ去った店に今日の主役が秘書と共に現れた。


 見た目は年を重ねてはいるが、立ち振る舞いは若々しい妙齢の女性、彼女こそがロットンが20年以上思い続けてきた相手、カルロッタだ。


「ロットンさん、本日はよろしくお願いいたしますね」


「いえ、こちらこそ。パーティー会場に当店を選んでいただいて光栄です。お誕生日、おめでとうございます」


「ありがとうございます。何やら大変だとお聞きしましたが、私にできることなら何でも言って下さいね」


「お心遣い感謝します。さあ、こちらへどうぞ」


 ロットンがカルロッタを主役の席へと案内するのを見届けると、アスモとニックは店の外へと出た。


 二人はパーティーにやってくるゲストに怪しいものが紛れ込んでいないかチェックしたが、皆招待状を持っており、怪しいものはいなかった。


「今のところは大丈夫そうですが、油断はできませんわね」


「そうだな、仕掛けてくるとしたらパーティーの最中だろうよ」


 そうこうしていると店の中から誕生日を祝う言葉と乾杯の声が聞こえてきた。そしてこのタイミングを狙っていたように聞き覚えのある嫌味な声が聞こえてきた。


「おやおや、ずいぶんと盛り上がっているようじゃないですか」


「スネルス、お前は招待客リストには名前が載っていなかったが何しに来た」


 声の主はやはりスネルスだった。殺気を籠めて睨んでくるニックに一瞬たじろぐがスネルスは直ぐに嫌味ったらしい態度に戻る。


「決まっているじゃないですか、パーティーを潰しに来たんですよ。私にはもう後がないものでね」


 スネルスの後ろには、先日のゴロツキ達とは違う、明らかにその筋のプロの鍛え上げられた男達が立って居た。


 手には流石に街中では使えないのか、ワンドやブレードといった魔動武器は持っていないが、それぞれナイフや角材といった武器を持っている。


「今回はその辺のゴロツキ共とは訳が違いますよ。商会子飼いの兵隊を連れてきましたからね。あなた達だって所詮は金で雇われた身、大怪我をするかもしれないリスクを背負ってまで戦う意味は無いでしょう。そこをどいて頂けませんか?」


 ニックはスネルスの提案を受け入れるかの様に笑顔になる。


 スネルスもいくら前回より強力な兵隊を連れてきたとはいえ、不安だったのかあからさまに顔に安堵の色が浮かぶ。


「断るに決まってるだろクソ野郎!今日この店には一世一代の大博打をやらかそうとしている男がいるんだ。そいつの邪魔はさせねえ」


 ニックの、店の中に聞こえない様に配慮した怒声に気圧され、ビビったスネルスは後ずさりながら兵隊達に二人を襲うよう命令する。

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