第五話 情報収集開始ー⑥

 ランチタイムの営業が終わり、ニック達は遅めの昼食をとることにした。


「ランチ用に仕込んだ材料が余ってしまってますし、好きなだけ食べてください」


「良いのか、俺はこんななりだが結構食うぜ」


 どうぞどうぞと言いながらロットンは昼食の用意を始める。厨房からは材料を切る音や高温のフライパンで肉が焼ける音がし、良い匂いが漂ってくる。それが厨房前のカウンターで料理を待っていたニックの腹の虫を刺激し、腹の中で暴動を起こす。

 まだかまだかと待っていると隣でクゥと可愛らしい音がして、音の出所を見るとアスモが顔を赤らめている。


「なんだ、お前もたまには可愛げがあるじゃないか」


「流石に遅めの昼食の上においしそうな匂いと音がすれば私だってお腹の一つや二つ鳴りますわ」


 いつもこういう場面では立場が逆なニックは、ここぞとばかりにアスモをからかって遊ぶ。そうこうしているとロットンが完成した料理を持ってきた。


「どうぞお腹いっぱい食べて下さい。量が少なければ言って下さい、もう何品か作りますから」


 ロットンが用意したのはハンバーグにパンにサラダにスープのセット、今日店で出していた日替わりランチだ。


「それじゃあ俺はこれじゃ足りないかいからもっと貰おうか」


「私は十分なので大丈夫です」


 ガツガツとおいしそうに食べるニックを見てロットンは嬉しそうに厨房に戻って追加の料理を作り始める。

 次から次へとロットンは料理を作り、それを綺麗に平らげていくニックを、自分は食事を済ませたアスモが呆れながら見ている。


「はあ、どれだけ食べるんですかニックさん。少しは遠慮して下さい、恥ずかしいですわ」


「うるせえ、美味い飯ってのは食える時に腹いっぱいに食っとくんだよ」


 

「まったくもう。すみませんロットンさん」


「気にしないで下さい。好きなだけ食べて良いと言ったのは私ですから。それにこんなに美味しそうに食べてもらえるのなら料理人冥利に尽きますよ」


 頬袋をパンパンにして料理をがっつくニックを見てロットンは嬉しそうにしている。


「まだ食べられそうならデザートもありますけどいかがですか?」


 ニックは食べながら即答で、アスモは少し迷って遠慮がちに食べると返事をする。


 食事が終わり、満腹になったニックはカウンターで船をこき始める。ロットンはディナータイムの営業に向けて片づけと用意をし始める。休んでいて欲しいと言われたが、アスモは皿洗いを手伝う。


「本当に警備の依頼なのに何から何まですみません」


「お気に為さらないで下さい。好きでやっていますから」


 二人はそのままとりとめのない世間話をしながら店の片づけと夜の営業に向けての用意をした。

 その間ニックは漕いでいた船が沈没してカウンターでイビキをかきながら熟睡していた。

 夜の営業が始まり、ニックとアスモは役割を分担することにした。昼間同様にアスモはウェイターをしながら店内を警備する。

 ニックは再び店内での乱闘騒ぎが起こらない様に店の外の入り口で待機して来る客をそれとなくチェックし、グリーゴウ商会の連中が店に入るのを防ぐ。

 ただ、ここでニックの思いもよらなかった事態が起こった。ニックの服装は世界中から人が集まり、多種多様なファッションが見られるフリームでも少し目立つらしく、その上店の外で立っていたせいでより際立ってしまい客寄せパンダ状態になってしまったのだ。


 変わった格好の少女がいる店の噂はあっという間に広がり、物珍しさに見に来た者が店から漂う匂いにつられてそのまま客に変わるというロットンにとってはうれしい誤算だがニックにはいい迷惑な事態に発展した。


 おかげで昼間と打って変わって店のテーブルは全て埋まり、久しぶりに賑わう店内にロットンは上機嫌で忙しそうに鍋を振るっている。アスモも次々に来る注文を捌き、テーブルからテーブルへと慌ただしく動いている。

 ニックはそんな二人に比べて外に立って居るだけなので一見暇そうに見えるが、来る客来る客にそれはどこで買った服なのか、年はいくつなのかなどと質問攻めにされてげんなりしている。

 普段なら怒るか無視するところなのだが、そんなことをすればロットンの店の評判を落としてしまうかもしれないので、ぐっと我慢して適当に答えながら営業時間が早く終わることを祈った。


 結局営業時間中、昼間にすえたお灸がよく効いているらしく、警戒していたグリーゴウ商会の襲撃は無かった。客が多かったのも理由かもしれない。さすがの彼らも大勢の人間の前では無茶をするのは躊躇われたのだろう。


 久しぶりの大繁盛で材料もほとんどなくなり、夕食は簡単なもので済ませた後、ロットンは店の片づけと寝る準備を済ませた。


「すみません、私は先に休ませてもらいますね」


「分かりましたわ。私たちは交代で店の見張りをしていますから何かあれば声を掛けて下さい」


 自室に戻るロットンを見送った二人は、どちらが先に見張り番をするかで争い始める。ニックはコイントスで決めようと言ったのだが、昼間居眠りしていたのを突かれ、弁の立つアスモに勝てる通りの無いニックが、結局引き受ける羽目になった。


「では交代の時間は3時ごろで。見張り中に寝てはだめですからね」


「分かってるよ。さっさと部屋行って寝やがれ」


 口で負けて機嫌が悪いニックを置いてアスモは眠る為に二階の部屋へと行った。


「さてと、今夜は長い夜になりそうだな」


 昼間、これまでとは違い実力行使にでたグリーゴウ商会が今さら落書きやビラを貼ったりといった下らない嫌がらせをしてくる可能性は低いとニックは考えていた。

 それでも仕事なのだから万が一があってはいけないと言うアスモの提案で夜の見張りをする事になったのだ。


「ただボケっと起きているのも面倒、本当にグリーゴウ商会の連中が来ても面倒。どうあがいても面倒ってのはたまんねえな」


 文句を言いつつもニックは何か外から物音がすれば確認しに行き、何もなくても定期的に外を見まわったりする。そうやって時間を潰し、店の壁時計で時間を確認すると日付が変わっていた。

 2回目の見回りを終えて店に戻ると、厨房の方から物音が聞こえた。

 

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