第五話 情報収集開始ー⑤

「おや、お嬢さんたち。冗談でもそういう事をしたら危ない目にあってしまいますよ」


 眼鏡の男のにやけた顔が下品に歪む。ガラの悪い男達も主にアスモを見ながら下卑た顔をしている。別にニックは女としての魅力で負けたからと言って悔しくもなんとも無いはずなのだが、少しイラっとする自分に余計に腹が立つ。


「悪いな、冗談じゃねえだわ。俺達はこれが仕事なんでな」


 ニックとアスモはそれぞれ登録証を取り出して男達に見せつける。それを見た男達は大声で笑いだす。


「アッハッハッハ、ギルドは余程人出不足なようですね。こんな可愛らしいお嬢さんとお美しい女性を用心棒として派遣するとは。ロットンさん、ギルドなぞに頼らずに素直に店を手放した方が正解だったんじゃないですか」


 小馬鹿にされたロットンは堪え切れずにニックとアスモを押しのけて飛び出そうとするが、それをニックが押しとどめる。


「ロットンさん、言ったろ、こっからは俺達の仕事だ。あんたも怪我でもして料理が作れないってなったら困るだろう?」


 ニックに言われて怒りをぐっと飲みこみ少し冷静になったロットンは、後ろに下がる。


「お話は済みましたか?それでは本題に入らせて頂きましょうか。店を大人しく明け渡すか、痛い目にあって追い出されるか、どちらが良いですか?」


 眼鏡の男は片方に書類を持ち、もう片方の手で男達を指し、どちらかを選ぶように迫る。


「いいや、俺達の答えはどっちでもねえ。お前らをこの店から追い出して俺は美味い昼飯を食う、それが答えだ」


 今度はニックが男達を馬鹿にしたように笑いながら啖呵を切る。眼鏡の男の顔に張り付いていた笑みが消え、真顔になる。


「そうですか。それが答えだと言うのならば仕方ありませんね。皆さん!あの小生意気な少女に目にもの見せて差し当て下さい!」


 眼鏡の男は後ろに下がり、ガラの悪い男達が椅子やテーブルを蹴り飛ばしながら襲い掛かってくる。ニックも男達に応じるように前に出ていく。


「店の中で暴れんじゃねえ馬鹿野郎ども!」


 怒声と共にニックは一番前の男に飛び蹴りを食らわせる。少女から繰り出されたとは思えない威力の蹴りに男は後ろにいた仲間も巻き込んでもみくちゃになりながら倒れる。少女からの予想外の一撃で倒された男達を見て眼鏡の男の顔に焦りが浮かぶ。


「お前たち!何を油断しているんだ!真剣にやらないと今日のギャラは無しだぞ!」


 所詮男達は金目当てで集まった街のゴロツキ共なので、ギャラが出ないのならば集まり損なので目の色が変わる。

 仲間を倒したニックを捕らえようとするものの、ひらりひらりと交わされて一向に捕らえられず、むしろ弄ばれている始末だ。そうやって手間取っている内に一人、また一人とニックに倒され、あっという間に頭数が減ってしまう。


 喧嘩慣れしているはずのゴロツキ達だが、全くニックに歯が立たない。狭い室内での戦闘というのが余計にゴロツキ達の旗色を悪くしていた。

 本来は脅すのが目的だったので、眼鏡の男は無駄に体格の良い者達を集めたのだが、テーブルなどの障害物が多い室内ではその大きな体がハンデにしかならないようだ。

 一方のニックは小柄な体格を生かして男達の間を縫うように戦うことで室内という事を最大限に活かして戦っている。


「そんな小娘は放っておきなさい!ロットンを先にやってしまうのです!」


 眼鏡の男がヒステリックに叫ぶが、仲間をやられたゴロツキ達は頭が血が上っており、耳に入らないようだ。

 ただ一人だけ少し冷静な男がおり、眼鏡の男の指示に従いロットンに標的を変えて襲いかかる。


「あらあら、私がいるのをお忘れの様ですわね。失礼なお客様はしっかりと御持て成しいたしませんと」


 ロットンを庇うように立つアスモを押しのけようと肩に触った瞬間、男の天地は逆転し、強かに背中を床に打ち付け呼吸できない痛みに悶絶する。アスモが肩に触れた男の手を取り合気道の技の様にゴロツキには何が起こったのか分からない速度で投げ飛ばしたのだ。


「お前そんな器用なこともできたんだな」


 ニックの方も片付いたようで、床にはノックダウしたゴロツキ達が転がっていた。


「あなたの喧嘩殺法と違って私はちゃんと戦闘の訓練を受けていますからこれぐらいなんでもないですわ」


「フン、学の無いここで転がってる奴らと似たようなもんで悪かったな」


「もうニックさんたらすぐ皮肉ばかり言うんですから」


 性格だから仕方ないと言いながら、ニックは青ざめて大量の冷や汗をかいている眼鏡の男の肩に手を置く。


「なあ、お前の手下共は皆床に転がってるがお前さんはどうするよ。こいつらと同じ様に床でお寝んねするか、大人しく帰るか、どっちがいいんだ?」


「そ、それはごめん被りたいですね。今日はこの辺で失礼させていただきますね」


 言うや否や眼鏡の男は勢いよくドアを開けてゴロツキ達を放置して飛び出していった。


「おら!飯食う気がねえ奴がいつまでも居座ってねえでとっとお前らも出ていけ!」


 よろよろと起き上がるゴロツキ達をニックは無慈悲にも蹴りだしていく。今日はただ働きをさせられるはボコボコにされるわで彼らにとってはとんでもない厄日だった。


「お二人共ありがとうございました」


 腹が立つ奴らがぶちのめされたおかげで腹の虫が収まったのか少し晴れやかな顔をしている。


「仕事だから一々礼なんざいらねえよ。それよりあいつらがグリーゴウ商会の連中なのか?確認する前に追い払っちまったからな」


 ロットンは肯定する。眼鏡の男の名前はスネルスといい、ロットンの店と両隣の店の3店舗の買収を担当している商会の人間らしい。

 普段は一見礼儀正しいビジネスマンを装っているがたまにうっかりと口を滑らせて化けの皮が剥がれると元は裏社会の人間だったのであろうことが伺えたと言う。

 嫌がらせが始まってからは毎日毎日訪れてはより酷い嫌がらせをすると匂わせてこちらにプレッシャーをかけてきたらしい。


「あの顔に張り付いたようなわざとらしい笑顔が消えてみるみる青くなっていく様は見ていて胸がすく思いでしたよ」


「それは良かったですわ。でもこれで終わりとはとても思えないですわね」


「だろうな、こういうのは元から絶たないとどうにもならねよ」


 一仕事終えた後の一服代わりにキャンディをなめ始めるニックは倒れている椅子を起こして座る。


「ニックさん、どうせなら全部元に戻してくれませんか。じゃないとお客様をお迎えできませんわ」


 すっかり一休みモードだったニックは嫌そうな顔をしながら倒れている椅子やテーブルを元に戻し始める。アスモとロットンも手伝い、直ぐに営業を再開できる状態に戻すことが出来た。

 だが、騒ぎが起きたのが噂として広まったのか、客足は殆どなくランチタイムの営業を終了した。


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