第五話 情報収集開始ー④

 店の周りの地理と把握したニックは、立ち止まって一息つく。


「さてと、そろそろ開店時間も近いことだし戻るとするか」


 ポケットから取り出した懐中時計の針が10時を刺そうとしているのを見たニックは、グレコの店へと戻る。

 懐中時計はニックがこの世界に持ち込んだ物ではなく、アスモが仕事上絶対に必要になるからとこの世界で購入して持たせた物だ。

 だからもちろんこれもマナクリスタルで動いているので定期的に補充しないと止まってしまう。


 店に着くとまだ開店準備の途中だったようで、何故かアスモがテーブルの用意をしていた。


「なんでお前がそんなことしてんだ。そういうのはウェイターとかの仕事だろうが」


「それが今、1人も居られないそうなんです。ロットンさんお一人では大変そうだったのでお手伝いしようかと思いまして」


 厨房ではロットンが仕込みをしながら申し訳なそうに頭を下げている。


「すみません、警備の依頼なのにそんなことまでさせてしまって」


「構いませんわ。どうせトラブルが起きない限りは私、手が空いていますから」


 ロットンに気を遣わせないようにアスモは両手を上げながら言う。

 元々ロットンの店では若い2人のウェイターとコック見習いも1人雇っていたのだが、グリーゴウ商会の嫌がらせが始まってからは未来ある若者に何かあってはいけないと休ませているらしい。

 嫌がらせのせいで客足が減っているのでなんとか一人で店を回していたそうだが、どう見ても疲労の色が濃い。


「お前が給仕なんてしてたらいかがわしい店と間違えらるんじゃないか」


 ニックの軽口に厨房いるロットンがそれは困ると苦笑いしている。


「ちょっとニックさん、人を歩く風俗店みたいに言わないで下さいませんか!やれば普通に給仕くらいできますわ」


 大きな胸を張りながらそうい言いつつも、痴漢されたりクレームをつけられて身体を求められたりしたらそれはそれで、と、顔を蒸気させながら言っている辺り、本当に大丈夫なのかニックは心配になる。


「嫌がらせをしてくる奴を捕まえる前にお前を警察に淫行で付き出さないといけないハメにならなきゃ良いがな」


 半分冗談、半分本気な事を言いながら大きくため息を吐くニックは、椅子に座り込む。


「ちょっとニックさん、なに座ってるんですか。やることが無いなら店の表に仕入れたお酒やジュースなんかが届いていますから中に運び込んで下さい」


 椅子からニックは無理やり立たされて入ってきたばかりのドアから背中を押されて再び外に追い出される。このまま何もせずに中に入ったところで同じことの繰り返しなることは目に見えているので渋々荷物を外と店内を何往復もしながら運び入れる。

 少女の体になったとはいえ、神の計らいで筋力はほとんど落ちていないニックにとっては荷物を運び込むことくらい苦ではないが、数があるので流石に疲れる。

 運び終わるころには昼の開店時間である11時になったので、アスモが外にランチメニューを書いた看板を出して店が開店した。

 だが、嫌がらせのせいで客足が遠のいているというのは本当のようで、一向に客が来ない。


「暇だなあ。トラブルどころか客も来ないってんじゃ俺達報酬泥棒になっちまうな」


「まあトラブルなんて起こらないのが一番ですわよ」


 二人そろってカウンター席で暇を持て余している所によく冷えたジュースを持ってロットンが厨房からでてくる。


「良かったら飲んで下さい。ランチの時間が終わればお食事もお出ししますね」


 ロットンの気遣いに礼を良いながらニックは荷物運びで乾いていた喉を潤す。ロットンも仕込みが終わって余裕ができたのかそのままカウンターに座る。そのまま3人は他愛ない会話を始める。途中、ふとニックは見回り中に見た光景を思い出す。


「そういや両隣の店が閉まってたがもしかしてグレーゴウ商会にやられたのか?」


 ニックの質問にロットンは一瞬答えに詰まるが、俯きながら語り始めた。

 ロットンによると、隣にはそれぞれ左にはケーキ屋、右にはカフェがあったそうだ。両方共広い意味では同じ飲食店とはいえ、それぞれ違う種類の物を扱っていることもあり、隣同士仲が良かった。

 しかしグリーゴウ商会からの買収の話が持ち上がり、最初はロットン同様頑として突っぱねていたのだが、嫌がらせが始まり、始めは抵抗していたのだが、耐え切れなくなり買収に応じて出ていった。


「ケーキ屋さんは若く仲の良いご夫婦が営んでおられたのですが、小さな子供さんが生まれたばかりで子供に何かあってはいけないと買収に応じ、昔からの夢をかなえてカフェを営んでいた若い娘さんは心を病んでしまったそうで買収に応じた後の店の片づけはご家族の方がされていました」


 その時の光景を思い出したのかロットンの目は潤み、怒っているとも悲しんでいるとも言えない顔をしている。


「心中お察しいたしますわ」


 堪え切れずに涙を流し始めるロットンにアスモがそっとハンカチを渡す。


「私も何とか助けたかったのですが、自分の店を守るので精いっぱいで…」


 アスモが懸命にロットンを慰める隣でニックは何も言わずにジュース飲み干す。グラスを持つ手には力が入り、青筋が浮かんでいた。若い娘の夢を潰し、心まで壊したグレーゴウ商会に本気で腹を立てたようだ。


 ドアについている鈴がチリンチリンと音を鳴らし、客が入店したことを告げる。


「どうもロットンさん、お店を手放す気になりましたか?」


 入ってきたのはにやけた顔をしたスーツ姿の眼鏡の男と、その取り巻きのガラの悪そうな男達だった。

 それを見たロットンの涙は止まり、みるみる表情が怒りに変わっていく。


「店は売らないと言っているだろう!さっさと出ていけ!」


 温厚そうなロットンからは想像のできない怒声を出すロットンに、それを全く気にしないかのように眼鏡の男は近づいてくる。


「まあまあそういわずに、あなたにとっても悪い話ではないはずですよ。後継ぎがおらず、もういい年のあなたにとっては店を手放すいい機会じゃないですか」


 書類を無理やり押し付けようとしてくる眼鏡の男の手をロットンは突っぱねる。


「確かに後継ぎはいないが、貴様らのような輩にこの店は渡さん!」


「どこまでも強情な方だ。私も少々上司からこの店の買収を急かされておりましてね。多少は強引な方法も許可されているんですよ」


 眼鏡の男が合図すると、後ろで控えていたガラの悪い男達が前に出てくる。


「おっと待った。それ以上は見過ごせねえな。ロットンさんは下がってな、こっからは俺達の仕事だ」


 カウンターの椅子からニックとアスモは立ち上がると、ロットンを下がらせて庇うように立つ。

 

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