第五話 情報収集開始ー⑩

「さあ、あまりもたもたしていては洗脳が解けてしまいます」


 未だアスモにはぐらかされた様な感じは残るニックだが、今はそんなことをいつまでも追及している訳にはいかないことは分かっているので、アスモの尋問を黙って見守る。


「スネルスさん、マモンは今どこにいるのですか?」


「分かりません。社長はお忙しい方で常にあちこち飛び回っていますから」


「ではどこか、確実に姿を現す場所はありませんか?」


「あります。今週末ミリオネアストリートの自宅でパーティーを行う予定です。私も今回の買収が成功すれば招待される予定でした」


 ミリオネアストリートとは、フリームの住宅区の中でも、政治家や大きな店や商会の社長クラスが家を構える通りのことで、早い話が金持ちの家が固まっている場所の事だ。


 この世界に来て一月以上、ようやく二人は大罪の尻尾を掴むことが出来た。他にも情報を聞き出そうとアスモは尋問を続けるが、所詮はスネルスも商会内では下っ端らしく、それ以上の情報は持っていなかった。


「ようやくそれらしい情報を手に入れた訳だが、信用できるのか?偶々名前が一緒だっただけとかいうオチは勘弁してほしいんだが」


 アスモは恐らくそれはないと言う。グリーゴウ商会が出来たのはおよそ一月前、それは地獄から大罪が逃げ出した時期と合致している。


 さらにグリーゴウ商会が強引な手で無理に急成長しているのも早く力を蓄えようとの考えでマモンが動いていると考えれば合点もいく。


 これらのことからグリーゴウ商会の社長は十中八九、大罪のマモンだとアスモは断言した。


「だったらパーティーに潜り込む方法でも考えるとするかね」


「ニックさん、その前にこの方達をどうするか考えないといけませんわよ」


 アスモが指さす方には二人で倒した兵隊たちと洗脳は解かれたものの、別の世界に精神が行ってしまったスネルスがいる。


「ああ、どうするかな。とりあえずロットンさんに聞くとするか」


 ニックは奇妙なリズムで店のドアをノックする。これはロットン達と事前に決めておいた合図だ。


 この合図が無い限り鍵をかけて決してドアを開けない様に言っておいたのだ。ドアが開くと外から喧噪が聞こえたせいか外の様子が気になって仕方のないロットン達がいた。


「ニックさん!アスモさん!大丈夫でしたか!どこかお怪我はされていませんか?」


「大丈夫だよ。それよりこいつらどうするよ」


 外に広がる惨状にロットンは固唾を飲む。少し悩んだ後、意を決したようにロットンは口を開いた。


「流石に今回は許して開放すると言う訳には行きません。レック、警察を呼んできてくれ」


 レックも惨状を見て固まっていたが、直ぐに我に返って警察を呼びに走っていった。


「皆様!当店のせいで不快な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした。お詫びと言っては何ですが、当店秘蔵のワインをお出ししますのでパーティーを再開してください」


 そう言って後の処理をニック達に任せてロットンはドアを閉めた。


 それからすぐに店の中から笑い声が響いてきたのでニック達はパーティーが無事再開されたことを確かめることが出来た。


 程なくしてレックが警官を連れて戻ってきたが、兵隊の多さのあまり、応援を呼んでの大騒ぎとなった。警察も今回ばかりは民事不介入などと言わず、スネルスと兵隊たちは全員連行された。


 ニック達も警察署に同行を求められ、ロットンの店に戻ってきたころには日付が変わっていた。


 外からでも分かる程騒がしかった店は火が消えた様に静まり返っていた。だが、明かりだけは付いており、中に入るとロットンが待っていた。


「お帰りなさい二人共、お疲れ様でした。夕食がまだでしたら簡単なもので申し訳ありませんが用意していますので召し上がって下さい」


 ロットンが作ったサンドウィッチを食べながら二人は警察署での顛末を報告した。


 スネルス達は全員今回ばかりはやり過ぎたようで、正式に逮捕されて罪を追及されることとなった。


 また、この事件をきっかけに警察も重い腰をようやく上げて、グリーゴウ商会を本格的に捜査することになるだろうという話だ。


「良かったです。これで私のような目に会っている人たちが救われるんですね」


「そうなったらいいんだがな。それよりもお前さんの方は上手くいったのかよ」


 カルロッタとのことを聞かれたロットンは顔を真っ赤にしたが、口角が少しずつ上がり、笑顔になる。


「その、なんといいますか。この年で恥ずかしながらお付き合いすることになりました」


「良かったじゃねえか!焚きつけたかいがあったぜ」


 ニックはロットンの方をバシバシ叩く。一応本人的には祝っているつもりのようだ。祝われている本人は痛そうにしているが。


「おめでとうございますロットンさん。でもニックさんは何故知っていたんですか?」


「そいつは男同士の秘密ってやつだよ。なあ、ロットンさん」


 男同士、という言葉に引っかかりながらもロットンはあふれ出る幸せな気持ちを抑えきれずに嬉しそうに頷く。


 食事をしながらの報告とロットンの一世一代賭けの成功を祝った二人は、流石に今日はもうグリーゴウ商会が何か仕掛けてくることは無いだろうと二人そろってゆっくりと眠った。


 ちなみに今回はロットンが一人一部屋用意してくれていた上に、ドアは中から鍵を掛けられた。


 お陰でニックは、アスモと寝る時間が被っても飢えた獣に襲われる心配が無かったので、心から安心して眠ることが出来た。


 こんな夜は出会ってから初めてだったが、疲れていたニックとっては有り難かった。アスモにとってはありがた迷惑だった様だが。


 翌朝、警備の契約が終了した二人は荷物を纏めて引き上げる準備を整えた。


「二人共本当にありがとうございました。お陰様でパーティーも無事開催できました。おまけにニックさんのおかげで長年の思いも打ち明けることが出来て感謝のしようがありません!」


 ロットンの差し出す手を二人は力強く握り返す。


「掴んだ幸せ、絶対に離すんじゃねえぞ」


「また今度、仕事とは関係なく食事しに来させてもらいますね。お体、大切にしてくださいね。もう一人のではないんですから」


「はい、絶対にカルロッタを幸せにしてみせます!」


 別れの挨拶を済ませた二人は店を後にした。ロットンは二人が見えなくなるまで頭を下げ続けた。返し切れない程受けた恩のせめてもの礼として。

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