第四話 さらばハジュリ

 今日もワーカーズホリデーはにぎわっており、満席だった。そこかしこからアルコールのせいで上機嫌な人々の笑い声が響いている。

 そんな中、フライドチキンに齧り付くニックに真面目な顔でアスモが話しかける。


「ニックさん、そろそろ本格的に大罪狩りを始めましょう」


 ニックはアスモの急な提案に驚きつつも、返事をするためチキンの骨をバスケットに戻し、口の中の肉をオレンジジュースで流し込んだ。


「えらく急だな。何か情報でも手に入ったのか?」


「むしろ逆です。私達はワーカーになってから依頼をこなしながら情報収集をしてきました。ですがそれらしい情報は一つも得られてはいません」


 ニックとアスモがワーカーになってから一月が経っていた。生活費を稼ぎながら二人は支部に集まってくる情報や、依頼を通してできた人脈でそれらしい情報を集めてはいたのだが、成果は上がっていない。


 別に二人の情報収集の能力が低いという訳ではなく、原因はハジュリにある。


 ハジュリは地方にある都市で、いわゆる都会からは少し離れた場所に位置する。


 地方の都市としてはそれなりには大きい部類には入るのだが、いかんせん田舎には違いなく、集められる情報にも限界があるのだ。


「そこでです。一度もっと大きな街、それも都会に行ってもっと本格的に情報収集をしませんか?」


「そうだな、広い世界でたった6体の悪魔を探さないといけないってのに、一つの所にいつまでも留まっててもしゃーないわな」


 アスモはかねてから計画していたらしく、こつこつと依頼で稼いだ金を貯金していたらしい。


 財布をニックに渡さなかったのは宵越しの金は持たないタイプの彼に金銭的に余裕がある事がバレて散財させるのを防ぐためだった。


「1週間は仕事を受けなくても暮らせるだけは貯まっているので、近場の大きな都市に行くのではなく、一気にこの国の首都まで行きましょう」


 街から街へと渡り歩くよりは、国中の情報が集中するであろう首都に行く方が効率が良いとニックもアスモの提案に賛同する。


「首都ってのはここからどれくらいかかるんだ?長旅になるってんなら色々と用意しねえとな」


「それは必要ありませんわ。徒歩だと何日もかかりますけど、一日で行く方法がありますから」


 この世界に来て1か月が経ったおかげでニックは自分の知らない技術や、それで作られた物に対する耐性ができ始めており、大概の事では驚かなくなっていた。


 だが、今回は驚いたらしく、飲みこみかけたオレンジジュースを思い切り咽た。


「ごほ!ごほ!お前バカなこというなよ!歩きで何日もかかるもんが何で一日そこらで行けるんだよ!」


 そんなこと、どんなに足の速い馬を使っても無理だと断言するニックの汚れた口元を拭いながらアスモは悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「それはまあ、行ってからのお楽しみということで」


 はぐらかされてむっとしているニックの顔を見てアスモは今晩も襲うことを決めた。


 翌日二人は街を離れる前に、この世界に一切の縁がない二人にとっては貴重な数少ない人脈を大切にしたいというアスモの提案で、贔屓にしてくれた依頼主やショックウィップを買った武器屋を回って別れの挨拶をした。


「なんだかんだで結構人脈は出来てたんだな」


「それだけこの一か月働きづめだったということですわ」


 一か月間二人は毎日のように依頼を受けて働いていた。割の良い依頼が無い日は情報収集に充てていたのでほぼ休み無しの状態だった。


「とりあえずはもう終わりか?いい加減疲れたんだが」


「何を言ってるんですか、肝心なところを忘れていますわよ。最後にギルドにいかないと」


 ワーカーに登録してしまえばどの支部でも仕事を受けることは可能で、支部から支部へと渡り歩いても特に問題は無く、ギルドも制限していない。


 だからわざわざ別の街に行くことを伝える必要はないのだが、アスモはギルド内での評価を重要視しているようで、面倒くさがるニックを無理やり連れてギルドに向かう。


 ギルドに入ると、いつもの看板受付嬢が受付のカウンターから出てきて二人を出迎えた。


「ニックさん、アスモさん、支部長がお会いしたいそうなんですが今お時間大丈夫ですか?」


 元々挨拶に来たので時間の問題はない。了承した二人は受付嬢に案内されてギルドの2階にある応接室に通された。


「なあ、俺達なんかやらかしたっけ?」


「多分そういう事ではないと思ますけど」


 一階の簡易喫茶の店員がお茶とお茶菓子を持ってきてくれ、支部長が少し遅れることを伝えてくれた。


 ニックが出されたお茶菓子を全て平らげた頃、扉がノックされて恰幅の良い中年の男性が入ってきた。彼がハジュリ支部支部長のハレンだ。


「やあ、二人ともこちらから招いておいて待たせてすまなかったね」


「それは構わないが一体俺達に何のようだ…イテ!」


 ハジュリ支部のトップに向かって失礼な口を利くニックの太ももをアスモがつねる。


「オホホ、失礼しましたわ。それでご用件の方は何でしょうか」


 隣で睨みつけてくるニックを無視してアスモは改めて質問する。


「いやね、君たちがこの街を離れて首都の方へ行くという噂を聞いてね。それは本当かい?」


「あら、もうそんなに話が広まっていましたか」


 ギルドは街中に情報網を張っているため、二人の動きは筒抜けだったようだ。


「事実、ということだね」


 アスモは相槌を打ちながら頷いて肯定する。


「我々ギルドにワーカーを束縛する権限は無いのでこれはこちらからの要望ということになるんだが、この街に残ってもらうことは出来ないだろうか」


 てっきり気づかぬ間に何かやらかしてそれを咎められると思っていたニックは、少し安堵する。


「悪いが俺たちはちょっと訳アリでな、人探しをしないといけないんでいつまでも一つの街にとどまる訳にはいかないんだ」


 あっさりと断られた支部長は肩を落とす。どうやら本気で残念がっているようだ。


「そうかあ、それなら仕方がない。君たちの様に厄介な依頼を率先して受けてくれる上に実力のあるワーカーにはずっといてもらえると助かるんだがな」


「申し訳ありません。またお世話になることもあるかもしれませんのでその時はよろしくお願いします」


「ああ、もちろんだとも。この一月君達には随分助けられたからね。何か要望があれば可能な限り答えようじゃないか」


 支部長の言葉に、待ってましたとばかりにアスモが話を切り出す。


「でしたら一つお願いがあるのですが、認定書をいただけませんか」


 認定書とは、各ギルド支部が発行するワーカーの実力を証明するもので、集めた枚数によってワーカーはランク付けされる。


 ランクは5級、4級、3級、2級、1級と上がっていき、上の級になるほど実力のあるワーカーと認められ、より報酬の良い仕事を受けることができる。


 もちろん報酬が良いということはそれだけ危険が伴ったりそれ相応の実力や技能が必要ということでもあるのだが。


「ふむ、本当ならもう少し実力を見る期間を設けてから発行するもなんだが…まあ、君たちの実力なら問題ないだろう。ついでに私からの紹介状もつけよう。向こうの支部に渡せば色々と優遇してくれるはずだ」


「何から何までありがとうございます」


 明日の朝までには用意するという支部長に見送られて2人はギルドを出た。


「これでやっと挨拶周りも終わりか。しかしお前がギルドにやたら顔を売る事を大事にしてたのはこう言う事だった訳か」


「ウフフフ、ワーカーとしてのランクが高い方が色々と都合が良いですから。しかし思ったより時間が掛かってしまいましたね」


 2人は朝から挨拶周りをしていたのだが、今はすっかり日が沈んでしまっている。


「今晩はこの街で過ごして明日朝ギルドに寄ってから出発しましょうか」


 2人は一月泊まり続けてすっかり我が家のようになっているワーカーズホリデーでハジュリ最後の夜を過ごした。

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